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試し読み

懲罰房に閉じ込められた聖女。そこで待っていたのは「死者」!?『聖女ヴィクトリアの考察』試し読み#3

8月24日に発売される『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』。
“霊が視える”聖女と、皇子疑惑が持ち上がった辺境の騎士が、帝位継承権をめぐる王宮の謎を解き明かすファンタジーです。
「ファンタジー世界ならではの謎解き」が評価され、第6回角川文庫キャラクター小説大賞〈奨励賞〉受賞に至りました。
ファンタジー好き、ミステリ好きの期待に応える注目作、特別に試し読みをお届けします!

『聖女ヴィクトリアの考察』試し読み#3

第一章

 アウレスタ神殿は、どの国家にも属さぬ完全独立の宗教組織だ。
『神の御名みなの下、世界に秩序と安寧を』
 自らを神の使徒と自負する彼らは、そんな標語を掲げて世界各地に神官を派遣し、悩める人の子らに救いの手を差し伸べている。その歴史はざっと数えて六百年。なかなか年季の入った慈善団体だ。
 救いの内容は病の治療、魔獣の退治、紛争の平定から、災害の沈静化、失せ人探しなどなんでもござれ。神殿には各分野に精通した専門家が在籍しており、ありとあらゆる困難を解決に導くことが可能なのだ。
 その頂点に立つのが、八人の聖女である。
 神話に記された八人の乙女の意思を継ぎ、俊英ぞろいの神官を取りまとめる彼女らは、常に大陸中の人々からの畏怖と敬意を一身に集めており、その発言力は一国の王に比肩するとも言われている。
 多種多様な民族・国家がひしめくこの世界において、アウレスタの聖女は最も影響力のある女性たちと言っても過言ではないだろう。
 ……一応、私もその一人だった。



 天井からぽたりと落ちる水滴が頰を濡らす。四方を囲む石壁は冷たく湿り気を帯びていて、凍える体から熱ばかりを奪っていく。かじかむ足先をさすりながら、私は真っ黒な天井をぼんやりと仰ぎ見た。
 ここは、アウレスタ神殿東の塔最上部にある懲罰房。教則に背いた神官が、おのが罪と向き合い、悔い改めるための場所だ。
 広さは両手を広げれば、左右の壁に手がつく程度。家具は粗末な寝台と、座ればひしゃげそうな木製の椅子、灯の消えかけた魔力ランタンがあるだけ。当然ながら窓はなく、錆びついた鉄扉だけが外界とこの房を繫いでいる。
 懲罰房に入るのは、これが初めてのことである。狭くて暗いだけなら大して辛くもなかろうと高を括っていたけれど、房に放り込まれてから三日ほど経過したところで、私は根をあげそうになっていた。
 硬い寝床は問題ない。ほとんど灯りのない環境にも適応できている。湿っぽいのも我慢しよう。昔寝起きしていた神殿学校の宿舎も、しょっちゅう雨漏りしていたから。
 ──だけど、寒い。とにかく寒い。季節はもう春だというのに。
 微睡もうとも即座に冷気が眠気を振り払い、思考に耽ろうとも震えで集中が途切れてしまう。そのせいで、いくら待てども時間は遅々として進まない。寒さがこれほど心と体を削るものだとは知らなかった。何事も経験である。
 おまけに……
『いや……ここから出して。私は何も盗んでなんかいない。ぜんぶ、同室の子がやったことなのよ。それなのに、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないの……』
 部屋同様、湿っぽい女の声。
 そっと房の隅を横目で見ると、そこには膝を抱えて体を震わす女神官の姿があった。
 顔は見えないが、声や体つきから受ける印象はまだ若い。身に纏う神官服は数十年ほど前のものだ。裾から伸びるき出しの足は死者のように青白い。
 否、〝死者のように〟ではない。彼女は正真正銘、死者だった。
『寒い、寒いの。誰か助けて。このままじゃ私、死んじゃうわ……』
 うん、その通り。説得力に満ちた発言を聞いて、なんとも憂鬱な気持ちが胸にこみ上げてくる。
 ──このように、私には常人よりも多くのモノが視えている。
 それは精霊であったり、幽霊であったり、魔力そのものであったり。視えるモノの種類は多岐にわたり、何が視えていて、何が視えていないのか、正確なところは自分ですら把握できていない。
 ただ、先刻から鬱々とした嘆きを繰り返している懲罰房の先客が、人ならざるものであることは確かだ。私をここに閉じ込めた看守たちには、彼女が見えていないようだったから。
 発言の内容から推測するに、彼女は無実の罪で懲罰房送りとなり、そのまま命を落とした見習い神官であるようだ。息絶えたことに気づいていないのか、彼女は部屋の端で丸まって、見えぬ誰かに助けを求め続けている。その声が大きくなればなるほど室内の温度は下がっていき、冷気が肌を容赦なく突き刺してくるのだった。どうやらこの寒さは、彼女のせいでもあるらしい。
 これが他の聖女たちだったなら、自分の体を温めたり、哀れな霊を浄化させてやることができたりするのだろう。けれど視るしか能のない私は、ただただ震えることしかできやしない。
 ……オルタナ様やミアの主張はあながち間違いではない。
 はっきり言って、私は歴代聖女の中でも類を見ないほどの役立たずだ。癒しの奇跡は使えないし、戦いの才能もない。一般的な魔術も、魔力がないから使えない。
 ミアは私がさしたる業績を残せていない、と批判していたけれど、本当にその通りなのだ。
 数少ない仕事の中で一番大掛かりだったものは、魔術で神の奇跡を演出し、人々から寄付と称して金品を巻き上げていた、詐欺師たちの悪事を暴いた事件だろうか。それなりに感謝はされたものの、大規模水害を鎮めたり、凶暴な魔獣を討伐したりと英雄譚さながらの活躍を見せる他の聖女たちと比べると、何とも地味な手柄だった。
 それに、私が不相応な立場にいるというのも事実だ。私は見習い時代からさして優秀でもなく、むしろ落ちこぼれの部類に入る人間だった。それなのに、当時主席聖女であった師・ジオーラの一声で、一年前、突如聖女の末席に加わることになってしまったのだ。
「これは予言だ」
 聖女選出会議で渋るお偉方を相手に、ジオーラ先生は高らかにそう宣言した。
「こいつの力は真実を見通す。いずれ役に立つだろうから、今のうちから聖女にしといて損はないよ」
 思い返せば、何ともいい加減な主張である。しかし未来を見通す〝先見さきみの聖女〟の言葉とあっては、誰も異を唱えることができなかった。
 だが、私にだけ霊やら精霊やらが視えたところで何かの役に立てるはずもなく。そうこうしているうちにジオーラ先生はあっさりとあの世へ旅立って、私の有用性を保証するものは何もなくなってしまったのだった。
 だから先生が亡くなり、オルタナ様が次の主席聖女に決まった時から、私は覚悟していた。
 オルタナ様は、勝手気ままで自由な気風の先生を毛嫌いしていて、私の聖女就任の際も、ただ一人最後まで反対の声を上げていた。そんな彼女が、私がのうのうと聖女の座に居座り続けることを許すはずがなかったのだ。
「私の予言も絶対じゃあない。行動しだいで回避することも、より良い未来を得ることも可能だ。……ま、つまり。これからどうなるかは、お前たちしだいってことさね」
 私が聖女となった日。ジオーラ先生はそんなことを言っていた。人を無理やり聖女にしておきながら、なんて無責任なことを──と思わなくもなかったが、こちらを見る目が真剣味を帯びていて、不平が喉元に留まったのを覚えている。
 先生は型破りな人ではあったけど、自分が視た未来については絶対に偽りを口にしようとしなかった。だから本当に、私が聖女となって人々の役に立つ未来というものも存在したのだろう。──残念ながら、その未来は儚く砕け散ってしまったけれど。
「しかし、私のみならずジオーラ先生の信用まで貶めようとするなんて。オルタナ様は一体、何をされるおつもりか……」
 ジオーラ先生が生前に残した予言の数々は、聖遺物として神殿の禁書庫に保管されている。その中には遠い未来の戦いや、災害についての記録もあると聞いているが、この騒動で先生の信用が落ちてしまったら、それらの価値も紙くず同然と化すだろう。
 しかし、聖女から〝自称霊感女〟にまで格を下げた私が、この事態をどうこうできるとも思えない。
 今だって、嘆き苦しむ霊を救ってやることすらできないのだから。
『寒いわ……』
「寒いですね……」
 凍える霊に同調する。
 今や足先の感覚までなくなりつつあった。思考が霞みがかったように、頭がぼんやりとしてくる。このまま眠ってしまえば、わざわざ追放される必要もなくなるかも──
「聖女殿、ここにいるのか」
「え。はい、起きています」
 扉の向こう側から響く男の声に、意識がぱっと浮上する。
 寝ぼけ眼をぱちくりさせながら私は数度うなずいて、それから「おや?」と首をかしげた。
 見張りは私への声かけを一切禁じられているはずだ。それなのに、どうして人の声が聞こえるのか。
「……あの、どちら様ですか?」
「夜分遅くに失礼。俺はアドラス・グレインという者だ。先日お会いしたのだが、覚えているだろうか」
 妙に堂々とした声がそう応えた。
 もちろん覚えている。審問会に乱入してきた、あの自称帝国の騎士ではないか。
「ええ、覚えております。その節はどうもお世話になりました」
「別に世話はしていない。むしろ、力になれず申し訳なかった」
 本当に申し訳なさそうに言われて、こちらは面食らってしまう。
 審問会の時には、ずいぶんと珍妙な人が紛れ込んできたものだと思ったけれど。一対一で語らう彼の態度には、どこか紳士的な空気が感じられたのだ。
「……いいえ、お気になさらず。こちらこそ、見苦しいところをお見せしてしまいました。でも、どうして貴方あなたがここに? ここは懲罰房ですよ。部外者の立ち入りは禁じられているはずですが」
「君に用があってな。ここにいると聞いて会いにきた」
 用? そう言えば、審問会でもこの人は私に頼みたいことがあると言っていたっけ。
 しかし懲罰期間中の人間に面会することが許されるなんて、一体どんな案件なのだろう。
「オルタナ様が面会の許可をお出しになったのですか?」
「まさか。頼みはしたが、取り付く島もなかったぞ。威厳のある女性だが、あの感じの悪さはいかがなものかと思うな」
「んん? つまり、貴方は無断でこの場にいらっしゃるのですか」
「その通りだ」
 アドラスさんに、まったく悪びれる様子はなかった。しばらく開いた口が塞がらず、私は鉄扉を見つめる。
「……それはそれは。ですが、どうやってここまでいらしたのです? 見張りがいたと思うのですが」
 塔の内部はぐるぐると螺旋階段が巡っているだけの構造となっており、入り口から懲罰房までは基本的に一本道だ。見張りの目を盗んで忍び込む、なんて方法は不可能なはず。
「どうやって、と言われてもな。『入り口から歩いてここまで来た』としか言いようがない。途中何人かに騒がれそうにはなったが、彼らにはとりあえず気を失ってもらった」
「なるほど」
 疑いようもなく、立派な不法侵入者だった。
 ここは「きゃー」と、大声で叫んでみるべきだろうか。
 しばし悩むが、やめておく。ここで叫んでみても、駆けつけて来るのは見張りぐらいなものだ。私にとっては、見張りと不法侵入者にさほど大きな違いはない。
 ならば、彼の話を聞きたいと思った。かなり太々ふてぶてしいけど、悪意は感じられないし、この人は審問会で唯一私を庇ってくれた人物でもある。彼が私に何を求めているのか、興味があった。
「そんな危険を冒してまで私に会いに来るとは、一体どういったご用件ですか」
「実は、物見の聖女である君に証明してもらいたい事があるんだ。そのために帝国からはるばるこのアウレスタまでやって来たのだが、いざ到着してみれば『しばらく神殿は締め切りだ』と門前払いされてな。それでは困ると神殿内に立ち入ってみれば、まさに君が聖女位剝奪と追放を言い渡されているところだった」
「それは……本当に切羽詰まっているご様子で。それで、私に証明してもらいたいこととは?」
「俺が『レオニス皇帝陛下の実子ではない』と証明してほしい」

(つづく)

『聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語』著者 春間 タツキ(角川文庫)



聖女ヴィクトリアの考察 アウレスタ神殿物語
著者 春間 タツキ
定価: 704円(本体640円+税)

王宮の謎を聖女が解き明かす!大注目の謎解きファンタジー。
霊が視える少女ヴィクトリアは、平和を司る〈アウレスタ神殿〉の聖女のひとり。しかし能力を疑われ、追放を言い渡される。そんな彼女の前に現れたのは、辺境の騎士アドラス。「俺が“皇子ではない”ことを君の力で証明してほしい」この奇妙な依頼から、ヴィクトリアはアドラスと共に彼の故郷へ向かい、出生の秘密を調べ始めるが、それは陰謀の絡む帝位継承争いの幕開けだった。皇帝妃が遺した手紙、20年前に殺された皇子――王宮の謎を聖女が解き明かすファンタジー!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000576/
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