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特集

【インタビュー】『マンガの原理』大場渉さん(2/3)

 2月に刊行された神業超絶マンガ指南書『マンガの原理』、いっとき品切れでご迷惑をおかけしましたが無事版を重ね、いまも順調に売れております。このたび、カドブンでは著者のおひとりにして『乙嫁語り』『北北西に曇と往け』はじめ伝説級コミックの担当編集者である大場渉さんにインタビューを刊行しました。なぜ発売直後じゃなくて今? というのはお読みいただくとわかることになっています。はっきりいって濃いです。読み応えありすぎなので、それなりのお時間を取ってお茶などをご用意のうえお読みください。

▶ 第1回はこちら

『マンガの原理』大場渉さんインタビュー 第2回

「技術は地味だ。しかし「地味」には耐久性がある」(本文より)

伊藤:それにしてもなぜ大場さんはそこまで「技術」に注力されたんですか。たまたまじゃないですよね。意図して築き上げようと思わないとここまで体系化しないですよね。

大場:なんでしょうね。やっぱり、最初のアスキーのころ、何をやったら漫画になるのかが編集部として全くわかっておらず、だから、先輩の技を見て学ぶわけにもいかないっていうとき、僕はたぶん、作家とデザイナーにいろいろ習ったんですね。桜玉吉さんと鈴木みそさん、デザイナーの井上則人さんやボラーレの関(善之)さんとか。例えばグラフィックデザインとエディトリアルデザインで違いがあるという話から、要はルールをしっかり作って組版を組むのがエディトリアルなんだっていう。そういうデザインとしての決まりがあるんだって知ったのはその辺だと思う。

伊藤:あちこちに学びに行かれてますよね、いろんな作家さんのところにも。

大場:例えばあだち充さんのこれ(絵を見せる)。これなんてもう浮世絵じゃねえかよって言って。だから、浮世絵を勉強しようって言って、浮世絵のレイアウトを取り入れるようにしようと言ったり、そういう感じ。なぜかっつったら、目の前に作家やデザイナーが通った道があって、それがまあすごいものだったんですよね。どうやったらこれに至るのかっていう。


――その訳を考えようって思った?

大場:そうですそうです。トーベ・ヤンソン短編集みたいなもんで、ものすごく文章が刈り込まれて11行しかないけどすごく豊かな体験を表現するような。文章でもそういうことはできるし、漫画でもそういうことができる。そういうふうに技術が高ければ――たとえばかわぐちかいじさんとか小山ゆうさんとか細野不二彦さんとか浦沢直樹さん。漫画が上手い描き手は1本当たった後、当たっても当たらなくても次もまたちゃんと連載が持てるんですよ。なぜなら上手いから。それがプロ。ここの道を歩む人を増やそうとしたんです。


――クリエイターの生存率を上げる。生存年齢を長くする。

大場:売れなくてもいいから長く描く。

伊藤:そうですよね。売れる売れないに関わらず、頼まずにはいられないレベルを目指す。

好き嫌いと技術論。三つ編みキャラは許されるのか。


――一方で“「俺はこのキャラクターは嫌いだ」「好きになれない」「共感できない」という、編集者個人としてそのキャラクターをどう思うかについて、はっきり伝えるようにしています。つまり、自分の好き嫌いで伝えるわけです。”(本文112ページ)という一節があります。作家と真剣に付き合うほど、自己開示せざるを得ないから、最後は好き嫌いの話にならざるを得ないのはわかる気がするんですけれども、それと客観的な技術論との整合性はどう取ってらっしゃいますか?

大場:いや、編集者として嫌いだと言う時には理由があるし、優れていれば嫌いでも認めますよ。

伊藤:大場さんは「作家に嘘をつくな」ともおっしゃっていますが、嫌いならちゃんと嫌いだって言うということ?

大場:そう。具体的に言うと僕は三つ編みのキャラクターが大っ嫌いなんですよ。全くかわいいと思えない!

伊藤:大分個人的な感覚ですね。

大場:でしょう。だから僕が担当する漫画家は三つ編みは絶対NG!


――それは「僕が」見たくないから?

大場:三つ編みって、安易な逃げであることが多いんですよ。描くとキャラクターっぽくなるんですけど、往々にしてキャラクター自体の魅力はないんですよ。それなら何か違うことを考えようぜっていう。


――それは汗表現などの漫符禁止(本文76ページ)と同じ文脈ですね。安易に記号としての三つ編み使って、キャラを立てた気になってはいけないっていう。

大場:そうそうそうそうそうそうそうそう。VTuberの女の子でも、この辺をちょっと編んだりとか結構多いんですよ。あれ描いているほうは楽しみがあるんですよね、編み込みって。
 でも、その作家がその作家なりの力を全力で出す三つ編みだったら。もう嫌いとか言っても仕方ない。どうして三つ編みにしてるのか、理由を考えてくれるなら。『乙嫁語り』のパリヤは三つ編みどころか、量が増えてワッサワッサってやってるけど。あそこまで行けばもう認めざるを得ない。

伊藤:やっぱり大場さんの技術論って根本的に美意識に支えられてると思っていて。
 大場さんが禁止する漫符や三つ編みも、ありかなしかで言えばもちろんありなんですよ、漫画は何でも自由だから。だけど、たとえば安易な三つ編みのキャラクターデザインを、それは読者に提供するには品質がよろしくなかろうということで、禁止するのがプロとしての美意識だと思うんです。


――それでもやるかっていう、描き手の覚悟を問う。

伊藤:そう。だからその禁止事項を超えて、あえてわざわざ自分で大変なところに踏み込んでいく森さん入江さんのような漫画家がすごいものを描く。

大場:本来、文章のプロたちのライティングも、実は禁止要項が多いじゃないですか。雨だれ(!)連発するなとか、泣き別れ(重要な言葉が改行に引っかかって別れる)をするなとか、やたらとかぎ括弧で強調するなとか。そういうふうに、人が何かを伝達しようとするとき、たくさんの禁止の中からやっと表現が見つかってくるもんだと思うんですよね。

伊藤:そういうお約束も崩壊しつつある気配が……でも、本来はそうです。豊かな表現はやっぱある程度縛りがあって、美意識が働いてないと生まれないと思っていて。例えば古井由吉みたいな文章ってやっぱり、ある種サロン的な美意識の集団の中じゃないと生まれないもので、サロンが崩壊して極端に民主化しちゃうと、出てこないし発見されないのかもしれない。


――そういう意味では、伊藤さんは民主化の極致みたいなところでお仕事されているじゃないですか。SNS発のコミック。

伊藤:そういえばしてますね(※キトラレーベル立ち上げ後、コミックエッセイ編集部)。


――SNS漫画っていう、民主化の行きついた果てのなんでもありなフィールドで仕事をしている人が、大場さんみたいな積み重ねて積み重ねて技術の大きな木を描いてる人の本を作る、100%のリスペクトで作ってるっていう事態が、だいぶ興味深いですね。

伊藤:違うフィールドにいるから、より大場さんの凄さがわかる部分はある。素直に認められるっていう部分があるかもしれません。これが普通の漫画編集者だと、なんか多分、嫉妬心みたいなのが混ざっちゃうと思うんですよ。


――なんだかわかります。

大場:集英社の編集者が言ってたんだけど、少年ジャンプには1年間に延べ1万人近くも持ち込みが来るんですって。

伊藤:1万人近く!

大場:そうそう。だってありとあらゆる漫画編集部のなかでジャンプがいちばん育成に力を入れてるから。月例やネーム賞以外にも、日本中の専門学校へ編集者が漫画読みにいってますもの。だから大量の持ち込みが来る。
 だけどこっちは下手をすると誰も来ないから。だから本当に、1人の人が持っている光るものを何とか大事に大きくしながら足りないところを一緒に、頑張って時間をかけて鍛え上げていくしかないんですよ。


――次回は、SNSについて、そして退職後の大場さんはどうするどうなる⁉ とさらにエッジの先端を突き詰める話題になります。待て次号!

▶ 第3回に続く

作品紹介



書 名:マンガの原理
著 者:大場 渉 森 薫 入江亜季
発売日:2025年03月05日

最高峰のプロだけが知る、マンガの体系的な理論と技術を完全公開!!

『乙嫁語り』『エマ』『シャーリー』の森薫、『北北西に曇と往け』『乱と灰色の世界』『群青学舎』の入江亜季、そして『Fellows!』『ハルタ』『青騎士』創刊編集長の大場渉。

最高峰の技量を持つ3人が、これまで口伝で受け継がれがちだった漫画技術の数々を、自身の作例を交えて徹底解説。
しっかり努力をしているのに、環境に恵まれないばかりにプロになれない……そんな悲劇は、今後は絶対に起こさせません。

「コマ割りと時間」「フリウケ」「跳ね上げ」「めくり」「アクションコマ割り」「変形ゴマ」「視線誘導」「キャラの立ち位置」「描き文字の原則」「構図の考え方」「背景のエア」「線の質」「瞳の描き方」「スピード線・集中線の描き方」「フキダシの線と位置」「キャラクターの立て方」「視点人物」「タイトルの付け方」「扉絵の意味」などなど、創作者目線で体系化された超一流の技術のすべてをこの一冊に詰め込みました。

漫画を生み出す仕事は、最高に面白く、圧倒的にスリリングです。あなたもぜひ本書を片手に、一緒に素晴らしい漫画を創っていきましょう!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322312000330/
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