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連載

河﨑秋子の羊飼い日記 vol.9

【連載第9回】河﨑秋子の羊飼い日記「肉と呼ばないで」

河﨑秋子の羊飼い日記

北海道の東、海辺の町で羊を飼いながら小説を書く河﨑秋子さん。そのワイルドでラブリーな日々をご自身で撮られた写真と共にお届けします!
>>【連載第8回】河﨑秋子の羊飼い日記「羊と山羊のあいだと君の名は」

 時々人から「飼ってる羊に名前はつけるんですか?」と言われるが、答えはノーだ。個体識別のため番号の割り振りぐらいはするが、ペットのような名前はつけない。子羊はラムとして、繁殖用の母羊もいずれはマトンとして肉になる運命だからだ。
 ただ、例外はある。種羊、父親となる羊だ。こちらは去勢しておらず、男性ホルモンの関係で肉が硬く臭くなるため、食用にはならない。なので、普通に名前をつけている(今いる種羊はテリーさんという)。実は理由がもう一つあり、種羊が名無しだと私の母が「今日も元気だね、ぶらぶらさん!」と呼んでしまうのだ。お分かり頂けるだろうか、写真をご覧頂こう。

 羊の場合、身体に対する睾丸の体積比は哺乳類トップクラス。これゆえオス一頭で50~200頭のメス相手に繁殖が可能になる。生物として優秀である立派な証拠なのだが、その呼び名が『ぶらぶらさん』じゃ、あんまりじゃないか。
 ところで今年も子羊が大きくなり、尻や太腿がプリプリしてきた。あと少ししたら出荷か…と思うと感慨深い。同時に、生き物を産ませ、それを肉にし、経済活動を行うという畜産家の業を噛みしめてもいる。この想いを小説で活かすには…などと畑で考えていると、遠方で暮らす食いしん坊の姉からLINEメッセージが来た。
“今年も肉いっぱい産まれた? 肉みんな元気?”
返信:“いや肉ってなにさ! そこはせめて羊って言おうよ!”
 ツッコミを入れつつ、こういう屈託のなさすぎる人が小説を書いたら誰も書いたことのない話を作り上げそうな気もして、慌てて考えを打ち消したのだった。

 
 
河﨑秋子(かわさき・あきこ)
羊飼い。1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒。大学卒業後、ニュージーランドにて緬羊飼育技術を1年間学んだ後、自宅で酪農従業員をしつつ緬羊(めんよう)を飼育・出荷。
2012年『北夷風人』北海道新聞文学賞(創作・評論部門)受賞。2014年『颶風(ぐふう)の王』三浦綾子文学賞受賞。翌年7月『颶風の王』株式会社KADOKAWAより単行本刊行(2015年度JRA賞馬事文化賞受賞)。


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