男子高校生は女子高生と違って、手紙のやりとりはしないし、言葉にはしないけれど、やはり男同士の友情がある。僕の場合は鉄道が媒介にあって、オタク的な世界の中で同好の士が集まってきた。高校時代を送ったのは 1970 年代後半~ 80 年代初めですが、学校が終わると放課後カメラを持って、友人と二人で東海道線の根府川ねぶがわ駅まで行ったことがありました。相模さがみ湾を望む有名な撮影ポイントの鉄橋があるんです。夕方になると東京発の下りブルートレインが撮影できる。誰もいないみかん山に二人で登り、じっと列車が来るのを待って撮影した思い出が、やけに心に残っています。

三浦 いいですねえ、麗しい情景です。私も漫画オタクだったので、漫画好きな同級生と並んで部室に座り、黙々と漫画を読んでいました。
 それにしても鉄道好きのかたがたって、いつ頃から生息が確認されているんですか?
 大学の鉄道研究会は慶應義塾大学が一番古いとされています。1934(昭和 9 )年からあった。慶應義塾高校での創部も 1948(昭和 23)年の高校創立にまで遡れます。
 高校一年のときには、北海道の国鉄全線に乗りました。急行列車に乗り降りできる北海道ワイド周遊券を使って夜行の急行で車中泊を繰り返し、宿代を浮かしたりもしました。
 文化祭では駅弁販売がメインイベントで、大船の「鯵の押寿し」、黒磯の「九尾の釜めし」、千葉の「やきはま弁当」、小淵沢こぶちざわの「高原野菜とカツの弁当」、富山の「ますのすし」などを販売していました。

三浦 鉄道を愛し研究するのは、由緒正しい嗜みなんですね。それにしても原さん……。予想よりはるかに活動が本格的で、おののきましたよ。さすが筋金入りのテツですね!
画像
 
――対談は物語の生まれる風景について移ってゆくが、
原の興味は否応なしに鉄道に揺り戻される。
原の真性鉄道オタクぶりに、三浦は感動さえ覚えた。


 三浦さんには「神馬に乗る女」という短篇がありますね。東京で暮らす三十路みそじの息子が父に乞われて帰省すると、神がかりになった義母と彼女に仕える父の姿を目の当たりにする。舞台は福井県の内陸、記述から推測するに越前大野とか勝山のあたりでしょうか。あのあたりは、平泉ひらいずみきよしという、東京帝国大学教授で白山神社の宮司となる人物を送り出した土地です。

三浦 いつ頃のかたですか?
 昭和初期に皇国史観と呼ばれる日本史学を唱え、敗戦後もその考えかたを変えなかった学者です。二・二六事件の際には、上野から水上まで行って、弘前から上京してくる秩父宮ちちぶのみやに合流して車中で密談をしており、昭和天皇に対抗して秩父宮を立てようとした疑いがあります。
 山の多い独特な風土がこの小説にも流れていますが、なぜ舞台を福井にされたのですか?

三浦 実はこの小説を書いたときには、福井県に行ったことがなかったんです。それでも舞台は福井だな、となんとなく思ったので。漠然としてますけど、「話は思いついた。さて、どこを舞台にしよう」と考えながら地図を眺めてると、「このあたりがよさそうだな」と土地に呼ばれるように目が吸い寄せられるときがあるんです。
 なるほど。敦賀つるがを出て福井に向かうときに最初に潜るのは、十キロ以上ある北陸トンネルです。このトンネルが 1962(昭和 37)年に開通すると、若狭わかさから越前えちぜん、すなわち越の国に入るところで世界が変わるようになった。
 この主人公も、母の様子がおかしいからと父に呼び出され、北陸本線で福井に向かいますね。川端康成の『雪国』(新潮文庫)ではありませんが、国境の長いトンネルを抜け、異世界に入っていくという感じがある。短篇は短い文章の中で、文章化されていないものをどれくらい感じさせるかという技術を必要とされるのだと思いますが、物語の舞台が濃密に想像されてきます。

三浦 書こうとしてパッと土地や建物のイメージが浮かばないときは、その小説をまだ書くべきではない時期なんですよ。こういう話を書きたいな、どこがふさわしいかなと思ったときに、福井以外は考えられなかった。行ったことがないから、当然、私の想像と現実の風景とは異なるわけですが。
 うーん……、地図上の地形や地名から喚起される空気に呼ばれる、としか言いようがないですね。たぶん、物語にふさわしい舞台はあらかじめ決まっているんだと思うんです。
 それを聞いて、川上弘美さんの小説『真鶴まなづる(文春文庫)を思い出しました。小田原と熱海の間には四つ駅があるけれども、真鶴以外の駅ではこの物語は考えられない。どこを舞台にするかということは、小説を書く上で決定的に大事なのだなと思います。

三浦 あのあたりは土地勘があるのでわかりますが、真鶴というのは本当に絶妙ですよね。あと、自分が書くときに重要なのは、部屋の間取りですね。どなたかがおっしゃっていたんですが、女性のほうが間取りを考えて書いているようだ、と。空間把握能力は男性のほうがあると言われているけれど、女性の作品のほうが、細かい描写がなくとも部屋の間取りが浮かんでくるように書かれているそうです。ほんとかなと思うんですけど、確かに私は、間取りをけっこう考えて書きますね。
 僕の場合は、鉄道の車内の描写はとても気になるんです。ロングシートなのかボックス型のクロスシートなのか。ボックス型だとして、ドアは二つか三つか、シートの色は、とか。

三浦 うん、それは原さんがテツだから(笑)。車内で殺人事件が起こる推理小説でもない限り、ふつうそこまで詳しくは描写されてないですよね?

書籍

『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』

原 武史 三浦 しをん

定価 1620円(本体1500円+税)

発売日:2019年02月27日

ネット書店で購入する

    書籍

    「本の旅人2019年3月号」

    角川書店編集部

    定価 100円(本体93円+税)

    発売日:2019年02月27日

    ネット書店で購入する