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試し読み

十数年ぶりに故郷に集められた同窓生たち。その目的は…… 『ぬばたまの黒女』試し読み#4

生まれ故郷の村が近隣の町に吸収合併されると知り、十二年ぶりに道東地方の寒村、皆方村を訪れた井邑陽介。妊娠中で情緒不安定の妻から逃げるように里帰りした陽介は、かつての同窓生から、憧れだった少女が亡くなっていたことを知る。さらに新たに建立された神社では全身の骨が折られて死亡するという壮絶な殺人事件が起こっていた――。果たして村では何が行われているのか。異端のホラー作家那々木が挑む、罪と償いの物語。ホラーエンタメド直球、最恐ホラー第2弾! その冒頭部分を特別に公開いたします。

『ぬばたまの黒女くろめ』試し読み #4

「そういえば、陽介はどうなの?」
 唐突に話題を振られ、思わず飛びあがりそうになった。どうにか平静を装い「何が?」と問い返すと、芽衣子がふふん、と意味深げに笑みを向けてくる。
「決まってるじゃん。恋人は? いるの?」
 全員が興味津々といった調子で僕に注目する。自分にお鉢が回ってきたことを理解しつつ、噓をついても仕方がないのでここは素直に答えることにする。
「実は半年前に結婚したんだ」
 左手の薬指にめた指輪を見せてそう告げると、僕を囲む視線が一斉に驚きの色へと変化し、次の瞬間には拍手と歓声が沸き起こった。
「結婚って、まじかよ」
「うわー、陽介に先を越されるとは思わなかった」
「ほんと、こういうのは一番奥手そうだと思ってたのに」
 松浦はため息混じりに苦笑し、篠塚は短い金髪をぐしゃぐしゃとかきまわす。紗季は再びラムネの瓶を「乾杯」と掲げてみせた。
「噓でしょぉ。陽介ぇ」
 芽衣子は何故か落胆した様子で切れ長の目を潤ませていた。
「くっそー、こんなことなら、俺もさっさと結婚しちまおうかな」
「へえ、あんたにそんな相手がいるの?」
 紗季の挑発的な質問に対し、篠塚は「当たり前だろ」といきり立つ。
「自慢じゃないけど俺、結構モテるんだぜ。最近でも三人の女に同時に言い寄られちゃってよ、いい男ってのはつらいよなぁ」
「その三人が行きつけの風俗の女だってことさえ除けばな」
 すかさず松浦が口を挟むと、篠塚はばつが悪そうに取り乱した。
「おい、バカ、それを言うんじゃねえよ。お前だってこないだSNSで未成年のガキを引っかけてやばいことになりそうだったじゃねえか」
「あれは女の方が年を偽ってただけだ。言い寄ってくるもんは無下に出来ねえだろ」
 まともな大人が聞けば耳を疑うような話を武勇伝のように語りながら、下卑た笑いを浮かべる松浦と篠塚。今のやり取りだけで二人の現在の暮らしぶりがかい見えた気がする。あきれて物も言えないというのは、まさにこういうことだ。
 紗季は汚いものでも見るような目で二人を見ていたが、すぐに元の表情を取り戻し、大きな瞳を輝かせて僕を見た。
「それで、相手はどんな人なの?」
「いや、それは……」
「いいじゃない。教えてよ。ねえ芽衣子?」
「うん、知りたい。どんな女が陽介を射止めたのか、詳しく聞いておきたい」
 二人の強い視線をまともに受け、どう答えたものかと考えあぐねてしまった。こんな状況では何を言ったところで針のむしろである。
「そうかぁ、君たちももうそんな年頃か。時間ってのは、本当にあっという間に過ぎてしまうんだね」
 背後から声がして振り返ると、店先で煙草をくゆらせる壮年の男性の姿があった。
 この店の店主、なつきよひこだ。
「君は確か井邑くん、だったよね」
「はい、覚えててくださったんですね」
 うまい具合に話題がそれたことにあんしつつ問い返すと、夏目はさも愉快そうに太鼓腹を揺らして笑った。
「もちろんだよ。昔は毎日のように会って話をしていたからね。君たちは実の子供みたいなもんだ。忘れようったって簡単にはいかないよ」
 夏目はかつて別津町の病院で看護師をしていた奥さんと二人でこの店を切り盛りしている。物心ついた頃からお世話になっていたこの夫婦は、僕たちにとってしんせきも同然の存在だった。
「なんだか昔に戻ったみたい。こうしてると、村がなくなっちゃうなんて噓みたいだよね」
 懐かしさに感化されたのか、芽衣子はためいき混じりにぼやいた。
「まあ、実際に村がなくなるわけじゃないんだけどな。それでも、生まれ故郷の名前が変わっちまうってのは寂しいよな」
「そうだねぇ。それも時代の流れってことになるんだろうね」
 松浦に同調し、夏目はフィルターすれすれまで吸った煙草を灰皿に押し付けた。
「でもね、呼び名が変わっても君たちの故郷が無くなるわけじゃない。だからこれからも、たまには帰ってきて顔を見せてくれよ」
 実の子供の帰郷を願う父親のように柔和なまなしで夏目はそう結んだ。もちろん、と即座に返す友人たちと共にうなずいた時、宮本が僕の方へ身体を傾け耳打ちした。
「夏目さんはまだ、娘さんの事件を引きずってるんだな」
「事件?」
 問い返すと、宮本は一瞬えっと不思議そうに表情を固め、それからすぐに納得したように何度か肯いてみせた。
「そうか。あれはお前がいなくなった後だったな」
「何かあったのか?」
 夏目にという娘がいたことは覚えている。僕らよりも一つ年下で、おかっぱ頭が印象的なかわいらしい少女だった。彼女の身に何かあったのだろうか。
 宮本はちら、と夏目をいちべつし、彼が他の仲間たちとの話に夢中になっているのを確認してから、更に声を抑えて続けた。
「美香は、お前が村を出ていった少し後に行方不明になったんだよ。それっきり今も見つかってない」
「十二年間もずっと? それじゃあ……」
 後に続く言葉が出て来ない。宮本は無言のまま視線を伏せて首を左右に振った。
 談笑する夏目の顔には、娘を失った父親のぬぐっても拭い切れぬ悲しみがちらついているような気がした。

この続きは本編でお楽しみください

作品紹介



ぬばたまの黒女
著者 阿泉 来堂
定価: 748円(本体680円+税)

『ナキメサマ』の著者が送る、ホラーエンタメド直球のどんでん返し第2弾!
神出鬼没のホラー作家にして怪異譚蒐集家・那々木悠志郎再び登場!
生まれ故郷の村が近隣の町に吸収合併されると知り、十二年ぶりに道東地方の寒村、皆方村を訪れた井邑陽介。
妊娠中で情緒不安定の妻から逃げるように里帰りした陽介は、かつての同窓生から、村の精神的シンボルだった神社一族が火事で焼失し、憧れだった少女が亡くなっていたことを告げられる。
さらに焼け跡のそばに建立された新たな神社では全身の骨が折られた死体が発見されるという、壮絶な殺人事件が起こっていた――。深夜、陽介と友人たちは、得体のしれない亡霊が村内を徘徊する光景を目撃し、そして事件は起こった――。
果たして村では何が行われているのか。異端のホラー作家那々木が挑む、罪と償いの物語。『ナキメサマ』の著者が送る、ホラーエンタメド直球のどんでん返しホラー第2弾!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000568/
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