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レビュー

大沢在昌初期の傑作! 六本木を舞台に闇に生きる人々を“透明に”描く5篇『深夜曲馬団 新装版』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:井家上 隆幸 / 作家)

 八三年夏から八九年秋にかけて発表した五つの短編をまとめ、一九八五年度日本冒険小説大賞短編賞を受賞した『ミツドナイト・サーカス』(初出・光風社出版、85・7・20)は、大沢在昌という作家と『新宿ざめ』シリーズで出会った読者には、一瞬「おやッ?!」と思われるような作品であるかもしれない。あれほどに、新宿のけんそうわいざつ、法の境界線がいとも簡単に突破される街と、そこにうごめく人間たちを活写した作家が、この作品ではなんと生活の臭いのまったくといってよいほど希薄な小説を書いていたことか、と。

 なるほど、ここには『新宿鮫』シリーズにあるような〝現在性〟というか、新宿という喧騒猥雑な〝国際都市〟の〝あんきよ〟で展開されているだろうと思わせる犯罪もなければ、主人公鮫島をめぐる警察内部のあつれきもない。鮫島と、恋人のロックシンガー晶や、ゲイバーのマスターらとの人間模様もなければ、凶悪な敵の存在もない。あるものは、なにかすべて透明な感じのする「街」であり「人」だけだ。

 だが、そういう疑問も、大沢在昌の小説を〝源流〟に向かってさかのぼっていくにしたがって、ああ、これが大沢在昌のハードボイルドの根幹にあるものかと氷解するにちがいない。

 一九七九年、「感傷の街角」で第一回小説推理新人賞を受賞し、二十三歳でデビューした大沢在昌は、八三年にじようした『野獣駆けろ』に著者のことばとして、「人生をゲームとして生きる──そんな男にあこがれている。暇つぶしに命をけ、敗者に待っているものが死だとわかっていても笑える男がいい。金もある、女性にも愛される。しかもクールで、闘う理由を問われたら『退屈だったから』と答えるような男だ」と書いているように、主人公たちをとりかこむ〝状況〟──〝現在性〟といってもいい──にはほとんど関係なく、ただただ「理想の男」像を描きだすことに専念してきたといっていい。大沢在昌にとっては、ハードボイルド小説とはそういうものであったのだ。

 レイモンド・チャンドラーによれば、ハードボイルドの主人公は「卑しい街をひとりぜんとして行く騎士」ということだが、大沢在昌にとって「卑しい街」とは「粗野な街」というのではなく、男が「人生をゲームとして生きる」にふさわしい「街」、そういう男の相手をするにふさわしい男たちがいる「街」でなければならなかったのだ。

 しかも、しばしば「大人の経験」というやつをつきつけられ、背伸びしてその世界に入っていかなければならない「新宿」とちがって、「六本木」は「大人の経験」を拒否することができる街だ。「人生経験」ということでいえば、真っ白な若者同様、真っ白な街だ。だから、大沢小説をお読みになればわかることだが、舞台は「新宿」ではなく「六本木」でなければならなかったのだ。

 しかし、人はいつかは「大人」になる。人生の経験をつみ、自分の真っ白な部分を何色かに塗っていく。いかざるをえない。大沢在昌も、実人生の経験をつみ、作家として〝成熟〟していくにつれて、もはや透明な「街」では生きていけないという〝事実〟に直面する。当然、小説の主人公たちも、闘いの動機を問われて「退屈だったから」とだけいってはいられなくなる。


大沢在昌『深夜曲馬団 新装版』


 本書『深夜曲馬団』に所収の五つの短編は、そうした〝事実〟に直面した作家が、いってみれば、猥雑な「街」と「人」のなかに入っていくために、透明な「街」と「人」にけつべつすることを決意して書いた作品だといってよいのではないか。そのことは、ここに登場する「男」が、いずれも「人生をゲームとして生きる」ことにサヨウナラをいっていることからもうかがえる。たとえば──。

 自分が殺した人間と似た顔を見るのが怖くなり殺し屋失格寸前の男と、心臓に死の病をもつ女。人間の存在に興味を失いはじめた写真家。かつて女を愛した写真家は男を被写体にしようとし、いま女を愛している男は写真家を抹殺しようとする。死に至る病の床にある女との別れは、男にとってはみずからの手で死をわけあたえること、写真家にとっては一枚の写真を撮ること。男はライフルで女をねらい、写真家は望遠レンズで女を狙うが──「鏡の顔」

 かつて政府の裏組織「研修所」に所属し、本名も戸籍も抹殺された存在しない人間で、いまは六本木でバーのオーナーになっている私は、かつての愛人で、個人的ふくしゆうと交換に組織とのかかわりを一切絶ってくれた恩人の未亡人にたのまれ、何者かに盗聴器を仕掛けられた軽井沢の別荘へ同行する。彼女の狙いは、生きながら死んでいる私に「敵」をあたえること。「研修所」とCIAの要員が後を追ってくる。彼らの狙いは、隣の別荘で画家と同居している滞日二十五年のKGB女性工作員。彼女は画家を愛して帰国命令を拒否したのだ。CIAは彼女を亡命させようとするが──「空中ブランコ」

 仕事、遊び、あらゆるしがらみから自分を解き放ち、二十年ぶりに帰ってきた田舎の廃屋。逃げたのではない。己れの肉体を試すために、だ。腕立て伏せ、腹筋、ヒンズースクワット、縄跳び、そして、ひたすら走ること。苦しい。虚しい。退屈だ。が、「B面のない人生はない。Bは犠牲にされるべきだ」と信じて生きてきたが、いま、AとBが交代する、その間にいるのだ。どちらがAでどちらがBかを決めるために、走る、そして──「インターバル」

 六本木のジャズクラブのマスター、混血のマービン。裏の稼業は殺し屋。店で歌っている混血のキャサリンが、人売り組織の男とつきあっていると聞くが、キャサリンは組織に誘拐され海外に売られた親友と、その行方を追って殺された恋人の仇を討つためだという。その恋人を殺したのはマービン。キャサリンが近づいた男の属する組織は、マービンの「会」と同じ組織。マービンは男を尾行し、「会」のつなぎ役と争い、キャサリンを連れ出したポルシェを追って──「アイアン・シティ」

 恋人の親友で、カンパニーに狙われている元右翼のボス楓紀望の妻静香に「主人を守ってくれ」と頼まれたプロサーファー赤座雄。

「会」から追われたところを救われたカンパニーに、楓を殺すよう強制され拒否したマービン。カンパニーの現場は「白」と「黒」に分裂している。マービンは「黒」に頼まれて、「白」の殺し屋を倒したのち、彼らが楓を襲撃する現場、山中湖に向かう。楓の別荘。深夜、雄と襲撃者の銃撃戦の中に割って入った「黒」。残された死体は四つ。「その男はどこだ?」と楓。雄がつぶやいた。「おおかた、闇の国だろ。パーティが終わったから……帰ったのさ」──「フェアウェルパーティ」

 と、こんなぐあいに、だ。

 五つの短編(といっても、いずれもかなり長い)のうち、「インターバル」をのぞいて後は「殺し屋」が主人公である。彼らはいずれも、得体の知れない、というか国家の裏組織といってもあいまいな組織に属している。いや、属しているというのは正確ではない。統制はされるけれども支配はされないという〝半一匹狼〟といったほうが正解だろう。いや、このなかでは一見異物に思える「インターバル」の主人公も、生活臭の希薄なことでは、他の四編の「殺し屋」となにもかわらない。したがって、彼らをとりまく状況も生活も「透明」である。アクション・シーンはあるにはあるが、それもなにか「透明」な感じがする。

「男」たちがそうなのは、みながみな、もはや「ゲーム」にんできているからだ。「鏡の顔」の男が、「殺した人間によく似た人間を街や写真で見かけるようになって怖くなった」というのは、ハードボイルド小説的粉飾というだけではなくて、「透明」な「街」や「人」にもはや共感をいだけなくなった作家自身の心の〝投影〟ではないか。

 こうした「若さ」への断念、「もはや透明では生きられぬ」という断念が、『夏からの長い旅』(85)から『氷の森』(89)をへて『新宿鮫』(92)にいたる作家大沢在昌の充実となってあらわれているのだと、わたしは思っている。

 その意味では本書『深夜曲馬団』は、「六本木」から「新宿」へという、大沢在昌における「街」と「人」への関心の変わりようをうかがうには、かつこうの作品といってよいだろう。全編の最後を締めた「闇の国だろ。パーティが終わったから……帰ったのさ」という雄という若者の言葉は、マービンという、どこにも帰属しない男が「鮫島」となって、さまざまな〝異人〟が流入し混在する新宿という街にあらわれることを予感させるのだから。

 しかし、それにしてもである。普通ならばこれら五つの短編は、いずれもわたしに「長編」の材料になるだけのものだが、それを惜しげもなく「骨格」だけをえがいてみせた大沢在昌の勇気というか自信には、ただ脱帽するのみである。わたしは、こんど再読して、日本のハードボイルド小説の嫡子といわれる大沢在昌の世界をたっぷりとたのしんだ。読者もまた、心ゆくまでたのしまれたことだろう。

大沢在昌深夜曲馬団 新装版』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000165/


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