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レビュー

<マージナル・オペレーション>シリーズの著者が感服!時代を超える傑作ファンタジー『スタープレイヤー』

 小説の解説を頼まれた。解説。まあ、批評の一形態ではあるのだけど。これが難しい。
 編集の神様T・S・エリオットではないけれど、どうせ批評として書くなら帰納しなければならない。そしてまともな帰納とは、要は役に立つという事だ。そして役に立つ批評は当たり前ながら難しい。
 その上でさらに自分のハードルを上げることになるのだが、読者の役に立つ、というよりは小説家が見て創作に役立つものを書きたい。
 なぜなら、読者に一番役に立った批評とは、小説家がより良い作品を作る助けになったものだと思うからである。
 具体的に言えばこうだ。この解説を読んだ方の九割くらいは特になんの感想も抱かず、ふうんで終わるとは思うが、小説家志望の方がこれを読み、首尾良くデビューし、その後でこの解説を思い出した時は、パーティかなにかの席でわざわざ私の前に来て、役に立ちましたと言ってくれるだろう。くらいの解説を書きたい。

 ということで、『スタープレイヤー』の解説である。
 しかしいきなり『スタープレイヤー』について解説する前に、『スタープレイヤー』が属するファンタジー小説について書かねばならない。全ての学問が大から小、昔から現代、未来へと進むように、帰納される解説もまた、そうでなければいけない(学問の一形態だから、という側面もある)。

 概論としてファンタジー小説は難しい。これにつきる。
 ファンタジーとは全ての物語の祖型である神話や昔話の系譜を継ぐが、こと商業小説としては売り上げ的にかなり成功率が低い部類に入る。
 さらに言えば、編集者に企画を伝えるのも難しい。
 海外のように書き上げてから出版社を探すケースと異なり、日本の商業作家の大部分は書く前に企画を通す。このときファンタジーはイメージを編集者に伝えるのが大変難しいのである。
 ××××みたいですという説明で企画を通すのは大変だ。編集者との信頼関係や、あるいはチャンネルが合わないと企画が通らない。
 かりに企画が通って書き上がっても、今度は売るのも大変だ。伝えにくいイメージのあらすじを本の後ろに書いても、中々読者は手に取ってくれないのである。
 著者に実績があって、それがファンタジー以外の小説ならなお大変である。編集者はぴんとこないファンタジーよりも、作家の得意ジャンルで書かせたがるだろう。読者は保守的で、好きな作家の別ジャンルを買うかというと、そういうわけでもないのである。このあたりの事情は日本だけでなく、海外でも同じであり、場合によっては筆名を変えた方がいいとまで助言されることがある。

 そして、『スタープレイヤー』である。ようやくの本題で前置きが長くて申し訳ない。
 しかし、概論を説明しておかないと、『スタープレイヤー』の素敵なところを解説できないのである。
『スタープレイヤー』の作者、恒川光太郎はご存知の通り、ホラーやミステリのジャンルで十分な実績があり、どちらかというとこの作品、『スタープレイヤー』の方が異色だったりする。和テイストというイメージがある作者だが、『スタープレイヤー』にはそれがない。はっきり言えば、私が編集ならこの企画にはGOを出せない。
 その上で、『スタープレイヤー』は先に長々と説明した難しい壁をいくつも破って世に出て、続編を出し、さらに文庫化にまでこぎつけている。同業者として発言すると、これはかなり大変なことだ。よくぞ、という言葉が良く似合う。
 この作品を出すために、事前にかなりの成功を収めて発言力を溜め、良い編集に出会ってプレゼンし、読者に恵まれ……ちょっとした奇跡と、その奇跡をものにするための努力。長期にわたる計画というか、温めていた思いがあったに違いない。
 他ジャンルからファンタジーへ向かう道はもの凄く険しい。実際私もファンタジー小説一つ書くのに他の小説二〇冊は書いた。
 作家、いや、クリエイターというものはだいたい処女作に長く引っ張られて苦労を重ねるものだ。他ジャンル小説を書くときの有形無形の障害もその一つ。恒川光太郎はそれを越えた。越えられる、というのは一つの実力のバロメーターだと言ってもいいだろう。処女作のくびきからの離脱は、小説界のスタープレイヤーへの第一歩である。

 その上で、もう一度この『スタープレイヤー』という小説を読むと、作者の、恒川光太郎のファンタジーを手がける喜びと努力が随所に光って見える。
 冒頭の短い現代日本のシーンからして気合いが入っていて、ファンタジー世界へ跳躍するための〝溜め〟が、存分に入っている。
 具体的には買い物袋の中身や主人公の年齢設定が具体的過ぎたり、地名が実名だったりという部分が〝溜め〟、であり、具体性を高めることでその次のファンタジー世界(スタープレイヤーの世界)へ突入したときの最初は何にもない開放感に繋がっている。
 ファンタジーは自由と同義語ではないのだが、殊、『スタープレイヤー』ではファンタジーと自由はだいたい同じ意味があり、同じく尊いものになっている。
 最初の〝溜め〟、から、じ、ゆう!! と言わんばかりにどんと跳んで自由を満喫するのが『スタープレイヤー』の面白さ、そしてファンタジーである。普通の作家なら戸惑いとか悩みにもっと紙幅しふくを費やすのだが、本作ではそんなことに読者の時間を使わせない。冒頭の現実場面がびっくりするぐらい短いように、最初の戸惑いもあっさりしている。描きたいことは違うのだという、強固な設計があってのこの展開である。見せたいシーンを長いページできちんと書ける小説家は一〇人に一人もいないから、ここはその妙技に感嘆すべき場所である。
 ここから、話は本筋というか、何度も反復、展開しながら、本当の自由ってなんだろうという主題を掘り下げていく。
 自由は楽しいから、自由が束縛されていき、自由を行使することに慎重になり、臆病になり、そしていよいよの時に自由のために自由を使う。
 主人公の心情から言えば有頂天から祈りへの心境変化、成長である。
 文字に起こすと普通に感じられるかも知れないが、これを見事に、一見そう思わせない形にしてちりばめ、最後の最後にそうだよな、と思わせているのが作者の凄みであり、『金色機械』などにも繋がる手腕と言える。
 恒川光太郎作品は全般としてよくよく設計されており、『スタープレイヤー』にも同じ事が言える。これが設計でなくて手癖で書いているのであれば、おそらくは相当原稿に手を入れて玉稿ぎょっこうとも言える作品に仕上げて来たのだろう。いずれにせよ時間をたっぷり取っていないとこういうのは難しい。
 作品に時間を掛けられるというのは作家にとって大きなアドバンテージなのだが、それが出来る作家は一握りしかいない。
 作家は普通、売れれば売れるほど仕事が増える。売れないなら本業ともいうべき他の仕事もやっている。どっちにしろプロデビューの先にあるのは時間との闘いであり、作品を上梓するにあたって用意出来る時間は作家にとってはいつも短く感じられるものである。だから、こういう『スタープレイヤー』のような作品は、そうは見えなくてもかなり贅沢なものである。
 シンプルな構成、贅沢な設計。そこから紡ぎ出される物語。というのがこの作品の力強さを作っている。
 全体的な設計はおいておいて、では描写の方はどうだろう。
 序盤にしっかりした、それこそ恒川光太郎らしい細やかな描写から、ファンタジー世界というよりは創世神話的なダイナミックなシーン。そしてページを進めるに従って現実に寄ってくるというか、ファンタジーも現実も同じ、という感じにトーンや描写は変遷していく。夢というファンタジーからもう一つの現実というファンタジーに、というわけで、文章としては通常ピッチ(読書感)が変わっていって気持ち悪くなっていくところを、それと気付かないレベルにまとめあげている。言い方を換えるとそのために本が厚くなっている側面がある。描写でも主題を見せようとか思わなければもっと短く書けるところを、しっかりやってきているのがまさに贅沢である。この技は中盤から後半にかけてさらに飛躍し、情景描写ではなく心理描写、心の成長ときて最後にいたるようになっている。ここはプロもうなるところで、アニメなどには例があっても小説でやるのはかなり度胸がいる。心理描写が締めで増えると、どうしても風呂敷を畳みにきたなとか、こぢんまりしてきたとか、そういう感じを惹起してしまう。
『スタープレイヤー』はこの問題に対する小説技法として、世界が広がるように意識が拡散し、沢山の思いに触れる感じにしてある。そこに狭さや息苦しさはない。

 そして、道具立てである。ファンタジーは時代の写し、書かれた時代の投影でもあるのだが、『スタープレイヤー』もその例にもれず現代をよく投影している。人間の生き苦しさもそうなのだが、リセットやスターボードの使い方、スタープレイヤー同士の対決や対話というあたりに現代からの投影がでている。それが良いとか悪いとかではない。ファンタジーとはそういうものである。その上で優れたファンタジー、いや、物語は時代を超える。『ガリヴァー旅行記』は元の風刺を失って、今となっては大部分の人が元がどうだからこうなったのか分からずに楽しんでいる。『指輪物語』もそうだ。人種というものをことさら強く意識した時代だったからああなっている。

 もしかしないでも、今回の文庫化で版を伸ばしていく過程で『スタープレイヤー』は時代の投影を無くしていくかもしれない。だがそれは、本当の意味でのファンタジーへの昇華である。時間による篆刻てんこくあってはじめてファンタジーは現実から離れてじ、ゆうーになるのだ。

 この解説を読んで、そうなの? と若い読者が思ってくれる日を楽しみにしたい。


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