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試し読み

「ヤバい」と言われても好きに生きる。はらだ有彩『日本のヤバい女の子』1章まるごと公開!

「国際女性デー」におすすめの本はこれ!
現代女性が自由に生きるための覚醒の書、『日本のヤバい女の子』

3月8日は、女性の権利を考える「国際女性デー」。エッセイストでイラストレーターのはらだ有彩さんが、“昔話”に登場する一見過激な女の子たちの心情に寄り添う日本のヤバい女の子 覚醒編より、今回は特別にまるごと1章を公開します。
取り上げるのは、「機織りの邪魔をすると祟ってくる、世にも恐ろしい〈鬼怒沼の機織姫〉」。苛烈に見える彼女の行動ですが、好きなことに打ち込んでいるときの自分に置き換えてみると――。


日本のヤバい女の子 覚醒編 カバー場象

日本のヤバい女の子 覚醒編
著者・イラスト はらだ 有彩


『日本のヤバい女の子 覚醒編』1章まるごと試し読み

 はじめに──私たちが昔話になる日を夢見て

 昔話の中には、たくさんのエキセントリックな女性がいます。彼女たちはひどく不親切だったり、恐ろしく身勝手だったり、気まぐれで猟奇的だったりします。
 たとえば、「浦島太郎」に登場する乙姫は、開けると老人になる玉手箱を何の説明もなく贈ります。「竹取物語」のかぐや姫は、求婚者たちに無茶なプレゼントを求めます。「古事記」「日本書紀」のイザナミは、腐敗した姿を見られたことに激怒し、黄泉よみの国まで会いにきてくれた夫に襲いかかります。「怪談 たんどうろう」のおつゆは、毎晩好きな男の家の周りをうろつき、り殺してしまいます。
 ストーリー上では、彼女たちはまるで血も涙もない悪女フアムフアタルです。

 しかし、本当にそうでしょうか。
 昔話は人間によって作られ、人間から人間へと伝えられてきました。長い時間をかけて受け継がれた物語には、人々の願いや思惑がり積もります。作者や、語り手や、読者は知らず知らずのうちに登場人物に「果たすべき役割」を背負わせます。
 彼女たちの「役割」を取り払い、素顔をのぞきこんだとき、そこにいるのは私たちと変わらない一人の女の子──血の通った一人の人間なのではないでしょうか。

 決められたストーリーから抜け出した彼女たちと、友達と喫茶店でコーヒーを飲む時のように話し込みたい。「あの時」、考えていたことを教えてほしい。

 ──むかしむかし、マジで信じられないことがあったんだけど聞いてくれる?

 これは昔話の女の子たちと「ああでもない、こうでもない」と文句を言いあったり、悲しみを打ち明けあったり、ひそかに励ましあったりして、一緒に生きていくための本です。

 時に勇気づけられ、時に憎んできた物語の行間から、必要なものだけをすくいあげ、明日も、明後日も生き続けていくかてにする。

 現代をたくましく乗り越えて、今度は私たちが幸福な昔話になる日を夢見て。

 case study 6 仕事とヤバい女の子 鬼怒沼の機織姫

 新卒で入社して五年目、最近仕事がとても楽しい。天職だと思う。生きている限りこの仕事を続けたい。誰の言葉にもどんなセオリーにも邪魔させない、だって私の「ライフ」と「ワーク」なのだから。

 栃木県・かわまたに住むじゆうという若者が山道を一人で歩いていた。いつのまにか道を見失い、花が咲き乱れる沼地に迷いこんだ。見覚えのない場所だったが、弥十にはここが鬼怒きぬぬまであることがすぐにわかった。「川俣には、鬼怒沼という美しい天空の沼がある。沼のほとりでは美しい天女様が一人ではたっている。天女様の機織りを邪魔すると恐ろしい祟りがある」。子どもの頃からそう聞かされて育ってきたのだ。しかし良い陽気である。ぽかぽかと暖かく、花の甘い匂いが広がる。弥十はいつしかうとうとと眠りこんでしまった。
 ……からり、とん、からり。
 何か、物音がする。目を覚まし周囲をうかがうと、弥十が眠っていた岩のすぐそばで娘が機を織っていた。とっさに身を隠す。まちがいなく天女様だ。鬼怒沼のはたおりひめだ。なんて美しく、幸せそうな横顔だろう! おさえようのない気持ちが弥十の中に湧きあがる。……いけない。恐ろしい祟りに遭うぞ。自分に言い聞かせるが体が言うことをきかない。ふらふらと立ち上がる。緊張で唇が乾く。めても舐めてもかさついてしようがない。
「て、天女様」
 気づくと、娘の腕をつかんでいた。にわかにあたりが静かになる。からり、とん、という機の音がやみ、娘は動きをとめていた。弥十のまなざしは腕から肩をつたい、着物に透ける乳房を辿る。乳房の上の白い首を。首の上の、美しい顔を──。
 その顔は怒りに満ち満ちていた。次の瞬間、弥十はもの凄い力で投げ飛ばされていた。人間の腕力ではない。ようやく我に返り必死で走り出したが、もう遅かった。逃げ惑う弥十に向かって娘が機織りのを投げつけた。顔面にもろに食らい、倒れこむ。額から赤い血が噴き出る。機織姫の姿は消え失せていた。
 その日の夕方、弥十は血と泥にまみれて帰ってきた。何を聞いてもぼんやりして要領を得ない。ただその手に美しい杼だけを握りしめていた。
 弥十はどんどん衰弱し、やがて命を落とした。村人は機織姫の祟りだと囁きあった。

 鬼が怒ると書いて鬼怒沼。「鬼」と「怒」の字は後で当てられたと言われているが、それにしてもバチギレである。彼女の怒りを現代に置き換えると、次の見開きのイラストのようになるだろうか。




 機織姫は一心不乱に働いていた。働く理由というものは人それぞれだ。人の数だけ働く理由がある。だが、あたり一面すばらしい景色が広がる楽園のような場所で、機織姫はピクニックもせずに手を動かしていた。彼女が天女なのであれば、労働しなくても飢えることはないはずなのに。
 彼女の出自はよくわからない。鬼怒沼に住んでいること、一人で機を織っていること、邪魔すると祟りがあること。機織姫の設定はこれだけしか明かされていない。なぜ機織りをしているのか、なぜここに一人で住んでいるのか、織った生地をどうするのかも伏せられている。
 機織りが古い時代から女性の仕事だったというのは定説だ。二十世紀初頭、ドイツで設立された美術・工芸の総合教育機関バウハウスでは、女生徒は織物を学ぶよう誘導されたという記録もある。機織姫が自分の仕事を気に入っていたのか、それともしぶしぶ取り組んでいたのかは定かでないが、とにかく彼女は働いていた。機織りが彼女にとってのライフワークであればその人生が、遊びたいのを我慢して生活のために働いているのであればその精神が、織り機を絶え間なく動かしていた。
 そこへ突然よく知らない人間がやってくる。ろくに話したこともないその人間は物陰からじろじろと視線を送り、しつけに体に触れる。機織姫はとても困った。腕を摑まれたら作業ができないではないか。この人間が彼女の仕事に関係する人物ならよかった。たんもの屋さんとか、呉服屋さんとか、機械のメンテナンスに来た人であれば。そして、彼女の仕事に関係する話題であれば。しかしそうではなかった。よく知らない人物は腕を摑んだまま、彼女をうっとりと見つめ、「天女様」とか「きれいだ」とか言った。投げかけられたのは仕事とも人生とも精神とも全く関係ない、容姿やたたずまいへの興味だった。
 思い当たるふしがないでもない、という人もいるかもしれない。仕事の内容と関係のないコメントに遭遇すること。不当に邪魔されたり疎外されたりすること。毎日の暮らしの中でこういうことにエンカウントするのはとつぜん交通事故に遭うようなものだ。
 機織姫はをぶん投げて邪魔者を払いのけた。杼とはよこいとを収めた、棒状の小さな道具だ。彼女は仕事を邪魔されたとき、仕事のための道具で反撃した。彼女にとって機を織るという仕事は誇りであり、武器だったのではないかと私は思う。
 伝承されていくうちに枝分かれし派生した「鬼怒沼の機織姫」のバリエーションには、弥十の反撃を受けて、機織姫の方が姿を消したというエンディングもある。消えてしまった彼女はどこで暮らしているのだろう。今も織り機に向かっているだろうか。それともまったく別のことをしているだろうか。幸福でいてくれれば私はどちらでも構わない。だけど彼女の織った生地のたていとよこいとの重なるいちもく一目がもう見られないとすれば、こんなに悲しいことはない。

    *

 もしも弥十が機織姫の美しさではなく彼女の織った生地について話しかけていれば、次のような物語になっていたかもしれない。

 ──弥十はその美しい絹にふらふらと吸い寄せられていった。こんなもの今まで見たことがない。興奮して思わず機織姫の肩を摑む。

 信じられない、マジでイケてますね! どこからインスピレーションを? 門外漢の意見だけど、ここはもっと流れのある構成にしたくなりそうなところを、敢えてこういう風にした意図を聞いても? それにしてもよい発色ですね。一緒に何かできれば嬉しいな。もうこの仕事を始めて長いの? 一番最初に織ったもの、見てみたいな。

 素晴らしい意匠の前に、興奮は尽きず夜が更けていく。朝日が昇り、心配した家族のもとにぼろぼろに疲れ果てた弥十が帰ってくる。彼の手には二人が意気投合して作ったたくさんの試作品があった。そのどれもがこの世のものと思えないほどエポックメイキングなのだった。



(他の章は本書でお楽しみください)

「女はこうでなきゃ」にモヤっとしたら、『日本のヤバい女の子』を開いてみて

“昔話”として語り継がれるうちに「ヤバい」ことにされてきた女の子たち。
彼女たちの人生が「めでたしめでたし」になるよう、著者のはらださんが考え抜いたエッセイは日本のヤバい女の子 覚醒編日本のヤバい女の子 抵抗編でお読みいただけます。
腹の立つこと、怖いことがあったとき、「女の子なんだから」と言われてモヤモヤしたとき、きっと寄り添ってくれるはずです。


はらだ有彩さん直筆、「好きなように生きてめでたし、めでたし」画像

はらだ有彩さん直筆、「好きなように生きてめでたし、めでたし」


作品紹介



日本のヤバい女の子 覚醒編
著者・イラスト はらだ 有彩
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2021年09月18日

ヤバい、つまり、最高。人生の波を乗り切るため”ヤバい”女子の声を聞け!
日本の”昔話”には、過激な女の子が登場する。説明もなく危険な玉手箱を手渡す「乙姫」。夫と喧嘩して現世の人の命を奪う「イザナミ」。男装して宮廷で働き、女性を妻とした「女右大将」――彼女たちは”ヤバい”変わり者だったのだろうか? 物語が女の子に貼りつけたレッテルを丁寧に剥ぎ取り、一人の人間としての姿を文章とイラストで描き出す。現代に生きる私たちが固定観念から自由になり、たくましく生きるための覚醒の書!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000330/
amazonページはこちら

はらだ有彩の本



日本のヤバい女の子 抵抗編
著者・イラスト はらだ 有彩
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2021年11月20日

怒るのが苦手でも、不条理に抵抗する。物語の女子に生き方を学ぶエッセイ集
年を取ったから/体型が標準じゃないから/趣味が変わってるから……様々な形で否定される不条理に昔話の女子はどう抵抗したのか?新鋭エッセイストはらだ有彩の代表作『日本のヤバい女の子』続編が文庫化!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000331/
amazonページはこちら



ダメじゃないんじゃないんじゃない
著者・イラスト はらだ 有彩
定価: 1,650円(本体1,500円+税)
発売日:2021年10月29日

それって本当に「ダメ」なこと? 生きやすくなるための思考実験エッセイ!
この社会で「別にダメじゃないのに、なんかダメっぽいことになっている」アレコレ。
ちょっと立ち止まって、一緒に考えてみませんか? 
『日本のヤバい女の子』著者による、「ダメ」の呪いを解いて明日が生きやすくなる思考実験エッセイ集!

フレンチで女が「おあいそ」するのは? 男の子がコスメと生きるのは? 女に性欲があるのは?
ベビーカーが「ベビーカー様」なのは? 産休・育休で仕事に「穴を開ける」のは? 怒ったときに思わず乱暴な態度と言葉遣いになるのは?
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自分でもよく分からないまま「ダメ」だと思い込んでいることはたくさんある。「ダメ」の大海原に漕ぎだしてみた!

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イラストもたっぷり!
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