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試し読み

この小説はヤバい! 登場人物全員がストーカーかもしれない、戦慄の暗黒小説『ツキマトウ』試し読み

「case5 ファン」より

「で、今日はどんなご用件で?」
 ──ええ、それが……。……でして、……だから……。
「え? なんです? ほとんど聞き取れないんですが」
 ──あ、すみません。ちょっと……あまり大きな声では言えないんですよ、誰かに聞かれると……あちらの刑務官とか。
「ああ。その点なら大丈夫です。ここの刑務官は、ぼんやりしていますから。今だって、寝ていますからね。ああ見えて」
 ──本当ですか?
「ええ。万が一起きていたとしても、あの人は今、アイドルのことで頭がいっぱいです」
 ──アイドル?
「なんでも、最近、追っかけしているアイドルがいるらしくて。それで、先日もずる休みしましてね、それがバレてこっぴどく?られたみたいですよ。それでも懲りずに、今日もなんだかんだと理由をつけて早退しようとしているんですから。やれやれです」
 ──でも、あの人、……どう見ても、いい歳ですよね?
「老いらくの恋……というやつでしょう。歳がいってから何かに火がつくと、もう、手がつけられません」

    +  +  +  +

 老いらくの恋……ですか。
 そうですね、そうかもしれません。
 恋というのは打算が含まれた感情で、常に見返りを期待するものです。だから、見返りが望めないとなると、途端に憎悪に変わる。
 ですが、愛は違います。打算もなければ見返りも求めない。ただひたすらその相手の幸せを望み、どんなに邪険にされても無視されても恨むことなくひたすらその相手のことだけを思い、ときにはその身をささげ、場合によっては、死ねる。
 ……それが、愛というものです。

    +

 いいえ、あんなの、愛なんかじゃありません。
 ただの、妄執です。
 え? 随分と難しい言葉を使う……ですって?
 バカにしないでください。こう見えて、私、趣味は読書なんです。それに、学校の成績だってよかったんですよ。中学校までは、学年のトップ30内をキープしていました。
 ……まあ、確かに、仕事モードのときは、バカっぽいキャラですけどね。
 だって、そうしろって、事務所が。
 うちのグループ、八人なんですが、それぞれにカラーとキャラクターを割り当てられているんですよ。よくある話でしょ? まったく、何番せんじだ……って話ですよ。そのキャラというのが、これまたステレオタイプで。
 優等生、姉御、メガネっ子、ツンデレ、ちょい不良、ぶりっこ、甘えっ子妹、……そしておバカ。
 そのおバカに割り当てられたのが、私なんです。
 まったく! という名前がいけないんですよ! この名前のせいで、昔から、なんかバカっぽくみられちゃうんです。こんな名前をつけた親を、ほんと、恨みます! 名字がうしかわだから、ミルクにしたっていうんですから、ほんと、バカ親もいいところですよ! 名付けは大喜利じゃないんだから、ちゃんとした名前をつけて欲しかった。
 まあ、そんな話はいいとして。
 いずれにしても、私が所属しているのはそこらじゅうに転がっている、よくあるアイドルグループです。これは! というような特徴もなければ売りもない。だから、いまいちメジャーになれない。ご当地アイドルどまりです。
 それでも、地元では、なかなかの人気なんですよ。
 え? 地元はどこかって?
 もう、何回言わせるんですか。
 だから、八王子です。八王子。……そうですよ、八王子だから、八人グループなんです。
 八人の王女……という意味で、HPG8っていうんです。そう、八王子のHにプリンセスのPに……Gはグループだろうって? ところが違うんですよ! Gは、社長のイニシャルから。
 ……まあ、そんなことより、ストーカーの件ですよ、ストーカー。
 もう、ほんと、心底怖いんですって。最近もあったじゃないですか。地下アイドルがファンに襲われて体中を斬りつけられる事件が。私の場合もまさにそれ。ファンがアンチになって、ストーカーに発展しちゃったケース。
 え? 順序立ててはじめから説明しろって?
 はいはい、分かりました。

 私の名前は牛川ミルク。これは芸名ではなくて本名です。山梨県のよしで生まれ育ちました。小さいときからアイドルになるのが夢で、高校を卒業後、家を出て上京したんです。八王子に。
 え? 八王子なのに上京は変だろうって? バカにしないでください。八王子はれっきとした東京です。それに、私たち富士吉田市民にとっては、八王子は東京のシンボルなんです。あこがれなんです。だから、私、決めていました。アイドルへの第一歩は、八王子にしようって。
 八王子に出てきた理由はもうひとつあります。高校在学中にいろんな事務所のオーディションを受けていたんですが、HPG8の事務所だけだったんです、合格したのが。それで、仕方なく八王子に……。
 ええ、本音をいえば、なんです。いくら富士吉田市民の憧れの街とはいえ、やっぱり、八王子だと。……ほぼ山梨県ですからね、あそこは。
 まあ、それでも都であることには間違いない。そう自分に言い聞かせて、とりあえずは八王子で頑張ることにしたんです。で、事務所の社長に紹介されたアパートを借りて。西八王子駅から徒歩八分ほどのアパートです。お家賃三万五千円のワンルーム。八王子とはいえ格安物件で、しかも敷金礼金もゼロ、ラッキーでした。ただ、大家さんが一階に住んでいて、お家賃を滞納できないプレッシャーはありましたけど。
 それが、一年前。はじめはHPG8の見習いって感じでスタートしましたが、メンバーの一人が突然脱退したことで二週間もしないうちに正式加入、そして三ヶ月目でセンター。自分で言うのもなんですが、異例のスピード出世です。あっという間に、八王子の頂点に立つことができました。
 え? ご当地アイドルグループのセンターになったぐらいで、八王子の頂点は言い過ぎだろうって?
 バカにしないでください。
 うちらのグループ、全国的にはマイナーですけど、八王子では超メジャーなんです。ファンだって結構います。ファンクラブには五百人ほどが加入していますし、定期ライブにも、毎回、八十人近くが集まってくれます。
 ……まあ、どれも同じ顔ぶれなんですけどね。
 ここだけの話、モテそうにもない非リア充なおっさんだらけ。キャバクラや風俗にも行く勇気がないような、えない内気なおっさんばかりなんです。
 ……なんていうか、うちらを応援しているというよりは、うちらを応援している自分に酔っている……というような?
 でも、まあ、そういう人は、湯水のようにお金を落としてくれますからね。
「ファンは、大切にしな。金づるなんだからね」
 これは、社長の口癖です。
 それにしても、金づるだなんて。もちろんそうなんですけど、それをはっきり言っちゃうんですよ、うちの社長。まったく、口が悪いというか、考えが浅いというか。
 社長、元々は地元でヤンキーをしていたらしいんです。で、ヤンキーを卒業したあとに地元のキャバクラでキャバ嬢をしてお金を貯めて、そして芸能事務所を立ち上げて──
 ええ、そうなんです。うちらの社長、女なんです。今年で、三十三歳だったかな。口は悪いですけど、面倒見はいいですよ。うちらのことを、本当の家族のように思ってくれています。さすがは、元ヤンキーですね、情は厚いんです。
 でも、かねもうけに関してはシビアなところもあって。
「いい? 今は昔と違って、万人にウケるようなアイドルは難しい。つまり、薄利多売はできないってことなの。今は多様化の時代だからね。利益を出すには、ターゲットを絞り込む必要がある」
 ビジネス書を片手に、そんなことを言うんです。
「私がキャバクラで働いていた頃、やけに羽振りのいい客がいてね。一日に百万円を使うなんていうのはザラ。で、いろいろいてみたら、なんとその人、西八王子駅前のカラオケバーを根城にして信者を集めていたのよ。信者は百人程度しかいないんだけど、でも、その人はぜいたくざんまい。なぜだか分かる? 年間、信者一人あたり百万円を貢がせていたからよ。つまり、一年で一億円の稼ぎになる。うちらが目指すのは、それよ。分かる?」
 つまり、少ないファンを信者にして、金を搾りとれ……ってことなんです。
「でも、それって案外、難しいんだからね。ファンというのは移り気だからさ。昨日まで熱狂していたような人も、次の日にはめてしまう……なんていうのはザラ。だから、私たちが注意しなくてはいけないのは、とにかく、ファンを逃さないこと。そのためには、一にも二にも、ファンサービスよ。真心を込めて、ファンにこたえるのよ! そして、ファンを信者にするの。分かる? 従順な信者に! そして、一度集めた信者は決して、逃さない。……いい?」
 ということで、うちらのグループは、ファンを大切にしてきました。握手会、撮影会はもちろんのこと、時には、キャバ嬢まがいのことまでして、ファンをがっちりつかんできました。ツーショット会……なんていうのもやったりして。ツーショット会というのは、文字通り、個室でファンとツーショットになるんです。そして、二分間、マンツーマンでお話をするんです。
 でも、ここだけの話、私は苦手で。
 だって、個室というのが、おトイレぐらいの広さしかないんです。そんなところに二人ですよ? それこそ、息のかかる距離。これが、素敵なイケメンとかだったら大喜びなんですけどね。相手は、冴えないおっさんですからね……。しかも、臭いし、脂ぎっているし、キモいったらありゃしない。……地獄の二分間ですよ。
 でも、ファンのみんなは至福の時間……って感じでしたけどね。まあ、そうやって喜んで金を落としてくれるんだから、我慢するしかありませんよ。ちなみに、ツーショット会の参加費は一万円。そのうちの二割がうちらにバックされるので、うちらとしては大切な収入源。だから、どんなにキモくても、ひたすら笑顔。相手のことをふくざわきちだと思って、みんな頑張っているんです。
 でも、ファンの中には勘違いする人もいて。ツーショット会を重ねるうちに、メンバーのことを自分の恋人だと錯覚してしまう人がいるんです。体に触ってきたり、プロポーズしてきたり。
 境界線が分からなくなっちゃうみたいなんです。



……この続きは角川文庫でお楽しみください!

作品情報



ツキマトウ 警視庁ストーカー対策室ゼロ係
著者 真梨幸子
定価: 748円(本体680円+税)

”愛”が”執着”に変わるとき、日常は音を立てて崩れ去る!
ぱったん、ぱったん、ぱったん、ぱったん……近づいてくる足音、蝕まれていく心――。ふとした日常の違和感から妄執に取り憑かれていく男女たちを、イヤミスの女王が描く暗黒ストーカー小説!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322101000261/
amazonページはこちら


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