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試し読み

『いまUFOの中にいる』そう言い残して通話を終えた少年の運命は!?『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』1話試し読み!#5

空前絶後の警察ミステリ!『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』

Z県警本部の通信指令室。その中に電話の情報のみで事件を解決に導く凄腕の指令課員がいる。千里眼を上回る洞察力ゆえにその人物は〈万里眼〉と呼ばれている――。

シリーズ1巻『お電話かわりました名探偵です』に続き、ふたたび〈万里眼〉の活躍が読める新感覚警察ミステリ『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』が12月刊の角川文庫に登場! 
凄腕の指令課員が活躍するエンターテインメント快作の第一話を特別に公開いたします。



『お電話かわりました名探偵です リダイヤル』試し読み#5

      5

「いぶき先輩、ここはどうでしょう」
僕は地図システム端末画面を指差した。
 自分の指令台を離れて椅子ごとこちらに近づいてきたいぶき先輩が、画面をのぞき込んでくる。ふわりと花のような香りが漂ってきてドキッとしたが、いまはそんなことを気にしている場合ではない。
 地図システム端末画面には普段の住宅地図ではなく、航空写真が表示されている。いまディスプレイの中心に表示されているのは、茶色い外壁のマンションだった。マウスのホイールを回転させ、拡大表示する。
「どうですか」
 いぶき先輩はけんしわを寄せ、ディスプレイを凝視した。
 もう少し上。もう少し左。指示されるままにマウスを操作する僕は、先輩がこのマンションのどこを見ているのか想像もつかない。航空写真はリアルタイムの映像とは違うから、まさかこの画面にユウマくんが写っていることもないだろうが。
 いぶき先輩はかぶりを振った。
「違います」
 外れだったらしい。
「じゃあ条件に合う別の物件を探します」
「お願いします」
 すると、僕の右側の六番台で細谷さんが手を上げる。
「君野さん。これなんかどうかしら」
 いぶき先輩が席を立ち、僕の指令台の前を横切って六番台に向かう。僕のときと同じようなやりとりの後、「違います」と残念そうに言った。
 いぶき先輩の指示で僕らが探しているのは、E市内の「い」で始まる町にある五階建て以上の比較的古い集合住宅だ。ユウマくんの住まいはおそらく、そういった条件をそなえた建物なのだという。いま必要なのはユウマくんの住まいではなく、ユウマくん自身の居所の特定では? そう思ったが、事態は一刻を争う。詳しい事情は後で聞くことにして、ひとまず指示に従うしかない。
 僕といぶき先輩、細谷さんの三人が地図システム端末画面で条件に合致する建物を探し、和田さんもスマートフォンに地図を開いて協力してくれている。それぞれが条件に合致する建物を見つけると、いぶき先輩に声をかけ、それがユウマくんの住まいかどうかを判断してもらった。
 ユウマくんとの通話が切れてから、もうすぐ五分。なぜいぶき先輩がこれほど焦っているのか、いまいちピンと来ないまま、しかし彼女の焦燥が伝染したかのようにひりつく空気を肌で感じながら作業を続けた。
「いぶき先輩」
 僕が手を上げ、いぶき先輩が近づいてくる。もう何度も繰り返されたやりとりなので、これまでと違った展開になるとは期待していなかった。
 しかし、しばらく僕の指令台の地図システム端末画面を凝視したいぶき先輩が、大きくうなずいた。
「おそらくここです」
 和田さんと細谷さんがこちらを振り向く。
「ここがユウマくんの自宅なんですか」
 僕はいた。
「そうです。そしていま、ここにユウマくんが閉じ込められています」
 互いに顔を見合わせる僕たちをよそに、いぶき先輩が自分の指令台に戻る。
 タッチペンを手に取り、事案端末になにやらメモをし始めた。僕は自分の事案端末に先輩の端末画面を共有した。
 タブレット上の白い画面に、いぶき先輩のやや丸みを帯びた文字が現れる。
「えっ。そうなの?」
 ディスプレイ越しに僕の手もとを覗き込んできた和田さんが、驚きの声を上げる。
 いぶき先輩からの指示を受けた後方の無線指令台が所轄の警察署に臨場指令を出し、同時に消防署に救急出動の要請をする。
 事案端末への記入を終えたいぶき先輩に、僕は訊いた。
「マンションのポンプ室?」
 こちらを向いたいぶき先輩は、表情にかすかな達成感をにじませていた。
「そうです」
「かくれんぼをしていて、ポンプ室に入り込んだのね」
 細谷さんが感心した様子で口をすぼめる。
「ユウマくんの遊び相手はどうやら同じマンションの子どもたちのようなので、自宅からそう遠くない場所で遊んでいたと推測されます。そしてGPSを受信できずに発信地が特定できない状況から、窓などの開口部がほとんどないコンクリートの建物内にいるのだろうと考えました」
「ポンプ室なら、たしかにその条件をそなえている。赤や青のランプってのは、機械の作動ランプか」
 和田さんが虚空を見上げ、うんうんと頷く。
 えっと、と僕は小さく手を上げて質問する。
「すみません。そもそもポンプ室ってなんですか」
「早乙女くん、知らないの」
 細谷さんが目玉がこぼれ落ちんばかりに目をいた。そんなに驚かれることなのだろうか。
 いぶき先輩が言った。
「早乙女くんぐらい若いと、知らないのも無理はありません。最近のマンションには、ポンプ室がないもののほうが多いですから」
「たしかに最近は屋上の受水槽ってあまり見ないな」
 和田さんの言葉に、細谷さんが賛同する。
「そういえばそうね。タワーマンションの屋上に受水槽って、聞いたことないものね」
「ええ。配水管からの水を受水槽に貯め、そこからポンプで加圧して各住戸に水を送る高置水槽方式だと、水質の悪化などの問題もあるんです。そこで最近の主流は、配水管の圧力を利用して水を直接各住戸に送る直接給水方式に移っています」
 そこでいぶき先輩は、僕のほうを見た。
「ここまで聞けばだいたい理解できたと思いますが、ポンプ室というのは、高置水槽方式の集合住宅で水を各住戸に送るためのポンプが設置された部屋です」
 理解した。僕は頷く。
「背景に聞こえていたモーター音も、ポンプの作動音だったんですね」
「そうです。かくれんぼでポンプ室に入り込み、お友達が見つけてくれなかったのでそのまま眠ってしまったのでしょう。お友達はユウマくんがすでに自宅に帰ってしまったと考えたのかもしれません。その後目覚めたユウマくんは、自分がどこにいるのかわからなくなった」
 細谷さんがふいに疑問を口にする。
「でもいくらなんでも、ポンプ室をUFOだと思い込むなんて」
「普通ならユウマくんもそんな勘違いはしません。でもいまの彼からは、正常な判断能力が失われています」
「酸欠……ですね」
 僕の指摘に、いぶき先輩が軽くあごを引いた。
「その通りです。開口部のほとんどないポンプ室で眠りに落ちたことにより、ユウマくんは酸欠状態に陥っているのではないかと考えました」
 ユウマくんはいぶき先輩を友達のヒマリちゃんと間違えた。いぶき先輩の声が幼いというのもあるが、酸欠のため意識が混濁していたのだろう。
「ふわふわと身体が浮いているという発言。ろれつの怪しい話し方。酸欠によってもうろうとなっていた……ってことか」
 和田さんが神妙な顔になる。
 酸欠ならば、たしかに生命にかかわる。所轄署員と消防が一刻も早く救助してくれるのを願うのみだ。
「五階建て以上の比較的古い集合住宅っていう条件は、ポンプ室のある物件を探すためだったのね」
 細谷さんの言葉に、いぶき先輩が頷く。
「ある程度大きな建物でないと、ポンプ室はありません。そして先ほども申し上げたように、最近は大きな建物でも高置水槽方式でなく、直接給水方式が主流です。私は皆さんが検索してくださった集合住宅の敷地に、独立したポンプ室があるかどうかを確認していました。古い建物でも、ポンプ室が建物内に組み込まれている場合もあります。その場合は独立型よりも通気性が高く、酸欠を起こす可能性も低いのです。独立型は場所を取るぶん、それなりに広い敷地が求められます。直接給水方式が主流になったいまでは、独立型のポンプ室を持つ集合住宅はそう多くありません。おそらく、このマンションで間違いないと思うのですが……」
 僕の指令台の地図システム端末画面に拡大表示された航空写真を見つめるいぶき先輩の目に、かすかな不安が宿る。
 そうだ。いぶき先輩が言うから間違いないと決めつけたが、ユウマくんが確実にそこにいるとは限らない。
 頼む。無事に見つかってくれ……。
 するとほどなく、所轄署のパトカーが指示されたマンションに到着したという報告があった。無線越しに救急車のサイレンも聞こえる。
 僕らは――いや、いまや通信指令室で手の空いている者たちすべてが、少年発見の報告をかたんで待っていた。
 やけに長く待たされた気がするが、実際には数分しか経過していなかったと思う。
『いました! ポンプ室の中で少年を発見! ぐったりしていましたが、救急隊の酸素投与によって意識が戻ったようです!』
「やった!」
 無意識にガッツポーズしていた。
「よかったあ」と細谷さんが胸をで下ろし、「やったな」と和田さんが手の平を向けてくる。僕は突き上げていたふたつのこぶしを平手にして、和田さんと両手を合わせた。
「私も私も」と細谷さんが言うので、細谷さんともハイタッチする。
「私も」と、今度はいぶき先輩の声が聞こえ、くるりと振り向いた。
 が、顔の横で両手を広げてハイタッチを待ついぶき先輩のあまりのかわいらしさに、自意識が瞬時に膨らむ。
 え。だって、いいのかな。若い男女が手と手を……。
 でも深い意味のないただの祝福の儀式だし。
 急にテンションを下げた僕に、いぶき先輩が不審げに目を細める。
「どうしたんですか。私の手に触れるのは嫌なんですか」
「いやいや」けっしてそういうわけでは。むしろ逆です。僕みたいなけがれた人間があなたみたいな美しい存在に触れていいものか。僕が触れることによってあなたを汚してしまう結果になりはしないかと、そういった、おそらくはたから見たらどうでもよすぎるかつとうを抱いておりまして……。
 などと頭の中でひたすら弁解を続けていると、「なにキョドってるんだよ。早くしなよ」と和田さんに背中を押された。
 おっとっと、とバランスを崩した僕は、転倒を免れようといぶき先輩の両手を握ってしまう。ハイタッチどころか、指と指を絡める〈恋人つなぎ〉で両手を握り合う格好になった。おまけに互いの息がかかるほど、顔と顔が接近してしまう。
 これはなんというぎようこう。こんな良いことがあるなんて、僕は明日あした死ぬのだろうか。今度は僕が酸欠になりそうだ。意識が遠のく。
 そんなとき、和田さんのひやかす声がした。
「おいおい。ラブシーンはプライベートでやってくれよ」
 僕は我に返り、後ろに飛び退きながら両手を離す。
「もうっ。変なことを言うのはやめてください」
 真っ赤な顔で和田さんに抗議するいぶき先輩の横顔を見ながら、思った以上にやわらかくて、思った以上に体温が低かったなと、幸福な感触をはんすうしていた。

(つづく)

作品紹介・あらすじ



お電話かわりました名探偵です リダイヤル
著者 佐藤 青南
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2021年12月21日

「おかけになった謎は、私が承ります」
「<万里眼>を出せ」。Z県警通信指令室に頻繁にかかってくるようになった<出せ出せ男>からの入電。身元を特定する手がかりはまったくない。気味の悪さを感じつつ、今日も市民からの通報に対応していた早乙女廉は、男の子から『宇宙人にさらわれた』という一報を受ける。信じがたい内容に動揺していると、ほかならぬ<万里眼>その人、君野いぶきがいつものように割り込んできて――。電話越しに事件解決、空前絶後の警察ミステリ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000286/
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