家から少し離れたところにある喫茶店で、俺はバイトをしている。酒類も提供するような
特地区以外では、能力者が就職するのはどうしても難しい。力を生かした職業につく者もいるが、能力によってはやはり犯罪と結びつくイメージも強く、採用を渋られるケースが多いのだと聞いた。そういった事情もあるからこそ、特地区に移住する能力者は後を絶たない。
それもあって、俺は覚悟をしていた。きっとアルバイトだって、なかなか決まったりしないんだろう。そう思って受けた面接で、あっさりと受かった。
そのとき改めて実感した。俺だったら大丈夫。うまくやっていける。何の問題もなくここで生きていける、と。
店に入って奥へ向かうと、ちょうど女子更衣室から出てきたバイト仲間と鉢合わせた。制服姿で、おつかれさまーとにこやかに笑いかけてくる。
「今日は冴木くんと一緒の日か。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って、俺は男子更衣室へと入る。店長を含め、ここで働く中で俺は一番年下だ。大学生が多く、見かけは俺の方が年上でも、結構可愛がられているという自負はある。さっきすれ違った女性は、俺の初体験の相手だ。食事に誘われ、家に誘われ、あれよあれよという間に事を済ませてしまった。それ以降は特に何もなく、ただのバイト仲間としての関係が続いている。
当然のことながら、この店の中で能力者は俺だけだ。それでも一緒に働いている人たちは何の偏見もなく接してくれている、ように見える。お客さんにコーヒーぶちまけそうになったら助けてね、と笑ってくれた人もいた。
とはいえ、客となるとそうもいかない。
「お待たせしました。アイスコーヒーお二つです」
それらをテーブルに置き、ごゆっくりどうぞ、と頭を下げる。踵を返し歩き出すと、その女性客二人がひそひそと話すのが聞こえてくる。
「ね、ね。見た? 襟元」
「見た! 金色のバッジ! あれって、能力者ってことだよね?」
「やっぱそうだよね! やば、私初めて生で見たかも」
「見た目は普通の人と全然変わんないんだねー」
そりゃそうに決まってんだろ、と心の中で悪態をつきながらキッチンへと戻る。
当然愉快ではないが、あれくらいならまだ可愛いものだ。以前、初老の男性からはっきりと言われたことがある。
悪いけど、君から渡されたものなんて、怖くて口にできない。
俺は申し訳ありませんでしたと頭を下げ、料理を作り直し、別の店員に持って行ってもらった。突っ返された分は、俺が金を払いますと言ったのだが、店長は笑ってそれを断った。
俺は、恵まれていると思う。ただ金色のバッジをしているというだけで、
だから、大丈夫に決まっている。俺の人生は、最高であることが約束されているはずなのだ。たとえ、机が投げ捨てられるなんてふざけた事件が起きてしまったとしても。
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2025年2月17日 - 2025年2月23日 紀伊國屋書店調べ
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