『心霊探偵八雲11 魂の代償』文庫発売記念!!
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』全11回大ボリューム試し読み
最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』文庫発売日はいつ? 待ちきれないあなたへ!
『心霊探偵八雲11 魂の代償』で起きた事件はまだ終わっていない――。
累計700万部突破の怪物シリーズ「心霊探偵八雲」。『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)の発売を記念し、続きとなる『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の増量試し読み版を11日間連続にて配信!
一足先に続きを味わい、12巻を楽しみにお待ちください。
「心霊探偵八雲」シリーズ最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』2022年5月角川文庫より発売予定
角川文庫にて、本編の完結である『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の刊行が、2022年5月に迫ります。
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』と『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』、2022年5月に文庫版として発売です!
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』試し読み #11
九
──晴香。
誰かが、名前を呼んでいる。
八雲の顔が見えた。
目の前にいるわけではない。タブレット端末のモニター越しだった。
いつもは仏頂面で、何を考えているのか分からないのに、眉を下げ、今にも泣き出しそうな顔をしている。
悲しみに満ちていて、ふっと消えてしまいそうなほど儚かった。何が、そんなに悲しいのだろう。こっちまで悲しくなってしまう。
──そんな顔をしないで。
晴香は、そう言ったつもりだったが、音として空気を震わせることはできなかった。
「さようなら──」
八雲とは違う声がした。
目を向けると、そこには──七瀬美雪の姿があった。
晴香を射貫く視線には、強い憎しみが込められていた。
本当なら、そこに恐怖するはずなのに、どういうわけか、あまり恐怖を感じなかった。それよりも、疑問を覚えた。
どうして彼女は、こんなにも憎しみに支配されているのだろう?
彼女の憎しみの根源は、いったいどこにあるのだろう?
今さらのように、そのことが気にかかった。
晴香などが想像もつかないような、辛く苦しい道を歩んできたのかもしれない。でも、いくらそれを憎んだところで、痛みが消えるわけではない。
憎しみを強めるほどに、心が削られていく。これまで以上の痛みを感じることになる。それなのに──どうして?
七瀬美雪は、ゆっくりと口許に笑みを浮かべると、優雅ともいえる動きで、晴香の身体を押した。
身体が後方に倒れ込む。
──落ちる。
踏ん張って、抗おうとしたがダメだった。
晴香は、重力に引かれて真っ逆さまに落ちていく。
スローモーションのように、時間がゆっくりと流れる。このまま、どこまでも墜ちていくような気がした。
だが、それは唐突に終わりを迎えた。
背中に衝撃が走る。
冷たい水に落下したのだ。
温度差で、心臓が悲鳴を上げる。
息が苦しい。
沈む身体を浮上させようとしたが、手足が動かなかった。身体を捩って足掻いてみたが、そうすればするほどに、水に呑み込まれていく。
──駄目だ。私は、死ぬんだ。
そう思った刹那、白い光に包まれた。眩すぎるその光に、晴香は思わず目を閉じた。
やがて、その光は薄らいでいく。
瞼を開けてみた。
そこは水の中ではなかった。
病院と思われる場所で、晴香はベッドに横になっていた。
腕からは点滴のチューブが伸びていて、口には気管チューブが差し込まれていて、人工呼吸器に繋がっている。
心拍、呼吸、体温、血圧などを計測する機器が身体のあちこちに取り付けられ、生体情報モニターが設置されていた。
医師や看護師たちが、慌ただしく動き回りながら、晴香の様子を看ている。
──そうか。
晴香は、ようやく何が起きているのかを悟った。
さっきまで見ていたのは、水門での記憶の断片なのだろう。
晴香は、水門の上から、七瀬美雪に川に転落させられた。それから、病院に運ばれて、今は治療を受けているのだろう。
──私は、まだ死んでいなかった。
安堵した晴香だったが、それはすぐに違和感に変わった。自分が見ているものの不自然さに気付いてしまったのだ。
──どうして、自分の姿が見えているの?
晴香は、俯瞰でベッドに横たわる自分の姿を見ていた。鏡でもない限り、そんなことはできないはずなのに、自分で自分の姿を見下ろしている。
まるで、自分が二人いるみたいだ。
──何これ?
声を上げてみたが、医師にも看護師にも届いていないらしく、全くの無反応だった。
──助けて下さい!
晴香は、再び声を上げたが、やはり届かなかった。
何とかベッドに寝ている自分に近付こうとしてみたが、水の中に潜っているときのように、身体の自由が利かなかった。
手を伸ばしてみたが、そうするほどに、どんどんと距離が離れていくようにすら感じる。
宇宙空間に放り出されたようだ。
──何が起きてるの?
困惑しているところに、父である一裕と、母である恵子が駆けつけた。
恵子は、ベッドに寝ている自分にしがみつくようにして、必死に何かを叫んだ。
それなのに、晴香の耳には、何も聞こえなかった。
こちらと向こうが、見えない壁に隔てられているような気がする。
──どうして、こんなことになってるの?
訳が分からなかった。この状況に答えを見つけようとしたが、何一つ思い浮かばない。考えれば、考えるほどに、頭が混乱していく。
パニックに陥りかけた晴香の耳に、懐かしい声がした。
──晴香。
はっと振り返ると、そこには双子の姉、綾香の姿があった。
交通事故で亡くなった、七歳のときのままの姿だった。
──どうしてお姉ちゃんが?
問い掛けてみたが、返事はなかった。ただ、今にも泣き出しそうな目で晴香をじっと見ている。
その目を見ているうちに、晴香は自分に何が起きているのかを理解した。
前に、テレビで臨死体験をした人が、同じように俯瞰で自分の姿を見た──という話をしていた。
今、晴香が置かれている状況は、まさにそれだ。
晴香の魂は、肉体から切り離されてしまっているのだろう。
──お姉ちゃん。私は死ぬのかな?
綾香に問い掛ける。
口にすることで、急に怖くなった。
死というのが、どういうものなのか、晴香には分からない。未知の領域に踏み込んでしまったという恐怖はある。
だが、それよりも、晴香を怖れさせたのは、大切な人たちとの別れだ。
死んだら、両親とはもう二度と会えなくなってしまうのだ。
話したいことは、まだまだたくさんあるし、親孝行もできていないのに、もう会えなくなるなんて、受け容れがたかった。
会えなくなるのは、両親だけではない。地元の友だちや、大学の友人たち。後藤、石井、真琴、奈緒、敦子、英心、畠──事件を通して関わった人たちとも、以前のように言葉を交わすことはできない。
そして──八雲とも、もう会えなくなってしまう。
全ての大切な人たちとの別れが、一遍にやってくることに対する恐怖が、晴香の心を震え上がらせた。
──嫌だ。私はまだ死にたくない!
晴香は強く念じる。
みんなと話したいことが、まだまだたくさんある。やりたいことだって、まだ半分もできていない。
そうだ。あのときの答えを、まだ八雲から聞いていない。だから──。
──私はまだ死ねない。
自分の身体に戻ることを、強く強く願ったが、水を打ったような静寂が続くばかりで、何も変わらなかった。
むしろ、さっきよりも自分の身体が遠くにあるように感じられる。
もしかしたら、自分の肉体と魂を繋いでいる何かが、切れてしまったのかもしれない。それが、死ぬということなのだろうか?
ふと、脳死した一心のことが思い返された。
八雲は、まだ肉体としては生きている一心に向かって、「叔父さんは、もうここにいないんだね」と口にした。
あのときは、その言葉の意味がよく分からなかった。
でも、今は理解できる。きっと、一心は、今の晴香と同じ状態だったに違いない。
肉体と魂が切り離され、もう二度と戻ることがない。八雲は、それが分かったからこそ、一心の死を受け容れた。
そう感じると同時に、晴香は悟ってしまった。
自分が死んだということを。
肉体は、活動しているかもしれないが、魂は世界と隔てられてしまったのだ。
──八雲君。幽霊になっても、会いに行っていい?
晴香は、諦めとともに呟いた。
続きは2022年5月発売の『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(角川文庫)をお楽しみに!
(本試し読みは『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(四六判単行本)を底本にしました)
10/21発売!『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)
心霊探偵八雲11 魂の代償
著者 神永 学
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2021年10月21日
宿敵・七瀬美雪に晴香が拉致!? 大人気シリーズ、物語は最高潮へ!
八雲の宿敵・七瀬美雪の手により、晴香が拉致されてしまう。晴香の居場所を探す鍵は、四つの心霊現象のどこかに隠されているというのだが……タイムリミットが迫る中、八雲は重大な決断を迫られる。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000375/
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ついに完結!!『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(角川書店)
心霊探偵八雲12 魂の深淵
著者 神永 学 イラスト 加藤 アカツキ
定価: 1,540円(本体1,400円+税)
発売日:2020年06月25日
大人気「心霊探偵八雲」シリーズ、ついに完結!!
シリーズ累計700万部突破、16年間に渡って読者に愛されてきた「心霊探偵八雲」。そのフィナーレを飾る、待望の完結作がついに発売!!堂々たるラストを見逃すな!!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000191/
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「心霊探偵八雲」あらすじ、シリーズ全巻はこちら!
【神永学シリーズ特設サイト】
「心霊探偵八雲」シリーズ詳細:https://promo.kadokawa.co.jp/kaminagamanabu/yakumo/