『三体』の劉慈欣、中国で100万部突破のSF短編集!
劉慈欣『老神介護』の中から表題作「老神介護」冒頭試し読みを公開します。
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『老神介護』試し読み
1
神はまた、
ほんとうなら、すばらしい朝のはずだった。
きょうの神さまはめずらしく早起きで、自分で台所に行って牛乳を温めた。扶養時代になってから牛乳市場は景気がよく、秋生家は一万元出して乳牛を一頭買い、流行に乗って、牛乳を水で割ったものを販売している。水で割らない牛乳は、この家の神さまの主食のひとつになった。神は牛乳を
「このくたばり損ない、あたしたち一家をみな殺しにする気かい?」玉蓮は居間に入ると大声で騒ぎ出した。プロパンガスが使えるようになったのは、扶養手当をもらってからのことだ。
いつものように、神さまはうつむいて立っていた。雪のように白い、
「ここは宇宙船とは違うんですよ!」下の階から秋生が叫んだ。「ここのものはぜんぶ、勝手に動いてはくれない。あなたたちのところと違って、なんでもかんでもロボットがやってくれるわけじゃないんです。頭が悪い道具を使って労働しないとメシが食えない!」
「わしらだって労働していたとも。でなければどうしておまえたちが存在する?」神は用心深く答えた。
「ほうら、また出た。もう聞き飽きたよ」玉蓮はタオルを床に投げ捨てた。「やれるもんならやってみなさいよ、もういっぺん、孝行息子や気のきく孫でもつくって、そっちに養ってもらえばいい」
「わかったわかった。さっさと飯にしよう」いつものとおり、秋生が口論を仲裁した。
そのとき、目を覚ました
「わがまま言わないの」玉蓮がたしなめた。「父ちゃんと母ちゃんなんか、壁一枚しか隔ててないのに我慢してるんだから」
神は思い出したようにまた咳をはじめた。好きなスポーツでもやっているみたいに、一心不乱に咳をしている。
「まったく、うちの先祖がどんな罪を犯したっていうんだい」玉蓮は数秒のあいだ神を見つめ、ぷんぷんした口調でそう言うと、朝食の支度をしに台所へ行った。
神はひとことも発さず黙って食卓につき、家族といっしょに漬物で
食べ終わると、神はいつものようにせっせと食器をかたづけ、台所で洗いものをはじめた。玉蓮が向こうの部屋から叫んだ。
「油を使ってないお皿は洗剤使わないでよ! 洗剤だってタダじゃないんだからね。あれっぽっちの扶養手当じゃ、なんにもならない。ふん」
神さまは台所でいちいち「はい」と返事をした。
夫婦は畑仕事に出かけ、
「なあ、老いぼれ、洗いものなんか放っといて、一局やろうじゃないか」
神はエプロンで手を
しかし、この老人は根に持つタイプではない。神がこっそり碁石を拾ってこっそりもとに戻すと、また腰を下ろして神と碁を打ちはじめる。そしてまた同じことをくりかえす。何局か打って、二人とも疲れてくると、時刻はすでにお昼近くになっていた。
神は立ち上がった。野菜を洗わなければ。神さまは料理が下手なので、
神が野菜を洗っているあいだ、秋生の父は隣家に行って世間話に花を咲かせることが多く、神にとってはそれがいちばん心休まるひとときだった。昼の陽光が庭に敷かれたレンガの割れ目に射し込み、神の深い記憶の谷まで照らし出した。この時間、神はよく物思いにふけって仕事を忘れ、村はずれから帰ってきた夫婦の声が聞こえるとはっと我に返り、やりかけの仕事をあわてて終わらせながら、長いため息をつくのだった。
ああ、どうしてこんなことになってしまったのか──。
ため息をついたのは神だけではなかった。そのため息は、秋生の、玉蓮の、秋生の父のため息であり、地球上の七十数億人の人間と二十億柱の神のため息だった。
(続きは本書でお楽しみください)
作品紹介
老神介護
著者 劉 慈欣
訳者 大森 望
訳者 古市 雅子
定価: 2,200円(本体2,000円+税)
発売日:2022年09月07日
『三体』の劉慈欣、中国で100万部突破のSF短編集!
老神介護
扶養人類
白亜紀往事
彼女の眼を連れて
地球大砲
訳者あとがき 古市雅子
書誌ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322202000263/
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