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試し読み

【シリーズ完結!】「盗られたら盗り返せ!」山猫に唆された勝村は―― 『怪盗探偵山猫 深紅の虎』刊行記念『怪盗探偵山猫』試し読み#9

    16

「何で、この女を連れて来た?」
 バーに戻るなり、山猫が不機嫌な態度を隠そうともせずに詰め寄って来た。
 勝村は、カウンターのスツールに座ったまま、黙っていた。
 何でと問われても、特別な理由などない。
いてるんだから、答えろよ」
 山猫が、顔を近づけ勝村をにらむ。
「あのまま、あそこにいたら、あいつらに何をされるか分かったもんじゃない。放っておけるわけないだろ」
 勝村も、ついむきになり、食ってかかるような口調になる。
 テーブル席に座っているサキは、生きているのを疑いたくなるほど顔色が悪く、無気力にうな垂れていた。
「この女は、お前をあいつらに売ったんだぞ。お前のすっとぼけた頭でも、それくらい分かるだろ」
 山猫のようしや無い言葉に、サキの肩がビクッと跳ねる。
「分かってるよ。それくらい」
「分かっているなら、なぜだ?」
「そんなこと言っても、仕方ないじゃないか。あんな奴らに囲まれて、彼女に、他に選択肢があったとでも?」
「本当に、お前って奴は、思いの外面倒臭い男だよ。冷静かと思えば、すぐに熱くなる。そのうえにお節介だ」
「余計なお世話だよ」
 勝村は、山猫から目をそらした。
 さくらにも、同じようなことをよく言われていた。そういう気質なのだから、言われて直せるものでもない。
「お前の世界じゃ、おひとしはめられるかも知れない。だが、俺たちの世界じゃ、命取りになる」
 山猫が、勝村の胸に何度も指を突きつける。
 安い挑発だと分かっていながらもついつい熱くなり、山猫の手を払いのけた。
「言っとくけど、ぼくは、君の世界の住人になったつもりはない! 今井さんの事件の謎を追うために、仕方なく一緒に行動しているだけだ!」
「おうおう、言ってくれるね。俺だって、お前なんて願い下げだね」
「ごめんなさい」
 二人の男の子どもじみた言い合いに、サキが割って入った。
 マスカラの混じった黒い涙がボロボロと頰を伝う。
 女性の涙を目の前にして、争いを続けられるほど無神経ではない。勝村は、言いかけていた言葉を飲み込んだ。
「私が……しやべってしまったばかりに……本当に、ごめんなさい……」
 えつで途切れながら、サキが口にする。
「いや。君のせいじゃない」
 勝村は、テーブル席に移動し、彼女の震える肩に触れ、落ち着かせようとする。
 サキが、上目遣いの、すがるような視線を向けて来た。
 彼女は、男に依存するタイプなのだろう。誰でもいいから、誰かに支えてもらっていないと不安で夜も眠れない──そんな風に、勝村には感じ取れた。
「勝村さん。私、これからどうすればいいんでしょう?」
 サキが、勝村に抱きつきながら言う。男は、本能的にこういうタイプの女性に弱い。
「そんなものは、自分で考えろ! 俺たちの知ったことじゃない!」
 山猫の厳しい言葉に、サキが顔を上げた。
 今までそんな台詞せりふを浴びせられたことは無い──そんな表情だった。
 山猫は、サキの反応などお構いなしに、冷凍庫の中から氷を取り出し、タオルで包み、ひようのう代わりにしてサキに向かって投げた。
れる前に冷やしとけ」
 それを受け取ったサキは、しばらく何かを求めるように山猫を見ていたが、やがて氷囊を頰に当て、うつむいて押し黙った。
 山猫はいかにも合理主義を気取っているが、意外に情が深いのかも知れない。
 考えてみれば、サキのことが気に入らないのなら、このバーに来る途中で置き去りにすることもできたはずだ。
 だが、山猫にはそれができなかった。
 勝村は、今まで、都市伝説のように得体の知れない存在であった山猫を、急に身近に感じてしまった。
「この女の対応は後で考えよう。それより、例のネックレスは?」
 山猫が、マッチで煙草に火をけ、残り火を指ではじいて消しながら話を切り替える。
 勝村は、スツールに戻り、ジャケットのポケットからネックレスを取りだし、カウンターの上に置いた。
 改めてそのネックレスを観察してみる。
 銀色に光る細いチェーン。桜の花弁の装飾。
 よく見ると、装飾の裏には不規則な数字が並んでいた。〈981469〉。見たことのない数字だし、連想されるものは何もない。
 何か細工がないかと、いろいろいじってみたが、チェーンの部分も含めて変わったところは何も見当たらない。
「何か気付いたことはあるか?」
 山猫はくわえ煙草で、ダーツの矢を指先でクルクル回しながらたずねてきた。
「見当もつかない」
 勝村は、大きく首を振った。
「今井が隠した、情報の在りが記されているはずなんだけどな」
 山猫が、ぼやくように言う。
 ──この数字が場所を示すためのキーワードになっているのだろうか?
 文字が入っていれば、それも考えられるが、数字だけでは判別のしようがない。
「やっぱり分からないよ」
 勝村は、虚脱感に襲われ、顔を上げた。
 さっきまで一緒にネックレスを見ていた山猫が、真剣なまなしで別の場所を見ていた。その視線の先にはサキの姿。
 サキは、タオルを頰に当てながらも、周囲に視線を走らせ、しきりに何かを警戒している。
 ひゅっ──。
 山猫は、突然ダーツの矢をサキに向かって投げつける。
 矢は、寸分の狂いもなく、円テーブルの中央に突き刺さった。
 サキが「きゃっ」と小さく悲鳴を上げて立ち上がる。
「危ないじゃないか!」
 勝村の抗議を無視して、山猫は驚きで固まっているサキの近くに歩み寄り、クンクンと犬みたいに音をたてて彼女の臭いをぐ。
 サキは、身を硬くして、じっと息を殺している。
「いつからだ?」
 山猫が訊ねると、サキが驚いた表情で顔を上げる。
「な、何が……でしょう……」
 事情は分からないが、サキが誤魔化そうと必死になっているように感じられた。
 目が、アニメのキャラクターのようにせわしく動いている。
とぼけるな。マリファナは、いつからやってる?」
 勝村は、山猫の放った意外な言葉に驚き、サキに視線を向けた。その表情は、仮面をかぶっているかのように固まっていた。
「……一ヶ月くらい前から」
 しばらくの沈黙の後、死に際の遺言のように頼りない口調で、サキが言った。
ブツはどこから入手してた?」
 サキが顔を背ける。
 だが、山猫はそれを逃がさない。回り込んでサキの視線の前に立ちふさがる。
「今井さんの友だちから……」
「もっと他の言い方があるだろう」
 山猫が、とがった鼻先を突きつけてさらに迫る。サキは目にいっぱい涙を浮かべてはいたが、同時に覚悟を決めたようにも見えた。
「あの人たちです……」
「あの人たちとは、お前と一緒にいた奴らのことだな」
 念押しする山猫の言葉に、サキがうなずいた。
 そのやり取りを聞いていた勝村は、信じられない思いで、貧血を起こしそうなほど頭が真っ白になった。
 サキは、最初から、彼らを知っていたということなのか──。
「奴らは何者なんだ?」
「知りません。私は、あの人たちがお店に来た時に、売ってもらっていただけなんです……。本当です。信じて下さい……」
 サキが、山猫の両手を握り必死に訴える。
 おそらくサキがあの二人組の顔は知っていても、名前を含めた素性を知らないというのは本当だろう。
 買い手に自分の素性を明かすなど、売人にしてみれば自殺行為だ。
 山猫はサキの手を振り払い、勝村の隣のスツールに腰を下ろし、いらたしげに灰皿で煙草をもみ消した。
「どうして、彼女がマリファナをやってるって分かったんだ?」
 勝村は、疑問をぶつけた。
「臭いだよ。マリファナの常習者には、煙草と同じように独特の臭いがつく」
 山猫は、当たり前のように口にした。
「もしかして、甘酸っぱい臭いだったりするの?」
 勝村は、サキに初めて会った時のことを思い出し、口にしてみた。
「その通りだ。フルーツみたいに甘酸っぱい臭いがする」
「ぼくは、香水かと思ってた」
「だから、お前はバカなんだよ」
 山猫はそう言うと、身を乗り出し、カウンターの下からグラスを二つと、ウィスキーのボトルを取り上げる。
「あ、ぼくは飲まないよ。できればウーロン茶とかにして欲しい」
「ガキみたいなこと言うな。色は一緒だろ」
 山猫は、それぞれのグラスにウィスキーを注ぎ、カウンターに置いた。
 勝村は、ちらっとサキに視線を向けた。
 彼女は、じっと俯いたままピクリとも動かない。山猫の言う通り、彼女を助けるべきではなかったのかも知れない。
 少し自棄やけになり、ウィスキーを口に含んだ。熱い液体がのどを通り、思わずむせ返った。
 山猫はそれを見て鼻で笑うと、これみよがしにグラスの中身を一気に飲み干す。
「これで、一つ謎が解けた」
 山猫が、腕で口をぬぐってから言った。
「謎?」
「そうだ。俺には不思議でならなかった。今井という男は、なぜ、あの女を通じて情報を伝えるなんて、回りくどい方法をとったのか……」
 ──確かにそうだ。
 直接メッセージを届けてくれればいいのに、わざわざサキを通してメッセージを伝えた。それはなぜか?
 勝村は、すぐにその理由に思い至った。
「彼女が、マリファナをやっていることが、ヒントになっているってこと?」
「多分な。それに、さっきの話の流れからして、今井も、奴らと面識があった」
 山猫の言葉は、心に深い影を落とした。
 今井は麻薬を売るような連中と、いったいどんな付き合いがあったのか?
 それだけじゃない。自分の恋人がマリファナをやっていると知り、なぜ止めなかった?
 ──あなたは、ぼくに何を託そうとしているんですか?
 勝村は、ネックレスを手に取り、ゆらゆらと揺れる花びらを眺めた。

このつづきは製品版でお楽しみください
神永学『怪盗探偵山猫』| KADOKAWA



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