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試し読み

お前は、誰を守ろうとしてるんだ?――三羽省吾最高到達点!衝撃ミステリーサスペンス『共犯者』試し読み

 そこまで説明したところで、幡野が「なるほど」と口を挟んだ。
「土建屋が死体遺棄に絡んでいるとしたら、大規模な工事現場で地中や基礎部分に埋めて、半永久的に見付からないようにすることも簡単だったはずだわな」
「そうです。実行犯は、その土建屋か反社に敵対する者。そして、殺害の動機までは分かりませんが、遺棄の目的はあの現場に捜査の目を向けさせることだったんじゃないでしょうか。つまり事件の構図そのものは、編集長のおつしやる通り田舎ヤクザのいざこざってことになりますが……」
 宮治を含む七人の編集者はオーバル形の打ち合わせテーブルに着いているが、幡野だけはその短辺に向き合った自分のデスクに座ったままだ。山積みの本と資料に囲まれ、椅子が四十五度以上回らない。幡野はその四十五度を目一杯使って椅子を左右に回しながら「ところが、か」と言った。
「土建屋、不法投棄場、反社、お上の目こぼしとくれば、地元の有力者への不正献金と大規模工事の談合ってのがお決まりだな。ずいぶんと昭和チックだが、地方じゃまだまかり通ってると聞く。不法投棄場がシノギの一つだったのは昔話だとしても、事務所にも捜査の手は入るわな。なるほど、お前が目を付けたのはそこか」
 若い女性編集者が、メモを取っていた。彼女の企画提案は、今まで通ったことがない。この事件が気になるということではなく、編集長を説得する宮治の話の展開をメモしているようだ。その隣、彼女と同期入社の男性編集者は、仏頂面で腕組みをしたままだ。
「まだ想像の域を出ませんが」
 そう前置きして、宮治は説明を続けた。
 いまだにその土建業者から多額の献金を受け取っている有力者がいると考えれば、捜査本部が事件の報道を抑えようとしている動きも納得出来る。恐らく市町村議会議員のレベルでは、そこまでの力はない。県議会議員、若しくは国政に携わる地元出身者が絡んでいる可能性がある。遺体が見付かってしまった以上、かつての不法投棄場に捜査の手が伸びるのはしょうがないにしても、そんな土建業者との繫がりが公になるのは非常に困る。一般の報道もワイドショーもネット上の「祭」も、なんとしても収束させろという圧力が掛かっているのではないか。
「つまり犯人を確保することなんか、捜査本部にとって二の次なんです。他社が横並びで被害者の過去に目を向ける中、後追いのウチがそこを抜いてやるのも一興でしょう」
 幡野は椅子を回すのを止め、パイポを耳に挟んで考え込んだ。聞き取れない声で何事かつぶやき、数秒後に「よし、やってみろ」とひざを叩いた。
「まずはどこから当たる」
「手始めに土建屋と反社の線を洗って、岐阜、富山、石川県警にブラフをかましてみます」
 幡野はまた椅子を左右に回してから「取り敢えず一週間だな」と言った。
「いえ、少なくとも一ヵ月は必要です」
「よし、二週間で手を打とう。それで一回目の原稿が書けなければ、この件は諦めろ」
「分かりました。逆にごたえのあるものが書けた場合、長期連載も想定して下さいよ」
 遊軍的な扱いとはいえ、宮治にも受け持ちのページがある。記事は出先から送ればいいが、外部ライターとの打ち合わせや原稿のやり取りなど、東京にいなければ出来ない仕事も少なくない。長期出張となれば、これらを誰かに代行してもらう必要がある。
いしづかたまちゃん。そういうわけで、悪いがまた宮治のフォローを頼む」
 幡野が若手二人に言うと、熱心にメモを取っていたたまが顔を上げて「はい!」と元気よく答えた。もう一人指名された石塚は、ボールペンをクルクル回しながら顔も向けずに「へいへい」と答えた。
 その後、編集会議は芸能人の不倫や政治家の失言などについて三十分ほど話し合われ、散会した。
「ちょっといいか」
 他の編集者たちとともに席を立とうとする宮治に、幡野が声を掛けた。無精ひげと呼ぶには伸び過ぎているほおひげでながら、あごをしゃくって喫煙ルームを示していた。

 一九五〇年代に船舶関係の専門書を扱う出版社として始まった帆風社は、バブル期にマリンスポーツと海洋レジャー施設に特化した雑誌社として全国的に知られるようになる。しかしドル箱だった雑誌は九〇年代後半に軒並み休刊し、今ではストリートファッションや改造車など、いわゆるヤンキー系雑誌で認知される出版社となっている。
 今世紀初頭に創刊された『真相 BAZOOKA』も、当初は各地の暴走族や半グレ集団の歴史と力関係ばかり扱う雑誌だった。しかし恐ろしくニッチなネタ故に、十年ほど前から政治、経済、芸能、社会ネタも扱う総合情報誌に方向転換する。
 この時に他社から引き抜かれたのが、当時四十代半ばの幡野だった。幡野は優秀な記者でいくつかスクープもものにしたが、劇的な売上げ向上には繫がらなかった。五年前に編集長に就き、自ら動き回って記事を書きまくるわけにいかなくなってからは、他社の後追い記事やセックス特集が圧倒的に多くなっていた。
 そして三年前、宮治は取材やパーティーで顔見知りだった幡野から声を掛けられた。そして遊軍記者として好きなように動いていいという口説き文句で、誘いを受けた。
「また例の〝匂い〟か?」
 ショートホープをくわえた幡野にたずねられ、宮治は火を差し出しながら「まぁ」と答えた。
 一つの事件にこだわって幡野を説得しようとするとき、宮治はよく「匂うんですよ」という言葉を使った。最初は取り合ってもらえなかったが、いくつかスクープをものにすることで、幡野も宮治の嗅覚に信頼を置いてくれるようになった。
「もうちょっと、こう、具体的な表現はないもんかな。上を説得するには、勘も匂いもあいまいであることには変わりねぇし」
 クールに火をけながら、宮治は「前にも説明した通りなので」と頭を下げた。
 宮治のこの嗅覚は、事件記者になってから身に付いたものではない。ごく幼い頃から、物事にはすべて裏があると思って生きてきた。したがって、記者の勘には当てはまらない。
「家庭環境のせいだと思います。いや、特別変わった環境ってわけでもないですが」
 以前、幡野にだけはそう説明したことがある。結果が出ていることもあり、幡野はその曖昧な説明をんでくれたようだが、会社の上層部には通じていない。
「また上からなにか言われましたか」
「そっちは問題ない……なんて言うとまたお叱りを受けるが……問題は編集部内だ」
「ってことは、しろさんかむらくん辺りですか?」
 普段から宮治を避けているように感じられるベテランと中堅記者の名前を挙げたが、幡野は「違う、石塚だよ」と即答した。
「あぁ、そうか。彼も近頃、露骨に態度に出してますね」
 帆風社入社以降、宮治は自分の嗅覚を信じ七つの事件、疑惑、スキャンダルを独自に取材し記事にした。その中で大学病院の医療事故いんぺい、大手銀行の違法融資、古株与党議員の常習的買春は、他メディアも飛び付いて大きな騒ぎとなった。それによって『真相 BAZOOKA』の売上げが伸びたのは一時的なことだったが、業界内では「ただのゴシップ誌ではない」「次はなにに手を出す」といった感じで一目置かれるようになった。
「八代や村田がはっきり文句を言わないのは、その経緯を実際に目撃しているからだ。ただ石塚は入社して間もないから、お前だけ自由に取材することや、それによって自分や玉ちゃんの仕事が増えることに不満を持ってる」
 宮治の武器は、新聞社と大手出版社でキャリアを積んだことで、記者クラブ、テレビ業界、地方紙などに広がっている人脈だ。しかし、なにか問題が起きた場合、すべて宮治個人の判断だったと主張出来るよう、そのネタ元は幡野にも明かしていない。
「そんな芸当、一朝一夕に出来るもんじゃない。そう言ったんだがな、あいつはどうもピンと来てない。そこで一つ相談なんだが」
 立て続けに二本目に火を点けながら、幡野が続けた。
「今回の取材、石塚も同行させてやってくれないか」
「どういうことですか? 彼は俺のやり方を嫌ってるんでしょう」
「分かってないなぁ、裏返しだよ。自分にも自由を与えてくれれば、宮治さんと同じくらいの記事は書ける。しかし今のように目の前の仕事に追われていたのでは不可能だ。そう思ってるんだよ、奴は。つまり、お前にあこがれてるんだ」
「はぁ?」
「時間がないからいい記事が書けないなんて最低の言い訳だって分からせるには、あれこれ説明するより、お前のやり方をじかに見せてやるのが手っ取り早いだろう」
 ボールペンを回しながら「へいへい」と返事をする石塚の姿が思い起こされた。とても憧れの対象を前にした態度とは思えない。
「玉田なら分かるけど、石塚か……」
「玉ちゃんは駄目だぞ。ホテル別室にしないといけないし、二週間も出張費を出せない」
「そういう意味じゃないですよ」
 クールをみ消し、備え付けのウォーターサーバーで水を一杯飲んでから、宮治は「やはりお断わりします」と言った。
「最初の二週間は事件関係者に会いまくるだけなんで、それほど勉強にはならないですし」
「でも、そろそろ若手を育てるって意識も持ってくれよ。まずは、最近の若手の言葉や態度の裏を読むことから覚えるように」
 会社の上層部と部下たちとの板挟みで、幡野もつらい立場なのだろう。上と下の調整弁になりながら、会社と編集部の五年後、十年後を見据えなければならない。
 そんなふうに思いはしたが、同時にこらえ切れず口元に笑みが浮かんでしまった。
「幡野さんこそ、最近の若手の生態、学んだ方がいいですよ」
「どういう意味だ」
「玉田のこと玉ちゃんて呼ぶの、止めた方がいい」
「え? なんで?」
 宮治は答えず、一礼して喫煙ルームを出た。
「そういうのもセクハラ? 俺、ひょっとして玉ちゃん……玉田に嫌われてる?」
 幡野の声がまだ背中に届いていたが、振り返らなかった。


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