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試し読み

異端のホラー作家・那々木悠志郎が『ナキメサマ』に続き登場! 『ぬばたまの黒女』試し読み#3

生まれ故郷の村が近隣の町に吸収合併されると知り、十二年ぶりに道東地方の寒村、皆方村を訪れた井邑陽介。妊娠中で情緒不安定の妻から逃げるように里帰りした陽介は、かつての同窓生から、憧れだった少女が亡くなっていたことを知る。さらに新たに建立された神社では全身の骨が折られて死亡するという壮絶な殺人事件が起こっていた――。果たして村では何が行われているのか。異端のホラー作家那々木が挑む、罪と償いの物語。ホラーエンタメド直球、最恐ホラー第2弾! その冒頭部分を特別に公開いたします。

『ぬばたまの黒女くろめ』試し読み #3

 こくりこくりと舟をこいでいるお婆さんをしりにバスを降りた僕は、皆方村へと続くなだらかな坂道を下っていく。ほどなくして数軒の建物が軒を連ねる通りに出た。少し先に小学校があり、その手前の目につく位置には小さな商店がある。駄菓子やパンなどの飲食物の他に文房具や少量の日用品を取り扱っており、クリーニングや宅配便も利用できる。店の外にはベンチが二つ、木製のテーブルを挟み向かい合っていた。
 友人たちと駄菓子を買い食いした思い出深いその場所に、今は僕と同年代くらいの男女が数人、寄り集まっていた。
「あ、来た来た。陽介だ」
 僕の姿に気づき手を上げたのは、ショートカットで背の高い、すらりとした印象の女性だった。すぐに誰か分からず僕はたじろいだが、左目の下に黒子ほくろがあるのを見つけ、すずはらだと気が付いた。
「芽衣子、なのか?」
 誰に問いかけるでもなく口中につぶやく。しばらく見ない間に随分と印象が変わっていた。僕の驚きをよそに、一同の間ではちょっとした歓声が上がる。
「うわあ、懐かしいなぁ」
 ベンチから立ち上がり僕の肩をたたくがっしりとした体格の男はまつうらりよう。カラーシャツと格子柄のパンツ姿にあごひげが特徴的だ。
「全然変わってねえよな。髪型まで昔と同じじゃんか」
 からかうように言いながら肩を組んできたのはしのづかとおる。極端なツーブロックで強調した金髪を整髪剤で輝かせ、首や腕にじゃらじゃらとしたアクセサリーを光らせている。もうすぐ三十を数えようという年齢を感じさせないで立ちである。
「あんたたち暑苦しいのよ。陽介、びっくりしてるじゃない」
 うんざりした口調で二人をたしなめたのはじよう。やや茶色がかったセミロングの髪を肩に垂らし、白いノースリーブに花柄のロングスカート姿で、手にしたラムネ瓶をワイングラスみたいに掲げた。中学の頃から評判だった外見は健在で、大きなひとみに鼻筋の通った顔立ち、そして健康的な肌がまぶしい。
「でもほんと懐かしいよぉ。何年振り? 十一年ぶり?」
「十二年だよ」
 軽く訂正すると、芽衣子は「そっかぁ」とさもうれしそうな声を上げ、顔の前で両手を合わせる仕草をしてみせた。紗季とは対照的に、ストライプのシャツにデニムを合わせたシンプルかつボーイッシュな出で立ち。中学までは背が低く、どこかあかぬけない印象だった彼女だが、すっかり背も伸び、細くしなやかな身体が若々しさを強調していた。
「よく来てくれたな陽介。会えてうれしいよ」
 最後の一人、みやもとかずが黒縁眼鏡の奥で目を細めた。薄汚れた作業着と頭にタオルを巻いている姿から、それが仕事着だと察しがつく。
 宮本は父親がこの村で林業を営んでおり、自社の工房ではオリジナルの家具も制作している。彼自身は高校卒業と同時に村を出て違う土地で働いていたのだが、数か月前にのうこうそくで倒れた父親の介護を手伝うために戻ってきたらしい。看病のなく父親は亡くなってしまったため、今は職人のもとで修業しつつ、会社を経営する母親の手伝いをしていると手紙に記されていた。
 宮本家の経営する『宮本林業』は道内各地の企業と古い付き合いがあり、皆方村においては貴重な働き口である。村にいた頃、僕の父親が勤めていたのも何を隠そうこの宮本林業だった。
 ちなみに他の四人のうち、松浦と篠塚はすでに家族とともに村外へと転居している。芽衣子は高校時代に両親を事故で亡くし、唯一残っていた祖母も後を追うように逝ってしまったため、ひとり札幌に引っ越したという。紗季の祖父は僕たちが物心ついた頃から村長を務めていて、今でも村一番の有力者である。母親は彼女が生まれてすぐ病気でこの世を去っており、父親は村の女性と再婚している。そのあたりの事情が関係しているのか、昔からままははとの関係に悩んでいた紗季は中学卒業後、全寮制の高校に入学し、大学へと進んだのちに東京で就職したらしい。
 つまるところ、今もこの村で暮らしているのは宮本だけで、僕を含む他の者は全員、別の土地に住んでいるということになる。こうして集まりでもしない限り、顔を合わせることなど出来なかっただろう。
「今ちょうど、篠塚が中学の時に好きだった女の子の話をしてたのよ」
「そうそう、三つ編みが可愛い生徒会の子だったよね。確かこっぴどくフラれたんじゃなかった?」
「おい、やめろって。寄ってたかって古傷をえぐるようなことするなよ」
 紗季と芽衣子が中学の頃と同じ調子で篠塚をからかい、どっと笑いが起きる。昔と変わらないやり取りに自然と笑みがこぼれた。
 長く疎遠だったことを忘れてしまうほど会話を弾ませる一方で、僕はある種の重苦しさを感じてもいた。十二年ぶりに故郷に帰ってきた僕には、彼らとの旧交を温める以外にもう一つ目的がある。軽々しく口にすることが出来ない、とてもデリケートな問題だ。そのことを正直に話せないことが、僕に強い罪悪感を抱かせてもいるのだった。
 懐かしい顔ぶれ。気の置けない仲間たち。そんな彼らに対して僕は……。

続く

作品紹介



ぬばたまの黒女
著者 阿泉 来堂
定価: 748円(本体680円+税)

『ナキメサマ』の著者が送る、ホラーエンタメド直球のどんでん返し第2弾!
神出鬼没のホラー作家にして怪異譚蒐集家・那々木悠志郎再び登場!
生まれ故郷の村が近隣の町に吸収合併されると知り、十二年ぶりに道東地方の寒村、皆方村を訪れた井邑陽介。
妊娠中で情緒不安定の妻から逃げるように里帰りした陽介は、かつての同窓生から、村の精神的シンボルだった神社一族が火事で焼失し、憧れだった少女が亡くなっていたことを告げられる。
さらに焼け跡のそばに建立された新たな神社では全身の骨が折られた死体が発見されるという、壮絶な殺人事件が起こっていた――。深夜、陽介と友人たちは、得体のしれない亡霊が村内を徘徊する光景を目撃し、そして事件は起こった――。
果たして村では何が行われているのか。異端のホラー作家那々木が挑む、罪と償いの物語。『ナキメサマ』の著者が送る、ホラーエンタメド直球のどんでん返しホラー第2弾!
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