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試し読み

この小説はヤバい! 登場人物全員がストーカーかもしれない、戦慄の暗黒小説『ツキマトウ』試し読み

「case2 アンビギュイティ」より

 ──そもそも、サイコパスとはなんなんでしょう? 最近、よく聞きますが、僕には今ひとつ、ピンとこないのです。イメージだけが一人歩きしている感じがします。
「あなたがイメージするサイコパスとは?」
 ──そうですね。快楽殺人者でしょうか? 動機なき殺人を繰り返す殺人鬼……というイメージです。いわゆる、モンスター。
「なるほど。それは間違ってはいませんが、正しくもない。サイコパスは、何も特別な存在ではないからです。大昔から存在し、そしてその遺伝子は途絶えることなく、今も引き継がれています。西欧圏では人口の約四パーセント、アメリカでは二十五人に一人の割合でサイコパスが存在するという調査結果があるほどです。集団意識が強い東アジア文化圏……特に日本や中国ではその割合はぐっと減りますが、しかし、欧米の個人主義思想に強く影響されている今は、日本でも欧米並みにサイコパスは増えていると、私は考えます。つまりですね、組織の中には、必ずサイコパスがいるということです。もっと言えば、隣にいるのはサイコパスかもしれない……ということです。殺人や犯罪を行うサイコパスは、ほんの一握り。大半のサイコパスは何食わぬ顔で、日常社会に紛れ込んでいるのです」
 ──それでは、一般の人と変わりないじゃないですか。
「そうです。サイコパスは病気ではなくて、性質ですから。一般の人々と区別するのは難しい」
 ──よく分からないなぁ。繰り返しますが、サイコパスとはどういう人をいうのでしょう?
「簡単にいえば、平気で噓がつける人でしょうかね。噓をついても罪悪感を覚えることもない。人間の社会が成り立つ大前提は信用と良心です。が、サイコパスは、平気で大前提を覆す。信用をもてあそび、良心を悪用しようとするのです。何の罪悪感もなしに。……無論、サイコパスでなくても、人の信用を裏切り、人の良心に付け込む人もいるでしょう。が、そういう人には、罪悪感がつきまとい、一人苦しむことになります。だから告解をし、許しをうのです。一方、サイコパスはそんなことはしません。なにしろ、罪悪感がないのですから。……いいですか。人を責め苦しめるのは、自身の中にある罪悪感に他なりません。これは、いわば、人間にプログラムされた懲罰システムです。この懲罰システムがあるから、人は、噓はつかないでおこう、悪いことはしないでおこう、人を泣かせるのはやめておこう……と立ち止まることができるのです。このシステムのおかげで、社会が成り立っているのです。が、サイコパスには、その罪悪感がもともとプログラムされていません。サイコパスが恐れるのは自己の中にある罪悪感ではなく、社会から与えられる懲罰です。ゆえにサイコパスはいい人を演じ、ときには魅力的に振る舞い、同時に同情を引くことを忘れません。社会的懲罰を受けないように、常に自身を偽っているのです」
 ──つまり、世間的にはいい人で、魅力的で、同情すべき可哀想な人が、サイコパスである可能性も?
「はい、そうです」
 ──先生、もっと教えてください。どうしたら、サイコパスを見抜くことができますか? 何か、特徴はないのですか?
「……そんなことより、今日、面会にいらした本当の目的は? 時間がありません。余談はここまでにして本題に入りましょう」
 ──ああ、そうでしたね。すみません、話がれてしまいまして。……今日は、リベンジポルノの被害者について、ご意見を伺おうと思いまして。
「リベンジポルノか。……あれは、人として、最も下劣な行為です。とはいえ、ふくしゆうというのは、人にある種のこうこつと快感を与えるのもまた事実です。古今東西、復讐の物語は人気がありますからね。だから、この手の犯罪をなくすことは難しい」
 ──ええ、そうなんです。ストーカーの取り締まりをどんなに強化しても、復讐という名のもとに行われるストーキング行為は増える一方です。
「それで、その被害者というのは?」

    +

 ……はい。私の名前は、そうと申します。
 歳は二十二歳、今年大学を卒業して、西にししん宿じゆくにある大手不動産会社Mに就職しました。
 現住所は、中野区東中野六丁目一の三、パークサイド中野三〇二号室です。
 はい、そうです。一人暮らしです。
 本籍は、実家のある神奈川県ふじさわ市です。
 あの……できれば、このことは、実家には報告しないでもらいたいんですが。
 父は中学の教師、母も高校の講師をしておりまして、とても体裁を気にする人たちなので、……こんなことが知れたら、私のほうが?られます。
 ほら、見ろ。一人暮らしなんかするから、こんなことになるんだ……って。
 というのも、両親は、私が一人暮らしするのを最後まで反対していまして。
 私が一人暮らしをはじめたのは、大学三年生の頃です。
 一年、二年はしようなんキャンパスだったので、藤沢の実家から通っていたんです。でも、三年生になって新宿キャンパスに移ったものですから、一人暮らしを決意したんです。
「新宿だったら、家から充分通えるじゃないか」と、両親は反対しました。確かにそうです。きゆう線を使えば一時間とちょっと。余裕の通学圏です。母なんかはこんなことも言いました。
「一人暮らししていると、就職に不利よ」
 なんでも、大手企業の中には、女性の一人暮らしってだけでふるいにかけちゃうところもあるんだとか。……母の時代はそうだったかもしれませんが、今時、そんなのナンセンスです。
「一人暮らしするなら、就職してからでいいじゃないか」
 父も、そう言って止めました。
 確かにそうです。
 でも、私はどうしても早く一人暮らしをしたかったんです。……親から、解放されたかったんです。
 私は一人っ子で、とても大切に育てられました。愛情もたっぷりと注がれました。その点については、両親にとても感謝しています。
 でも、それが私には窮屈だったんです。監獄のようにも思えました。いつでもどこでも両親に監視されているような気分で、落ち着きませんでした。
 だから、一人暮らしを強行しました。小学校の頃からずっとお年玉を貯めていたので口座には五十万円ほどあり、それを元手に、家出するように一人暮らしをはじめたんです。……それにしても、敷金礼金引っ越し代など、本当、お金がかかりますね……。引っ越しするだけで、約三十万円が消えました。
 でも、私は大満足でした。だって、門限もなければ、消灯時間もない。実家にいたときは、何があっても夜七時までに帰宅しなくちゃいけなかったんです。だから、アルバイトもできなかった。それに十一時には家のすべての電気が消えちゃうんです。受験のときだって。早寝早起きが一番の勉強法……というのが両親の口癖。だから、大学に進学しても、私は眠たくもないのに十一時には布団に入らなくちゃいけなかったんです。見たいテレビがあるのに。ネットサーフィンだってしたいのに。ゲームもしたいのに!
 その反動か、一人暮らしをはじめた私は、十時までバイトして、十一時に帰宅して、それからは朝方までパソコンにかじりついていました。
 なんか、はじけちゃったんです。ずっとずっと、押さえつけられてきたから。
 でも、今は反省しています。
 だって、変に弾けちゃったせいで、あの男に出会ってしまったんですから。
 男の名前は、ハラダユウトといいます。
 原っぱの〝原〟に田んぼの〝田〟で原田。そして優しいの〝優〟に人間の〝人〟で優人。
 原田優人。
 文字通り、優しい人ではありました。だから、私もついつい、心を許してしまったんだと思います。
 でも、その優しさは、執着の裏返しだったんです。なのに、当時の私は優しさを愛だと勘違いしてしまったのです。


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