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試し読み

この小説はヤバい! 登場人物全員がストーカーかもしれない、戦慄の暗黒小説『ツキマトウ』試し読み

「それは、立派なストーカーです」そう教えられた被害者たちが向かう相談所――
警視庁生活安全総務課、ストーカー対策室、特別対策ゼロ係。略して、「警視庁ストーカー対策室ゼロ係」に集まる人々は、本当に単なる被害者なのか?
65万部を突破した『殺人鬼フジコの衝動』、事故物件の怖さを描いた『お引っ越し』などを発表し、“イヤミス”の女王と呼ばれる真梨幸子さん。文庫化された『ツキマトウ 警視庁ストーカー対策室ゼロ係』で描くのは、愛を超え、執着も超え、“つきまとい”行為を続ける人々です。日常に潜む恐怖、ジェットコースターのように展開する驚愕のイヤミスを試し読み!

『ツキマトウ 警視庁ストーカー対策室ゼロ係』試し読み

「case0 プロローグ」より

「なにか、お困りですか?」
 ──はい。……ストーカーについて……。
「ストーカーですか。やれやれ。これで、今日は何件目だ?」
 ──そんなに、多いんですか?
「ええ、多いですよ」
 ──そういえば、聞いたことがあります。ここ数年、ストーカー犯罪が急増しているって。……闇ですね。
「ここ数年? 闇? ……いえいえ、ストーキング、つまり、行為は、今にはじまったことではないですよ。だから、闇ですらない。一九九〇年、アメリカのカリフォルニア州でストーキング防止法が世界ではじめて成立、それがきっかけで人為的に闇に追いやられただけのことです」
 ──つまり、ストーキングが犯罪として扱われるのは最近のことだが、その行為自体は昔からあったと?
「そうです。愛だの執着だのという名前で、太古の昔から存在していました。もっといえば、人類が猿とたもとをわかったときから、存在します。言い換えれば、ストーカー心理こそが人を人たらしめている要素でもあるんです」
 ──どういうことですか?
「つまり、想像力です。人間が他の動物と大きく違う点は、未来を予想し、そして他者の心を読むという想像力に他なりません。この想像力があるからこそ、人類は文明を築き、神を創造し、物語を生み、そして芸術をはぐくむことができたのです。ところが、人類がその想像力を手に入れたのは、ごくごく最近のことです。たかだか、二十万年前。もちろん、諸説ありますが。いずれにしても、宇宙的な時間でいえば、産声を上げたばかりなのです。成熟にはほど遠く、完成もされていない。だから、バグも発生するし、暴走もする」
 ──「想像力」の「暴走」が、ストーキング行為だと?
「乱暴にいうと、そういうことになりますね。ストーキングの最も特徴的な要素、それはであるということです。にある対象に恋をし熱中し、あるいは憎悪する。そんなことができるのは、想像力があってこそです。想像の中で、ある対象を都合のいいように理想化し、あるいは都合のいいように悪者にする。誰にでも経験があることだと思います。なにも特別なことではありません。ただ、大概は想像の枠の中で終始します」
 ──その「想像力」の枠からはみ出した……つまり暴走したときに、はじめて「ストーカー」になるということですね。
たとえるならば、体に常在するウイルスや菌でしょうか。健康なときは、ウイルスや菌は悪さはせずに、免疫という防御の中で眠らされています。が、ストレスや疲労などで抵抗力が下がったとき、ウイルスや菌は病気という形で顕在化する。……いや、違う。ウイルスや菌というより、アレルギーに近いかもしれません。つまり、本来、その人物を守るためにプログラムされている防御システムが、なにかの拍子に暴走し、自分自身を攻撃する。……ストーカーという病は、それに近いと思います」
 ──ストーカーは病だと?
「病です。それは間違いありません。断言できます。……あなたは花粉症ですか?」
 ──はい。ひどい花粉症で、スギ花粉の他にブタクサ花粉、カモガヤ花粉にも反応し、一年のうち半分は、マスクが手放せません。……それが、なにか?
「花粉症でない者からすると、花粉症患者のくしゃみや鼻水は、迷惑行為に他ならない。事実、花粉症という病名がつく以前は、職場にくしゃみや鼻水が止まらない社員がいた場合、かなり白い目で見られていたものです。迷惑だと」
 ──つまり、ストーカーもまた、花粉症患者のようなものだと?
「私はそう考えます。ストーカー自身も、自分の行為に振り回され、苦悩しています。止めようと思っても、どうしてもくしゃみがでるのと同じで」
 ──しかし、花粉症とストーカーを同列に語るのは、さすがに乱暴だと思うのですが。花粉症患者は、ストーカーのように、「事件」は起こしません。
「事件? なるほど。ここで、ストーカーの定義について、考えましょうか。ひとくくりにストーカーといいますが、法に触れないストーカーというのもあるんですよ」
 ──正しいストーカーとは?
「誤解を恐れずに言及しますと、正しいストーカーの代表格は、宗教に帰依する信者といえます。非合理的だ非科学的だと糾弾されても神に従うその姿は、信者でない者から見れば、奇妙に映ります。なぜ、そこまでして神の教えを追うのか。その従順な姿はある意味、神に対する行為です。ですが、人生や命をかけて神につきまとったとしても、その行為そのものが犯罪になることはありません。……無論、暴走すれば事件になりますが。
 それと似た行為に走るのが、ファンです。有名人やアイドルをどこまでも追いかけるファンの姿はストーカーの典型的な例として、心理学上でも指摘されています」
 ──いわゆる「追っかけ」ですね。確かに、熱狂的なファンは、「信者」と呼ばれます。
「人気商売であるアイドルやタレントまたは役者は、その熱狂を利用しているところがあります。追っかけは、人気のバロメーターですからね。だから、追っかけそのものが犯罪になることはありません。もっとも、この場合も、度を越すと事件になりますが」
 ──つまり、ボーダーを越えさえしなかったら、それは「正しいストーカー」ということなんでしょうか?
「そうです。熱中したり、熱狂したり、執着したりすること自体は、罪ではありません。想像の中で人を殺したとしても、罪にはならないのと同じです。想像の中で終始していれば、それは正しいストーカーといえます」
 ──なるほど。「想像」を逸脱しなければ、「罪」ではないと。
「そうです。が、問題は、その『想像』です。誰でも一度は、想像の中で憎い相手を殺したり、好きな異性と交わったりした経験があると思います」
 ──ええ、恥ずかしながら、私もあります。
「その想像が、頭の中からこぼれ落ちる瞬間から、ストーキング行為ははじまります。例えば、小学校の頃、気になるクラスメイトのあとをつけていって家を確認する……なんていう経験は、多くの人に心当たりがあるはずです。好きな相手の持ち物にそっと触れてみる……とか、電話番号を調べるとか」
 ──はい。私にも経験があります。……え? ということは、つまり、誰でも一度は、ストーキングの経験があると?
「そうです。脳から漏れ出した想像が、ストーキング行為の本質です。とはいえ、繰り返しますが、ボーダーを越えさえしなければ、それは罪にはなりません。正しいストーカーにとどまることができます。ところが、そのボーダーは目に見えるものでも、触れられるものでもありません。ですから知らず知らずのうちに踏み越えてしまう。その瞬間から事件となり、ストーカーへとへんぼうするのです」
 ──誰でも、正しくないストーカーになる可能性があるということですね。恐ろしい話です。
「前置きが長くなりました。……それで、今日は、どんなご相談で?」
 ──ある人物に、つきまとわれているんです。いろいろと手を打ちましたが、まったく効果がなくて。……もう、私の生活はボロボロです。このままではこちらまでおかしくなってしまう。いや、もうすでにおかしくなっています。どうしたらいいんでしょうか? どうしたら、あの人物から解放されるんでしょうか?


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