『心霊探偵八雲11 魂の代償』文庫発売記念!!
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』全11回大ボリューム試し読み
最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』文庫発売日はいつ? 待ちきれないあなたへ!
『心霊探偵八雲11 魂の代償』で起きた事件はまだ終わっていない――。
累計700万部突破の怪物シリーズ「心霊探偵八雲」。『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)の発売を記念し、続きとなる『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の増量試し読み版を11日間連続にて配信!
一足先に続きを味わい、12巻を楽しみにお待ちください。
「心霊探偵八雲」シリーズ最終巻『心霊探偵八雲12 魂の深淵』2022年5月角川文庫より発売予定
角川文庫にて、本編の完結である『心霊探偵八雲12 魂の深淵』の刊行が、2022年5月に迫ります。
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』と『心霊探偵八雲 COMPLETE FILES』、2022年5月に文庫版として発売です!
『心霊探偵八雲12 魂の深淵』試し読み #6
四
息が詰まる。
石井雄太郎は、ネクタイを緩めてみたが、息苦しさは変わらなかった。
部屋の空気が淀んでいるのかもしれない。
〈未解決事件特別捜査室〉の部屋は、以前は倉庫だった場所を改装したものだ。窓がないので、空気の入れ換えができず、酸欠気味になるのは致し方ない。
改めて、デスクの上にある書類に向き直ったものの、やはり頭の中に靄がかかったようで、内容がまるで入ってこない。
苛立ちを覚え、髪の毛を掻き毟ってみたが、靄が晴れることはなかった。
この息苦しさは、部屋の構造だけの問題ではないのかもしれない。それが証拠に、〈未解決事件特別捜査室〉に異動になって二年が経つが、それまで息苦しいと感じたことはなかった。
天井を見上げて、ため息を吐くのと同時に、頭の中に一人の女性の顔が浮かんだ。
丸顔でつぶらな瞳。ショートカットの髪は、ボーイッシュなようで、女性的な繊細な美しさも兼ね備えていた。
何より、周囲を癒やす明るく、柔らかい笑顔──。
──天使。
それが、晴香を見た第一印象だった。
可愛らしい顔立ちでありながら、晴香は芯が強かった。どんなときでも前を向いて歩み続ける強さがあった。
そして、何より優しかった。
そんな晴香の存在に、何度助けられたか分からない。
落ち込んで自信を無くしたときも、晴香の笑顔を見るだけで、臆病な自分に打ち勝てる気がした。
石井にとって、晴香はそういう存在だった。
最近は、出会ったときとは抱く感情に変化が生まれたが、それでも、大切な人であることに変わりはない。
だから──。
何としても、晴香を助けたかった。
それなのに──。
間に合わなかった。あの夜、河川敷の道を必死に走ったのに、辿り着く前に、晴香は川へと転落していった。
あと少しだった。もっと自分が速く走っていれば、落下する前に、その手を掴むことができたかもしれない。
そうすれば、晴香は今も、あの温かい微笑みを向けてくれていただろう。
悔やんだところで、現実が変わらないのは分かっている。だが、それでも、どうしても思考がそこに向いてしまう。
目頭が熱くなり、じわっと涙が浮かんだ。
石井は慌てて瞼を固く閉じ、涙が零れ落ちるのをせき止めた。
「ぼうっとしてんじゃねぇよ」
ちょうど、上司である宮川英也が部屋に入ってきて、石井の頭を小突いた。
「す、すみません……」
石井は、慌てて姿勢を正す。
「まったく……」
宮川は、呆れたように言いながら石井の向かいの席に座った。
坊主頭で、眼光の鋭い宮川は、一見するとその筋の人間に見えるが、これでれっきとした刑事だ。
「あの。それで、何か分かりましたか?」
石井は身を乗り出すようにして訊ねる。
宮川は、後藤が起こした不祥事の責任を取って、今は〈未解決事件特別捜査室〉に追いやられているが、かつては刑事課長だった。
晴香の一件のあと、石井は宮川と協力して七瀬美雪を追おうとしたのだが、捜査本部がそれを許さなかった。
七瀬美雪を取り逃がした失態の責任をなすり付けられ、捜査から完全に外されてしまった。
そもそも〈未解決事件特別捜査室〉は、名称こそ立派だが、過去に起きた事件資料の整理という、まさに閑職なので、捜査に加わることはできなかっただろう。
何にしても、情報がなければ、七瀬美雪の追跡もできない。
そこで、宮川が刑事課長だったときの伝を使って、捜査本部から、色々と情報を聞き出してきてくれている。
見てくれは怖いが、情に厚い人なのだ。
「あまり芳しくないな。潜伏しそうな場所の捜索も進めているようだが、いかんせん、十五年近くも消息を絶っていた女だ。人間関係がさっぱり分からん」
「確かに」
七瀬美雪が、十歳のときに失踪してから、再び姿を現すまで十五年近くの歳月が経過している。
その間、どこで何をしていたのか、一切手掛かりがない。
「全国指名手配をかけて、検問を張ったりしているようだが、望み薄だな。頼りは、防犯カメラの映像ということになるが、動きが分からない以上、捜索範囲が広すぎて、手に負えない」
宮川が坊主頭を撫でながら答える。
「そ、そうですか……」
落胆はあったが、予期していた答えでもある。
七瀬美雪は、憎いくらいに狡猾でずる賢い人物だ。そう簡単に尻尾を掴ませたりしないだろう。
「何の情報もねぇんじゃ、動きようがねぇ」
宮川の言う通りだ。
晴香を救うことができなかった。だとしたら、せめて七瀬美雪を逮捕したいところだが、手掛かりがないのでは、どこをどう捜していいのかすら分からない。
ここで、ふと石井の中に閃きがあった。
警察は手詰まり状態だが、彼──斉藤八雲なら、七瀬美雪に繋がる何かを掴んでいるかもしれない。
携帯電話を手に取り、八雲に電話を入れてみたが、しばらくのコール音のあと、留守番電話に切り替わってしまった。
石井は、メッセージを残すことなく電話を切った。八雲に電話をするのは、これで何度目だろう。
「例の眼の赤いガキは、まだ連絡が取れないのか?」
誰に連絡していたのかを察したらしく、宮川が声をかけてきた。
宮川も、八雲の事情を知っている人間の一人だ。直接の絡みは、ほとんどないが、心配しているのだろう。
「はい」
「そうか……。自分を責めてるんだろうな……」
宮川が、しみじみと口にする。
たぶん、宮川の言う通りだろう。あの事件以降、八雲は自分を責め続けているに違いない。
気持ちは分かる。石井も、何度悔やんだか分からない。あのとき、他の方法をとっていれば──と、数え切れないほど頭の中でシミュレーションを繰り返した。
だが、いつも同じ結果に辿り着いて絶望に暮れる。
おそらく八雲も同じはずだ。
ダメだ。自分でもどうしようもないくらいに、思考がマイナス方向に引っ張られている。
晴香は、太陽のような存在だった──。
彼女がいないと思うと、二度と明けない夜の中にいるように感じられる。
項垂れたところで、携帯電話が鳴った。
──八雲氏?
そう思って慌てて手に取り電話に出る。
「石井雄太郎であります!」
〈知ってます〉
笑みを含んだ真琴の声が聞こえてきた。
「何だ。真琴さんでしたか……」
八雲でなかったことに対する落胆が強く、うっかり口にしてしまった。
〈残念そうですね〉
「あっ、いや、違うんです。てっきり、八雲氏かと思ったもので、その……」
大慌てで言い訳を並べる。
〈そうですか? 私には、違う意味に聞こえましたけど〉
「本当に違うんです」
〈まあ、いいです。それより、これから時間ありますか?〉
「ええ。大丈夫です」
書類仕事が大量に残っているが、どうせ、こんな状況でははかどらない。
〈良かった。実は、見て頂きたいものがあるんです〉
「見て頂きたいもの?」
問い返しながら、石井の中に一気に緊張が走った。
真琴が何か見て欲しいと言い出したときは、決まって大きなトラブルに巻き込まれている。
いつもなら、それに怖れをなしていたのだが、今は少しだけ違った。
タイミングから考えて、真琴が無関係な話を持ち出すはずがない。おそらく、彼女の──七瀬美雪の行方に関係する何かに違いない。
つづく
(本試し読みは『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(四六判単行本)を底本にしました)
10/21発売!『心霊探偵八雲11 魂の代償』(角川文庫)
心霊探偵八雲11 魂の代償
著者 神永 学
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2021年10月21日
宿敵・七瀬美雪に晴香が拉致!? 大人気シリーズ、物語は最高潮へ!
八雲の宿敵・七瀬美雪の手により、晴香が拉致されてしまう。晴香の居場所を探す鍵は、四つの心霊現象のどこかに隠されているというのだが……タイムリミットが迫る中、八雲は重大な決断を迫られる。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000375/
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ついに完結!!『心霊探偵八雲12 魂の深淵』(角川書店)
心霊探偵八雲12 魂の深淵
著者 神永 学 イラスト 加藤 アカツキ
定価: 1,540円(本体1,400円+税)
発売日:2020年06月25日
大人気「心霊探偵八雲」シリーズ、ついに完結!!
シリーズ累計700万部突破、16年間に渡って読者に愛されてきた「心霊探偵八雲」。そのフィナーレを飾る、待望の完結作がついに発売!!堂々たるラストを見逃すな!!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000191/
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「心霊探偵八雲」あらすじ、シリーズ全巻はこちら!
【神永学シリーズ特設サイト】
「心霊探偵八雲」シリーズ詳細:https://promo.kadokawa.co.jp/kaminagamanabu/yakumo/