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試し読み

「共に来てくれると言うのなら。この剣にかけて、あなたをお守りする」奇妙な依頼と逃避行の誘い。揺れる聖女の決断は――。『聖女ヴィクトリアの考察』試し読み#4

8月24日に発売された『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』。
“霊が視える”聖女と、皇子疑惑が持ち上がった辺境の騎士が、帝位継承権をめぐる王宮の謎を解き明かすファンタジーです。
「ファンタジー世界ならではの謎解き」が評価され、第6回角川文庫キャラクター小説大賞〈奨励賞〉受賞に至りました。
ファンタジー好き、ミステリ好きの期待に応える注目作、特別に試し読みをお届けします!

『聖女ヴィクトリアの考察』試し読み#4

「……」
 しばらく、彼の言葉を受容できなかった。
 レオニス・エデルハイド。その名前は、よく知っている。いや、この大陸上においては、知らない人間を探す方が難しいだろう。
「……一応、確認ですけど。レオニスというのは、エデルハイド帝国の現皇帝陛下であらせられる……?」
「そうだ。そのレオニス皇帝陛下だ」
 あっさりとそう返ってきた。残念ながら冗談ではないらしい。
 エデルハイド帝国。それはこの大陸上において、最大の領土を誇る一大国家の名前だ。国土は大陸西部に位置し、土地は肥沃で資源にあふれる。また有数の軍事国家としても知られており、今なお周囲の国々を飲み込んで、支配の腕を広げていると聞いている。
 そんな大国の頂点におわす皇帝の名を、こんな陰気な場所で耳にするとは思ってもいなかった。
「あのう。アドラスさんは、帝国皇室の方なのですか?」
「いいや。俺はただの田舎騎士だ。生まれてこのかた、自分を皇子だと思ったことは一度もない」
 大袈裟ぶるわけでもなく、打ち明ける風でもなく、ただ淡々とアドラスさんは続ける。
「俺の母は現グレイン子爵の妹でな。俺自身は、母が帝都にいた時恋人との間に身籠った、所謂いわゆる私生児というやつだ。父はとっくの昔に死んでいて、俺と母は長らくグレイン領で伯父の世話になりながら生きてきたのだが……最近母が亡くなり遺品の整理をしていたら、母宛の妙な手紙が見つかって。その手紙を読んだ連中が、『アドラスはこの国の皇子である』と言い出したんだ」
「その手紙に、アドラスさんが皇帝陛下のご落胤らくいんであることを示唆するような記載があった、ということですか」
「概ねその通りだ。……落胤というわけでもないのだが」
 概ね、とはどういうことだろう。今の話を聞くかぎり、『アドラスさんの母親のお相手が、実は皇帝陛下だった』という流れのように思えるのだけれど。
「──とにかく、俺はアドラス・グレインだ。それ以上でもそれ以下でもないことは、自分でよく分かっている。それなのに、周囲は俺が皇子であるだの偽物だのと勝手に大騒ぎして、いい加減迷惑しているんだ」
 彼はうんざりした調子で語る。その言葉に、噓や妄想の類は混じっていないように感じられた。
 確かに、帝国皇室の人間が一人増えるかも、という話が広がれば、大騒ぎにもなるだろう。この青年がそうした騒ぎを好まぬ性質たちであるということも、これまでの会話でなんとなく察することができた。
「しかし、どうしてそれを否定するのにわざわざ神殿へ? 皇子である可能性があるなら、たとえアドラスさんが望まなくても、しかるべき機関が検証してくれるのでは」
「すまないが、今は説明を省かせてもらおう。追われる身としては、あまり悠長なことをしていられなくてな」
「えっ……?」
「賊が侵入した! 持ち場を確認しろ!」
 遠くから、怒気の混じった声が響く。続けて複数の、慌ただしく床を蹴る靴音が聞こえてきた。
「──まあ、こういうことだ」
「こういうことって……アドラスさん、追われているんですか!」
「ああ。昏倒こんとうさせた人間を、いちいち隠している余裕もなかったからな」
 ごく当たり前のように返される。なかなか切羽詰まった状況のように思えるのだが、この人の余裕は一体どこから来るのだろうか。
 靴音はまっすぐ房に近づいている。このままだと、程なくしてアドラスさんは兵に取り囲まれることになるだろう。今の話がどう転じれば私が必要だという話に繫がるのか気になるけれど、これ以上彼を引き止めるわけにはいかない。
 少しの名残惜しさを感じながら、私は扉の向こうに呼びかけた。
「アドラスさん。このままここにいても捕まるだけです。せっかく私を頼って神殿にいらしたのに、お手伝いできなくて心苦しくはあるのですが……どうか、早くお逃げください」
「聖女殿はどうしたい」
 間髪を容れずに問われて、答えに窮する。どうしたいと問われても、私は現在囚われの身だ。選択肢なんてないのに。
「『物見の聖女は、真実を見通す』。かつて先見の聖女ジオーラは、そう予言したのだろう。俺はその言葉を信じてこの地に来た。了承してくれるなら、俺は聖女殿に真実を視てもらいたい」
「でも、ここから出られない以上私は」
 ──瞬間。キン! と金属を弾くような音が石壁を叩いた。
 次いで魔力で強く封じられていたはずの鉄扉が、きしむ音と共に開かれる。その隙間から姿を現したのは、錆色の髪の青年だった。
「ほら、扉なら開いたぞ」
「え……えっ? 今、どうやって? この扉、魔力で錠がかけられていたはずなのですが」
「錠? それなら斬った。なんだ、これは魔術の類だったのか?」
 アドラスさんは、何てこともなさそうな調子で扉の端を指差す。
 疑い半分に凝視すれば、確かにそこには、ぷすぷすと魔力を漏らしながら真っ二つに断たれた錠があった。
 ……信じられない。魔術──それも、神官が施した高等術だ──を物理で斬るなんて。喩えるならば、丸太を短刀で二つに割るかのごとき所業である。彼の腰元の剣も目視で確認するが、特に変わった様子はない。特別な魔道具を使ったわけでもないようだ。
「なんだこの部屋は。ずいぶん寒いな」
 顔をしかめながら、アドラスさんはのっそりと室内に踏み込んだ。薄暗い房の中で、彼の双眸そうぼうが蒼炎のように輝きながら、凍てつく私の姿を捉えた。
「物見の聖女殿」
「は、はい」
 呼びかけられて、丸まっていた背がぴんと伸びる。
「この部屋に残り、あの聖女たちに沙汰を任せたいと言うなら邪魔はしない。俺はあなたの意思を尊重しよう」
「……意思」
「だが、もし俺と共に来てくれると言うのなら。俺はこの剣にかけて、この場からあなたを連れ出し、お守りすると約束する。
 聖女殿。どうか、俺を助けてくれないか」
 なんともちぐはぐな台詞を口にして、アドラスさんは私に向かって手を差し伸べた。
 呆けた顔のまま、私は眼前の大きなてのひらを覗き込む。
 なんの魔力の気配も感じられない。ただの男の人の、ごつごつとした手。
 それなのに、胸が騒ぐ。耳の奥で、波乱が渦巻く音がする。この手を取れば、私はきっと後戻りできなくなる。
 そう、分かっているのに。
 気づけば私は、彼の手を強く握っていたのだった。
「よし、交渉成立だな」
 すぐさま私の手を握り返して、アドラスさんはにかっと屈託のない笑みを浮かべる。
 急に気恥ずかしくなってきて、さっと視線を足元に落としながら、私は小さく頭を下げた。
「よろしく、お願いします」
「ああ。よろしく頼む、聖女殿。──さあ、時間がない。さっさとこの場所から離れるぞ」
 私の手を握ったまま、アドラスさんは扉の外へと向かおうとする。けれど一つ用事を思い出して、私は慌てて足を止めた。
「あ、あの! 少しお待ちください」

(つづく)

『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』著者 春間 タツキ(角川文庫)



聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語
著者 春間 タツキ
定価: 704円(本体640円+税)

王宮の謎を聖女が解き明かす!大注目の謎解きファンタジー。
霊が視える少女ヴィクトリアは、平和を司る〈アウレスタ神殿〉の聖女のひとり。しかし能力を疑われ、追放を言い渡される。そんな彼女の前に現れたのは、辺境の騎士アドラス。「俺が“皇子ではない”ことを君の力で証明してほしい」この奇妙な依頼から、ヴィクトリアはアドラスと共に彼の故郷へ向かい、出生の秘密を調べ始めるが、それは陰謀の絡む帝位継承争いの幕開けだった。皇帝妃が遺した手紙、20年前に殺された皇子――王宮の謎を聖女が解き明かすファンタジー!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000576/
amazonページはこちら


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