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試し読み

性悪狸のほのぼの冒険譚と思いきや……。予想外の展開にどハマり必至!『丹吉』試し読み#4

現代に蘇った卑俗な化け狸が、この世の不平や悪を斬る!?怪談実話のトップランナーが満を持して放つ、冒険活劇!
『丹吉』松村進吉

化け狸・丹吉は、エッチな悪事によって徳島市方上町にある弁天山の卑猥な形の岩に封じられた。暇をもてあます丹吉は、参拝に来る松浦とち子を通じて現代社会の知見を得る。ある日、プチ弁天の力で受肉した丹吉は、阿波の平和を守るため妖怪退治を命じられるが……。令和版狸合戦がここに開幕!



『丹吉』松村進吉 試し読み#4

其ノ二

 神使候補の朝は早い――。
 夜明け前。薄明の兆しが見えるより先に祠から起き出して、まずは沐浴抒溷。
 入念な毛繕いでこの身を清めるところから、一日が始まる。
 そう。ワイは最早、一介の畜生ではなく、〈神に選ばれし〉ケダモノなのだ。
「……だったらいい加減、自分で起きるようにしてもらわないと。こう見えて俺も忙しいんですがね」

 ……オホン。
 禊を済ませたら、次は境内を入念に回って、夜の間に溜まった陰気を祓う。
 もし小動物の死骸などがあった場合は、それを咥えて隣の畑か、道路の向こうの用水路などに捨ててこなければならない。神前に穢れは禁物だからだ。
 ワイがこの仕事を怠ると、この山の主は朝っぱらから少なからぬ精神的ダメージを受け、目に見えて機嫌を悪くする。神様連中というのは、さも無敵であるかのように思われがちだが、実際には血や死や汚物といった闇属性っぽいものに極めて弱いらしい。
 偉そうな顔をしているわりに、グロ耐性激よわ揃いらしい。
「丹吉。そう思うなら、毎朝あちこちにマーキングして回るのをやめてもらえませんか。最近すっごく臭ってるからね、この山。とち子も怪訝な顔してましたし」

 エヘン! エヘン……、オホン!
 ……え~、まあ大体そんなようなお勤めを終え、日の出を迎える支度が出来たら、我々神使は朝日と共に本殿よりいずる弁才天を境内にて伏して待ち――。
「神使〈候補〉。丹吉はあくまでもまだ見習いです。それと、丸まって二度寝しちゃうのは〈伏して待つ〉ことにはなりません」
 ングッ、グググッ……。
 
「――ああああああああああああ!! めちゃくちゃうるせえなぁお前、ちょっと黙ってろよ!! 何なんだよ!」
「丹吉こそ何なんですか。ハッキリ言って今の丹吉は、その辺の野生動物と大差ないですよ。まずその事を自覚してください。朝、俺に起こされると寝ぼけまなこでノソノソ藪に潜り込んで小便をし、申し訳程度に毛繕いをしてから地面を嗅ぎまわり、その辺に転がってる昆虫の死骸を食べ、またすぐに寝る――」
「えっ!? い、いや、いつも食べてる訳じゃないし。ついスナック感覚でその……、ていうかお前は覗き見が趣味なの? 仕事もしないでずっとワイの行動を見てんの? つきまといですか?」
「俺に虚無を眺める趣味はありません。これが野良狸の生態観察VTRだったら完全に早送りされてる部分です、見たくて見てる訳がない。見るのも仕事だから見てるんです――あのね、丹吉がきちんと日々のお役目をこなし、妖怪退治に向けて研鑽を積んでくれれば済む話でしょ。いつまでもこんな状態が続くと俺も迷惑なんだ。頼むから真面目にやってください」
 ……なんだ偉そうに。先輩ヅラしやがって、この黒蛇。
 ワイはイラつき、フゴフゴ鼻を鳴らしてその辺の地面を掻きながら、くるくる回った。
「蛇、あのな。お前もわかってるとは思うが、里山の狸っていうのは本来夜行性なの。別に昼間でも活動できるけど、生活サイクルを切り替えるには時間がかかる。やれば出来る子のワイを信じて、もう少し長い目で――」
「丹吉は単に寝穢いだけですよね。なんなら動物園の狸より酷い。町内のパトロールだって、無暗にウロウロきょろきょろしてるだけで、花の匂いを嗅いだりドングリを噛んだり、ダンプカーに驚いたり、たまに飛行機雲を見上げたりして、日が暮れたら帰ってきて寝る、ただそれだけ。マジでなんっっっっにもしてない。まさに空っぽ。虚空。ボイド」
「空っぽ……。空? 即ち色? ふ~む……」
 下顎をさすり、ワイは師走の徳島の空を見上げる。
 北極の氷のように冷ややかな青と、白い積雲のコントラスト。西高東低、冬型の気圧配置。
 目に見えぬ力が雲の形を様々に変化させつつ、一定の速度で、東の空へ押し流してゆく。
 ――我々には、風、それ自体の姿は見えない。
 風によって形を変える雲が見えているだけ。
「……なるほど蛇よ、お前の言い分も尤もではある。しかしあの空を見よ。有為転変は世の習い、ワイもお前も、いくらポジションに固執したところで、全ては縁起の定めによりて――」
「狸の分際で仏性があるかのように振舞わないでください」
「おっ、お前。それは差別ですよ……」
 ワイはワナワナと前足を震わせ、大変傷ついたというそぶりで項垂れてみせた。
 が、蛇は無表情にチロチロ舌を出すばかり。気まずそうな顔ひとつしない。
 ファッキン変温動物。
「……もう小芝居はいいですか? では、パトロールに行きましょう。今日こそ呑気にお散歩するんじゃなくて、きちんと両目を光らせて見回りしてください。里が平和なのは勿論結構なことです。が、丹吉の本来の任務は妖怪退治。さっさとその実績を解除しなきゃ、元来気の長いほうではないプチ弁天がある日突然ブチ切れて、丹吉を石に戻してしまいかねません。もしそうなったとしても俺は驚かないですよ」
 そう言い置くと、蛇は紫色の光沢を放つ真っ黒な鱗を波打たせ、弁天山山頂の境内からするすると滑り降りてゆく。ワイは溜息をひとつ漏らし、この身の不遇を嘆きながら、また空を仰ぐ。
「だからそれ、マジで言うとるんか……。流石にちょっと、時代錯誤感が否めんのと違うか? なぁ?」
 というか、何だよ実績解除って。この蛇忙しいって言いながら、結構ゲーム実況とか観てるんじゃないのか。
 やれやれ……。

        *

 陰嚢の形をした岩石、即ち〈睾岩〉の中に封印される前のワイは、誰よりも自由であった。
 まだ丁髷の連中が、色の悪い根菜類をうまいうまいと食っていた時代。里村も今ほど広くなく、山野も分断されてはいなかったので、ワイは国中どこへでも自在に出没することができた。
 どういうことかと言えばつまり、狸は、藪から藪へ移動して暮らす動物なのである。
 薄暗い茂みをかき分けながら面白いものを探し、たまに人里へまろび出てしまうことがあっても、ヤバいと思えばすぐに雑草の中へ飛び込んで身を隠せた。
 それがどうだ。
 なんだこの、莫迦みたいにポカンと拓けた道は。
 平地を覆い尽くす、真っ平らなアスファルトは。
 田畑の開墾は止むを得んとしても、ついでとばかりにあっちもこっちも敷き均され、残された樹々や草むらは離れ小島の如く、ぽつりぽつりと点在するばかり。
 徳島県と名を変えてからのこの国の有様は、我々狸にとって、まったく不便利極まりない。
「……が、そこで人間どもの文明社会を安直に否定し、ヤレ自然破壊だの何だのと難癖をつけるのは二流のやることよ――本物の化け狸っていうのはね、時代が如何様に変貌しようとも、容易く順応して逆手に利用するくらいの器はマァ当然、持っておって然るべきちゃうかなァと、ワイちゃんは思うワケ。ワカル?」
「…………」
「見ろ。この自動車というやつも、実際乗ってみればめちゃんこ便利ではないか。ただこうして座っておるだけで、馬より速く移動できる。これほどのモノを走らせようと思えば、そらァだだっ広い道路も必要になろう。ワイは、道路整備事業大歓迎だと思いますね。なんならその辺の痩せ畑やら貧相な住宅やらも全部潰して、キチッと碁盤の目になるように道を敷き直せばいい。そうだ……、いっぺんこの国を全部更地にしてみては? なあ蛇、どう思う?」
「…………」
「お前、なんで返事をせんのだ。ワイを軽く見てるのか。先輩ヅラか? こら、蛇。……アッ! 見ろ、トマコが横切った! トマコだトマコ!」
 平日の午前中。
 方上町の県道を走るバス。
 ワイは一番前の席に座り、流れゆく田畑を睥睨する。
 他に乗客はおらず、まるでワイだけのためにこの巨大な車が運転されているかのようで、実に気分がよろしい。何より視線が高いのが良い。興奮する。
 ――と、突然。
 車体がグオオオッと左に傾いたので、座席から身を乗り出していたワイは転げそうになり、慌てて目の前のパイプにつかまった。
 ちょっと運転が荒いのではないかと思い、斜め前方の運転席に座る帽子の男を見やれば、そいつは若干怯えた顔色でこちらの様子を窺っていた。ハンドルを握る白手袋も強張っている。なんだ、運転に集中しろ、こちらは客だぞと憤慨しかけて、ハタと気づく。
「……あっ、いや、運転手殿。違うんですよ。ワイはね、ちょっとこう――お芝居の練習をしていたのですよ。ワイちゃんこう見えて役者でね。タッハッハッハ……」
 そうか。だから蛇は返事をしなかったのか……。
 ずっと独り言を言っている、変な奴だと思われたかも知れない。ワイはア、アエ~~、アエイウ~~、と喉を広げて発声練習してみせ、その場を取り繕った。
 ほどなく、バスは立派な植え込みのある脇道へ入る。機械式のゲートを抜け、城壁と鉄格子で構成された巨大な門の前に横付けして停まる。
 ブィィィ~ッ、とブザーが鳴ってドアが開く。
 ワイはグッ、と顎を引いて立ち上がった。
「……着いたか。ここが、〈とくしま動物園〉……」
 よし。
 ズボンのポッケから小銭を取り出し、百円玉二枚を料金箱に入れる。
 何故か頑なに正面を向いたまま微動だにせぬ運転手に、ワイはウインクする。
「サンキュー・ベリーマッチ」
 ワイを降ろすと、バスは逃げるようにその場から去った。
 さて、と……。


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