私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理
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私立シードゥス学院《青寮》で起こった事件の真相が明らかに! 『私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理』序話試し読み #7
「薬屋探偵」「うち執」などで大人気の作家・高里椎奈さん。待望の新作『私立シードゥス学院 小さな紳士の名推理』は、全寮制の学院を舞台に仲良し1年生トリオが謎を解く寄宿学校ミステリです。10月23日の発売を前に、カドブンでだけ特別に新作の序話を配信いたします!
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回答
それは寮恒例の洗礼だった。
二十一時から消灯までは自由時間と定められている。学習時間中に宿題が終わらず自室に籠る者もいれば、居間でテレビや雑誌を楽しむ者もいる。
テレビは一台しかない為、普段は上級生の希望が通りやすいが、今夜は上級生の姿がなく、三年生と二年生がゲーム機を繋いで対戦ゲームで白熱していた。
「今日は人が少ないな」
トランプを囲む一年生の輪で、日辻が逸早く背後を振り仰いだ。
「獅子王。
「ん」
「入るなら配るけど」
別の生徒が山札を掲げてみせると、獅子王はソファの端に小柄な身体を捻じ込んだ。
「やる。弓削、そっち詰めろ」
「狭い!」
長閑な居間とは打って変わって、三階の学習室は不穏な空気に包まれていた。
寮付教師は全員、帰宅して、残っているのは五年生の十人のみである。今本が扉の横に立って廊下を警戒する。彼の怪力は寮の内外で有名だから、近付く下級生がいても、彼が怖い顔をして用件を尋ねればそそくさと立ち去るだろう。例外の怖いもの知らずもいたが。
「一年の介入は予定外でした」
ただ一人混ざった四年生の瀬尾が口火を切ると、五年生がこぞって嘆息した。
「前回、寮監が替わったのは俺達の入学前だ。面倒な時に寮長になったな、瀬尾」
「しかし、今本。一年坊は適当にあしらえなかったのか」
「騒ぎが大きくなれば、試金石もより強固になるだろう? 俺も弓削も
今本が寄りかかっていた壁から身体を起こして不機嫌そうに答える。
瀬尾は机に置かれた古い手帳を開いた。
「記録によると、連日、小さな異変を作り、何日目で音を上げるかで寮監の器を測るとあります。肝を試すという目的からは逸脱していないと考えられます」
歴代の寮長に受け継がれる手帳には、最初の異変は『消しても消えないラジオ』と書かれている。ラジオに細工をして居間に隠しておくまでは順調だった。音がダクトに反響していた事、それが四階で聞かれたイレギュラーは今年が初めてらしい。
「さほど骨のある奴には見えないが」
「頼りにならなそうな匂いがする」
「保身に走って、有耶無耶にしないだろうな」
「そうなればいよいよ信用ならないぞ」
五年生が難しい顔を突き合わせて唸る。
生徒に寮監が不適格と判断された時の対処法は、寮長の手帳にも書き残されていた。
「明日には沙汰があるでしょう。先輩方は御憂慮なくお休み下さい」
瀬尾は手帳を閉じてシャツの胸ポケットにしまった。
早朝のベル当番は一年生の仕事だ。
対となる消灯時の見回りは、寮長の役目である。
二十三時。
瀬尾は全寮生が部屋に入ったのを確認して、自室へと歩を返していた。規則では一時間前に就寝時間を迎えたが、今日は四年生に分厚い課題が出された所為で、目溢しをせざるを得なかった。照明は四十五分前に消えている。
暗い廊下に差す月明かりは、時折、雲が掛かって闇を齎す。
瀬尾は深夜の散歩を寮長の特権だと思っていた。五年生になれば一人部屋がもらえるが、四年生までは寮で一人になるのは難しい。
いつものように歩幅を弛めて夜気と戯れる彼の耳に、奇妙な音が届いた。
否、声だ。
ラジオのスイッチは直した。
全寮生が部屋に戻ったのは間違いない。
だが、声が聞こえる。
立ち止まって衣擦れを止め、耳を澄まして漸く聞こえる囁き声は、居間に近付くに連れて次第に言葉の輪郭を表し始めた。
「あれ? 気に入らないかな」
誰かと会話するかのような声。
瀬尾は壁に身を寄せて、慎重に居間を覗いた。
「それじゃあ、私の故郷に伝わるお伽話なんてどうでしょうか。楽しい話だから、君も涙が出るほど大笑いしてしまうかもしれません」
寮監だ。
何もない虚空に向かって、天堂が笑顔で語りかけている。一人で笑う声があまりに朗らかで、気味の悪さに瀬尾の背筋が凍り付いた。
彼には何が見えているのだろう。
瀬尾の警戒心が最大に差し掛かった時だった。
「私でよければお話相手になります。ですからどうか、生徒達が健やかに暮らせるよう見守っていて下さい」
天堂が虚空に微笑む。
瀬尾は
翌日、事態は有耶無耶の内に収束させられたが、誰も文句は言わなかった。
上級生の間で忍びやかに流れた噂は二種類。
一件についてはお咎めなし。
それから、新しい寮監は寮を守護する幽霊と話が出来るらしい。
(このつづきは本書でお楽しみください)
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