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試し読み

性悪狸のほのぼの冒険譚と思いきや……。予想外の展開にどハマり必至!『丹吉』試し読み#3

現代に蘇った卑俗な化け狸が、この世の不平や悪を斬る!?怪談実話のトップランナーが満を持して放つ、冒険活劇!
『丹吉』松村進吉

化け狸・丹吉は、エッチな悪事によって徳島市方上町にある弁天山の卑猥な形の岩に封じられた。暇をもてあます丹吉は、参拝に来る松浦とち子を通じて現代社会の知見を得る。ある日、プチ弁天の力で受肉した丹吉は、阿波の平和を守るため妖怪退治を命じられるが……。令和版狸合戦がここに開幕!



『丹吉』松村進吉 試し読み#3

        *
 
「……あ、運転手さん。その角までで良いです」
「は~い」
 カッチ、カッチ、カッチ。
 タクシーが停まり、大柄なサラリーマンが財布から紙幣を出す。学生時代はアメフトか、ラグビーでもしていたのだろうか。今でも頻繁にジムに通っているらしいことは、その肩や首回りについた筋肉から容易に想像できた。
 四十代前半、爽やかな肉体派。スポーツマッチョ。
 しかしその眼差しはいささか緊張の色を帯び、外見に似合わぬ神経質な視線を、右に左に泳がせている。
「松浦。大丈夫かお前、ホラ行くぞ」
「…………」
 されるがままに腕を持たれ、車から降ろされたとち子。彼女が抵抗する気力を失っているのは、勿論酒精の呪いもあるが、なにより抗うことに疲れたからだ。
 こんな風に押しの強い男に、免疫がないからだ。
 ――好みの相手でなくても関係を持つことはある。多分、そんな女性は沢山いる。
 それは色々なことが面倒になったと同時に、その女性なりに、最も消耗の少ない道を選んだ結果なのだろう。今のとち子がそうである。
「……やっぱりちょっと、このまま帰るより休んでいったほうがいいよな。大丈夫だよ、俺もそういうの、無理強いするつもりはないし」
「…………」
「歩けるか? 部屋に入ったら飲み物もあるからな」
「…………」
 男がここにきて猫なで声を連発しているのは、突然静かになったとち子が事後になって、関係を強要されたと告発したりしないか、いくらかの不安を感じ始めたことによる。
 逆に言えば男は、今夜、やっととち子を抱けるのだと確信していた。
 目の前にはラブホテルの看板がドギツイ色で夜道を照らし、まだ夜の浅い時間なのに、退廃的で刹那的な予感を演出している。
 湿った足音を響かせながら、ふたりはホテルの前まで来た。
 男がとち子を見、その腰を抱き、入口へと引っ張る。
 とち子は沈没してゆく船の窓から最後の空を見上げるかのように、星のない、真っ黒な市街地の夜空を見上げる。
 土気色の顔。
 この世界への諦念。
 大人のフリ。
 ――莫迦だなお前は、ホントに。
「……えっ」
「うん?」
 とち子がギクッ、と突然両足を固めたので、男は動揺する。
 彼女は空を見上げている。
 正確には、通りの向こうの電信柱の上に立つ、ワイを。
「おい松浦、どうし――ゥウうわッ」
 ずざざ、と男が後ずさった。両目をまん丸に見開き、ガニ股で数歩後ろ向きに歩く。
 驚くのも無理はない。ここはおよそ人間が立てる位置ではない。
 街灯と看板の光を浴び、虹色に反射する丸い甲冑。
 ……なにぶん久しぶりだったので、神将に化けたつもりなのだが、兜の形状などに若干のタヌキ感を醸してしまっているかも知れない。まあどうせ暗いからよくは見えんだろうし、大丈夫ちゃうかな。大丈夫だと思う、たぶん。はい。
 首元にはズタズタに破れた真っ赤な殿中の布を巻き付け、丁度マフラーかストールのような具合にはためかせている。
「……プハッ。丹吉、神将に化けたからと言って人間を罰して良いとはならない。駄目なものは駄目です」
「うるせえ今大事なところだからちょっと黙ってろ」
 ピン、と指で弾いて蛇をマフラー留めの首輪に戻す。
 ワイは爛々と光る眼でとち子と男を見下ろしながら、フワッ、と宙に舞った。
 咄嗟にとち子が口元を押さえる。
 飛び降り自殺でも見てしまったような顔をしている。
「ヒッ……!」
 大丈夫大丈夫。ワイ、スーパーヒーロー着地くらい出来るから――。 

 ズドンッ!!

「……プハッ。丹吉、今ちょっと嫌な音がしましたけど、大丈夫ですか。膝、砕けてませんか」
「……うるせえ、砕けてない。若干ヒビ的なものが入っただけじゃ」
「折角空を飛べるんだから、フワッと降りたらいいのに……。無駄に恰好つけるから」
 ピンッ、と弾いて黙らせる。
 ワイは濛々と舞い上がる土煙の中で立ち上がり、ふたりの人間に向き直った。
 ボッコリと穴の空いた舗道の欠片がコカコカキンキンキンとワイの甲冑に降り注いだので、その間抜けな音が収まるのを少し待ってから、ワイは口を開く。
「おい、男。若い頃みたいに上手にセフレが作れないからって、いい年して同僚に根回しまでして必死にイカズ後家を落とそうとしてるお前、信じられんくらいカッコ悪いですね」
「なっ……、てめぇ、そ」
「嫁さんが相手をしてくれないなら、手淫をしろ手淫を。どんな想像をしても構わんから、自分の煩悩は自分の手で始末しろ」
 佩楯の裏に手を差し込み、ワイは一本の赤い筒を取り出す。
 TENGAである。
 それを男に投げた。
 男は「ノワッ」と小さく鳴いて避けた。
「……それをやる。さっき道端で拾ったんだ。封が開いてるみたいだけど、まあ、洗えば使えるんとちゃうかな。知らんけど……」
「おい……、おい。おいッ。何だお前、いきなり出てきて誰だお前、おいッ!」
 侮辱されたと思ったのか、男は突然逆上した。大声を出し、自身を鼓舞しながらこちらに向き直る。あらためて見るとその身体はかなりデカく、六尺を超えている。
 まともに殴り合ったのでは、如何な神将変化中のワイといえども無事には済むまい。
 ズカズカと男が大股で近寄って来たので、ワイは両足を引き摺りながら後退した。
「いった……、ごめんちょっと待って。ホントに膝がイッてるかもわからんこれ」
「何なんだお前はよぉ、オラァ!」
 ボコン、と甲冑の頭が凹んだ。強烈な右フック。
 まずい。
「オラッ、オラァ!」
 ボコンボコン、ベコン、と神威の形を失ってゆくワイ。
 これはアカン。
 まあまあ痛い。
「……話し合いは無駄か、ほなもうええわ。勝手にどこへなりとゆけ」
「……プハッ、おい丹吉。人間に危害は」
「加えないから。いちいち心配するな、蛇――」
「おい、何をブツクサ言ってんだよ! 聞いてんのかってお前! おいッ!」
 ボコン、と甲冑の顔が凹んだ。強烈な右フック。
 まずい。
「……へへッ、どうしたんだよ。そのコスプレ脱げよホラ、早く。おら」
 ボコンボコン、ベコン、と神威の形を失ってゆくワイ。
 これはアカン。
 まあまあ痛い。
「あー、なんかアドレナリン出てきたわ。これもう止まんねえな、悪いけど」
 ボコン、と甲冑の顔が凹んだ。強烈な右フック。
 まずい。
「へっへ、どうだよ。なんとか言えよコスプレ野郎。オラ」
 ボコンボコン、ベコン、と神威の形を失ってゆくワイ。
 これはアカン。
 まあまあ痛い。
 ボコンボコン、ベコン。
 これはアカン。
 まあまあ痛い。
 ボコンボコン、ベコン。
 ポンポコポン、ペコポン。
 ポンポコポン。ポンポコポン――。


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