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試し読み

住み続けるためには、二人できちんと話し合わなくては。 【大島清昭『最恐の幽霊屋敷』試し読み#6】

屋敷を訪れた人々が直面した、想像を絶する恐怖の数々とは。家で読みたくないホラーミステリ

2020年に「影踏亭の怪談」で第17回ミステリーズ!新人賞を受賞してデビューした大島清昭さん。背筋が凍る怪異譚にミステリの要素を絶妙なバランスで組み込んだ作風で注目される著者の、4作目となるホラーミステリ『最恐の幽霊屋敷』が2023年7月21日に発売となります。
刊行を記念し、本書の第3章までを全15回の連載で特別公開。静かに忍び寄る恐怖にひとたび出会ったら、それを上回る恐怖が次々と襲い来る、ジェットコースター級の恐怖体験を大ボリュームの試し読みでぜひお楽しみください。



大島清昭『最恐の幽霊屋敷』試し読み#6


 棘木桃が帰ると、時刻は十一時半だった。
 あんな話を聞いた後に家の中にいるのは抵抗があったので、予定より遅くなったが日光観光へ出発することにした。
 途中で地元では有名な蕎麦屋に寄って昼食をとり、一時少し過ぎには日光東照宮に到着した。平日ではあったが、かなり混雑していて、紫音は有料駐車場に何とかスペースを見つけて車を停めた。
 日光の二社一寺には学生時代に一度と社会人になってから一度訪れていたが、初めての訪問のはずの藤香の方がずっと詳しかった。
 彼女の一番の目当ては、日光山輪王寺の大猷院であった。ここは江戸幕府の三代将軍徳川家光の廟所である。家光が遺言で東照宮を凌いではならぬといったことから、陽明門のような煌びやかな建築ではなく、黒と金の重厚感のある色彩をしているそうだ。藤香はその中でも四体の夜叉が守る夜叉門が見たかったのだという。
 それから二荒ふたらさん神社に詣で、その後に日光東照宮に向かった。自分だったら絶対に逆のルートで巡ったはずだ。幼い頃から紫音と藤香は対照的なところがあったが、こんなところにも性格が出るのかと思うと妙に可笑しかった。
 眠り猫の下を潜って奥宮へ向かう途中で、藤香が「もう一泊しよっか?」といった。紫音にとってはその申し出はとてもありがたかったが、「ううん。大丈夫」とやんわり断った。これ以上、妹を巻き込みたくないという思いと、やはり大河の胸の内には自分一人で向き合う必要があるという思いがあったからだ。
「でも……」
 藤香は心配そうな眼差しを送ってくる。
「大丈夫だって!」
 紫音は努めて笑顔を作った。
「帰ったら大河ときちんと話してみる。私たちにとっては他人でも、大河にとっては大切な親戚だったみたいだし。それに、過去には色々あったんだろうけど、今のところ実害は熱帯魚が死んじゃっただけだしね」
「それはそうかもしれないけど……」
「ちょうど神社にいるんだから、お守りを買っていくよ。まあ、ホントに気持ち悪かったら引っ越しすればいいだけだし」
 とはいえ、結婚式と披露宴のための貯蓄はあるものの、改めて引っ越しをする金銭的な余裕はなかった。余り不可解な現象が続くのならば、寺院か神社にお祓いを頼むという手もある。いくばくか謝礼は必要だろうが、引っ越すことを考えるならば安いものだろう。
 輪王寺のさんぶつどうを見終わる頃には、紫音はある程度楽観的に物事を考えられるようになっていた。確かにあの家に以前住んでいた家族には不幸な出来事が起こった。しかし、それは十年以上も昔の話だし、この一箇月あの家で暮らしてみて、深刻な事態に遭遇した経験はない。
 このまま何の対策もしないで生活するのは憚られるが、亡くなった四人への供養だとか、厄除けのお札だとか、そうしたものを準備するならば、殊更に騒ぎ立てることもないような気がする。何より紫音には、引っ越しをする前から今に至るまであそこで無事に過ごしたという実績がある。それは将来への自信に繋がった。

 藤香を私鉄の駅まで送って、夕食の材料を買い出してから帰宅した。
 既に辺りは薄暗く、無人の家には暗闇が漂っている。
 紫音は荷物を持って車から降りると、努めて平静を装いながら鍵を開けて、玄関の照明をつけた。いつもの習慣で靴箱の上の水槽の熱帯魚を確認する。
「よし! 死んでない!」
 わざとらしくそういって、家に上がった。
 大河の帰宅を待つ間、紫音はキッチンで料理に勤しんだ。今夜はカレーライスとサラダの予定だ。包丁で野菜の皮を剥き、肉を切り、煮込む。一つ一つの工程に集中していると、余計なことを考えないで済む。
 時折、座敷の方で物音がしたけれど、敢えて無視することにする。これまでだってそうしてきたのだ。過去を知ったからといって、こちらが態度を変える必要はない。それに、紫音のポケットには日光で買った厄除けのお守りが入っている。それだけでも随分心強い気がした。
 帰ってきた大河はいつもよりも暗い表情だった。二階の死んだ魚たちについて尋ねられたので、朝の内に裏庭に埋葬したことを伝えた。
 それでも夕食の席では「藤香ちゃんは、昨日の晩飯の感想、何かいってなかったか?」とか、「日光はどうだった?」とか、努めて明るく振舞っているようだった。それは平生と変わらない大河なのだけれど、紫音の目には朝までの大河とは違って映っている。勿論、錯覚だ。それはわかっているのだが、目の前の恋人が妙に遠くに感じてしまうのも事実である。
 食事の後に、紫音は意を決して話を切り出した。
「あのさ、今日、朽城さん一家のこと聞いたんだけど……」
 大河の顔色を窺うが、殊更に表情は変わらない。「誰に?」とも尋ねなかった。大方いつかは紫音の耳に入るとわかっていたのだろう。
「どうして黙ってたの?」
「話してたら、ここに住んだか?」
「それは……。じゃあ、逆にどうしてそこまでして、ここに住みたいって思ったの?」
「俺は呪いとか、祟りとか、そういうのは信じねぇ。この家で起こったことには全部説明がつくと思ってる」
 真剣な表情で大河はそういった。
「どういうこと?」
 思いがけない返答に、紫音は首を傾げる。
 大河はコップに残っていたビールで口を湿らせてから、朽城家で起こった悲劇について解説を始めた。
「まず叔母さんが殺された事件についてだ。凶器がこの家にあった壺ってことは、犯行は突発的だったと考えられる」
「うん」
「事件があったのは夏だったから、叔母さんは窓も玄関も開けっ放しだったんだと思う。この辺りの家じゃ、それが普通だからな。でも、その日はこの家に泥棒が忍び込んだ。叔母さんは運悪くそいつと鉢合わせしちまって、あんなことになった」
 悲劇の発端である朽城キイの死そのものについては、不思議な点はない。単純に犯人が明らかになっていないということだけが謎なのだ。
「次に操ちゃんが教室の窓から飛び降りた件。近所じゃ悪霊に取り憑かれたなんて噂してる奴らがいるけど、ナンセンスだ。操ちゃんは叔母さんの遺体の第一発見者になって、心に傷を負ってたんだと思う」
「でも、それだけであんな亡くなり方するの?」
 操は死の直前、かなり異常な言動を取っている。だからこそ、周囲では悪霊の仕業とされているのだ。しかし、大河はそれを否定する。
「俺はさ、操ちゃんは叔母さんを殺した犯人を見ちまったんじゃねぇかって思うんだ。もしも犯人が操ちゃんと親しい人物だったとしたら、精神の均衡を崩しちまうのも理解できる」
「それじゃあ、操さんは……」
「散々思い悩んで、結局自分が壊れたんじゃないかな。そう考えると、七美ちゃんが地蔵堂で意識不明で見つかったのも、説明ができる」
「七美さんの件も関係するの?」
「ああ。叔母さんを殺した犯人は、操ちゃんに見られていたことに気付いた。それで、操ちゃんが家族にそのことを話したんじゃねぇのかって疑った。だから、七美ちゃんと叔父さんの口を封じようとした。犯人は七美ちゃんが帰ってくるのをこの家の庭で待っていた。そして、隙を見て殺そうとしたけど、七美ちゃんに逃げられたんだ。まあ、結局七美ちゃんは地蔵堂で追いつかれて、首を絞められるとか、殴られるとかして、意識を失った」
「それは……何となくわかるけど、でも、地蔵堂の七美さんは夜まで発見されなかったっていうじゃない? 私はそれが不思議だなって思ったんだけど」
「七美ちゃんが襲われたのは、夏休み期間中だぞ。地蔵堂の周りだって結構草が生えてたはずだ。草が邪魔で七美ちゃんの姿が見えなかった可能性は十分にある。それに普通はそんな場所に女の子が倒れてるなんて思わないだろ? だから、通行人の視界にも入っていなかったんだ」
 確かにそれならば夜まで七美が発見されなかった理由にはなる。そもそも石でできた地蔵菩薩の首が粉砕されていたのも、悪霊などではなく何者かがハンマーなどの鈍器を使って破壊したと考える方が自然だろう。
「そして、叔父さんもそいつに殺された。だって可怪しいだろ? 自分の家で自殺するのに、わざわざ鯉が泳いでる池に顔を突っ込んだりしないって。普通は首を吊るとか、手首を切るとか、睡眠薬飲むとか、そういう方法を考えるんじゃないか? 百歩譲って溺死しようとするなら、風呂場で死ぬだろうよ」
「でもさ、それじゃ、この家で起こる不思議な現象についてはどう説明するの?」
「紫音が一人でいた時に体験したやつはさ、正直、見間違いとか空耳だと思うよ。悪いけど。こんな広い家に一人でいたことってなかったんだからさ、神経が過敏になっても仕方がないっつーか」
 その言葉に紫音は少しむきになった。
「真夜中にチャイムが鳴らされてるのは、大河だって知ってるよね?」
 大河は「ああ」と初めてそのことを認めた。
「だけどな、俺はあれこそ叔母さんを殺した犯人の仕業じゃないかって思ってる。ずっと空き家だった場所に、朽城家の親戚が越してきた。もしかしたら、過去の事件の手掛かりを見つけてしまうかもしれない。だから、厭がらせをして追い出そうとした」
「今朝、上の魚が死んだことは?」
「玄関のだってちょいちょい死んじゃってるだろ? 上の奴らも新しい環境が合わなかったんだ」
 紫音は徐々に冷静さを取り戻してきた。
 確かに大河の話には、なるほどと頷ける点が多々ある。キイが拝み屋だったからといって、朽城家に起こった一連の悲劇の原因を超自然的なものに求める必要はない。短い期間で死者が相次いだのは、何者かが関与していたと考えれば、十分に説明がつく。
 しかし、そうなると紫音の不可思議な体験や藤香が見たモノは一体何なのだろうか?
 自分の体験はあくまで主観的なものだし、気配や音といった些細なものだから、気のせいとか錯覚だと済ませることもできるだろう。だが、藤香ははっきりと霊らしきモノを見ているではないか。
 否、待て。もしも、藤香が嘘を吐いていたとしたらどうだろうか。
 結婚を間近に控えて一戸建てに引っ越した姉に嫉妬して、わざと怖がらせようと思ってあんなことをいったとしたら? 彼氏ができたというのも嘘で、本当は寂しい学生生活を送っていたとしたら、そういう厭がらせをすることもあるかもしれない。勿論、藤香がそんなことをするとは思いたくないが、時々理解し難い言動をとることは昔からあった。
 そこまで考えて、紫音は思考をはたと中断する。大河のいう通り、今まで怪異だと思っていたことには、ある程度合理的な説明が付けられる。それは確かだろう。しかし、それと新婚生活の新居にこの家を選んだことには、余り関係がないのではないだろうか。
 ここに住んでいた家族が全員死亡しているのは事実であり、何故わざわざそんな不吉な家で二人の新しい生活を始めようと考えたのだろうか?
 紫音がその点を尋ねようとした刹那、座敷の方からばたんっばたんっと大きな音がした。
「何だ?」
 大河も怪訝な表情を浮かべ、立ち上がる。そのまま茶の間のガラス戸を開けた。
 見ると、仏間から奥座敷までの襖が、すべて開いている。
 帰宅した時には、襖は閉まっていたはずだ。奥座敷が忌まわしいものに思えて、きちんと襖が閉まっているのか確認したのだから間違いない。
 大河も同じ疑問を持ったらしく、こちらを見て「襖、閉まってたよな?」といった。
「うん」
 大河は声を潜めて「誰かいるのか?」と呟く。紫音も立ち上がると、大河の背中に縋るような格好になった。
「ちょっと見てくる」
「わ、私も一緒に行く」
 この状況で大河と離れるのは不安だ。
「わかった。何かあったらすぐ逃げろよ」
「うん」
 仏間の蛍光灯をつけるが、部屋の中や隣の座敷に、誰かがいるような気配はない。物音がしてから大河が襖の開いているのを確認するまでは、僅かな時間だったから、とても神棚の下の収納に隠れるような余裕はなかったと思う。
 二人で隣の八畳間に進み、こちらも電気をつけた。
「誰かいるのか!」
 大河が呼び掛ける。しかし何の反応もない。
 様子を窺いながら奥座敷の蛍光灯の紐を引っ張ったが、灯りはつかなかった。
 首を傾げる大河の背後で、紫音は不気味なものを見てしまった。
「大河、あれ……」
 紫音が指差したのは、長押なげしに並んだ遺影である。
 隣の部屋の照明を受けたそれらは皆、大きな口を開けて笑っていた。
 まるでスロー映像のように、声もなくぬるぬると動いている。
「誰だ!」
 突然、大河が大声を出したので、紫音はびくりと身体を震わせる。
 大河の視線の先、縁側に近い座敷の隅に……。
 いつの間にか、着物姿の女が正座していた。
 闇が凝縮したような漆黒の着物は喪服だろうか。髪が島田に結い上げられているから、婚礼衣裳にも見える。
 紫音は女から発せられる瘴気のようなものに当てられて、身動きができない。
 遺影は笑い続けていた。
 女は……ゆっくりと顔を上げる。
 嗚呼、思った通りだ。
 女の顔は、中心から渦を巻くように、ぐにゃりと歪んでいる。
 藤香は嘘など吐いていなかった。
「キイ叔母さん……?」
 大河が一歩前に出る。
 駄目だ。違う。あれはキイじゃない。
 紫音は大河を止めようと手を伸ばしたが、もう遅い。
 着物の女はあっという間に、二人の眼前に立っていた。
 隣の座敷の蛍光灯の冷たい光が女を照らしたので、見たくもない顔がよく見えた。
 頬と顎の位置に二つの瞳がある。それは細められ、額の口から歯が覗く。
 嗤っているな。
 紫音はそう思った。
 涙も、悲鳴も、出ない。
 ただ、眩暈めまいがした。

(つづく)

作品紹介



最恐の幽霊屋敷
著者 大島 清昭
発売日:2023年07月21日

幽霊屋敷、貸し出し中。訪れた者はみな、想像を絶する恐怖に直面する。
「最恐の幽霊屋敷」という触れ込みで、貸し出されている一軒家がある――。
幽霊を信じない探偵・獏田夢久は、屋敷で相次ぐ不審死の調査を頼まれる。婚約者との新生活を始めた女性、オカルト雑誌の取材で訪れたライターと霊能者、心霊番組のロケをおこなうディレクターと元アイドル、新作のアイデアを求める映画監督とホラー作家。これまでに滞在した者は皆、想像を絶する恐怖に直面していた。屋敷における怪異の歴史を綴ったルポや関係者の証言を手掛かりに謎を追う獏田が目にしたものとは――。
幾多の怪異と死の果てで待ち受ける、幽霊屋敷の真の恐怖とは?

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322212001341/
amazonページはこちら


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