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試し読み

お前は、誰を守ろうとしてるんだ?――三羽省吾最高到達点!衝撃ミステリーサスペンス『共犯者』試し読み

デビュー20年!三羽省吾最新作『共犯者』試し読みを大ボリュームで特別公開

岐阜県山中で起こった殺人事件。週刊誌記者の宮治は事件を追うにつれて、自分の弟がなんらか事件に関わっているのではないかと疑念を抱いていきます。報道の使命か、家族を守るか……憎悪と献身のサスペンスミステリー『共犯者』、その一部を大ボリュームで公開いたします。


共犯者
著者 三羽 省吾
定価: 1,870円(本体1,700円+税)


『共犯者』試し読み

   一

 夜の海が、目の前に広がっている。
 月も星もいさりもなく、辺りは真っ暗だ。ただかすかに、黒い海が音もなくうごめいているのがぼんやりと見える。
 波は、ムンクが描く不穏な空のように黒の上に黒を重ねながらより黒くなり、渦を巻いてうねる。遠近感がつかめず、気を許すとそのうねりの中にみ込まれてしまいそうだ。
 帰ろう。そう思うのだが、何故か身体が動かない。暗い海から目をらすことも出来ない。足を踏ん張ろうとするが力が入らない。
 怖くて、悲しくて、涙が流れ落ちる。
 泣きながら、しかしみやかずは頭の片隅で冷静に〈あぁ、またこの夢か〉と思う。
 昔から繰り返し見る夢だった。たまに、実際に枕をらしていることもある。
 ふと、今回はその夢の中で何度か小さな音を聞いたような気がした。そういえば、指先になにかが触れたような気も……。

 夢から覚めて、その音と指先の感触が、アラームを繰り返し止めていたせいだと気付いた。目を開けると、広げられた地図と数枚の写真、新聞や雑誌のコピー、ノートパソコン、ショットグラスが見えた。グラスの中で、溶けた氷とバーボンが二層になっている。
 ベッドではなくソファの上だということ、仮眠のつもりで横になったことを思い出した。
「うわ、やっべ」
 時刻は午前十一時になろうとしていた。
 出版社の雑誌記者である宮治は、基本的に出社は自由だ。取材で飛び回っている場合は、メールや電話を入れるだけで何日も出社しないこともある。そんな時は、週に一度の編集会議への出席も例外的に免除される。
 だが今週は欠席するわけにいかなかった。その為に一晩中、情報を整理していたのだ。一時間だけ横になってから文書にまとめようと思っていたのに、三時間も眠ってしまった。頭の中で考えがまとまったことで、安心したらしい。
「まったく、自分に甘いって言うか、詰めが甘いって言うか……」
 独りごち、重い身体をソファから引きがすようにして、宮治は洗面所へ向かった。
 今から文書化していては間に合わない。口頭で伝えるしかない。
 取り込んだままの洗濯物が、リビングの隅で山になっている。その中からポロシャツと靴下を引っ張り出して着替え、寝癖のついた頭のまま自宅を出た。

 その遺体が発見されたのは今から約二ヵ月前、四月中旬のことだった。
 発見現場は岐阜県北西部、しらかわごうで有名な白川村のダム湖、湖畔から南西へ約三キロの山中。通報者は、犬を連れて散歩をしていた近隣住民だった。
 遺体はブルーシートにくるまれ、着衣はあったものの身元を示すような所持品はなく、歯を含む顔面から首元にかけてと、手指が著しく損壊されていた。
 発見直後の警察発表によると、遺体は四十代から六十代のアジア人男性で、身長約百八十センチ、体重約七十五キロ。死亡後三日から一週間以内。顔面と手指の損壊は死後のもので、直接の死因は窒息。ひも状のものによる絞殺だが、後頭部にも鈍器による殴打こんがあった。それはがい骨を陥没させており、何者かに背後から殴られて抵抗不能となった後に、絞殺されたものと推察された。
 岐阜県警は殺人死体遺棄事件と断定し、たかやま西部署に二十人態勢で捜査本部を設置。遺体損壊の手口から反社会的勢力による犯行の可能性があった為、捜査員には県警刑事部組織犯罪対策課からも複数動員された。
 しつそう者の中に該当もなく、被害者の身元特定には時間が掛かると思われたが、発見から一週間後には公表される。
 被害者の氏名はごうゆう、年齢五十四歳。本籍は岐阜県じよう市だが、遺体発見当時の住民票は東京都すぎなみ区にあった。しかし杉並区に生活実態はなく、住民票に記載されたアパートは何年も前に家賃滞納で退去させられていた。実質的には住所不定、職業も不詳だ。
 佐合の四十歳前後の頃とおぼしき顔写真と、発見時に身に着けていた靴や衣服の写真が公開された。それは全国紙に掲載され、テレビの全国ニュースでも取り上げられた。
 ワイドショーは、被害者の生前の暮らしぶりに謎が多いことと、遺体の損壊がしつようであることを扇情的に報じた。同時に、インターネットの掲示板やSNSで「祭」が起き始める。佐合がどこでどのように生活していたかに関する、真偽不明の書き込みだ。
 とうの温泉付きヴィラで悠々自適だった……西にしなりで生活保護を受けながら、車を所有していた……医者を脅して診断書を書かせ、障害年金も受け取っていた……詐欺や傷害で逮捕歴がある……とうかい地方でヤクザをだまして大金をせしめたらしいので、それが原因で消されたに違いない……。
 大きな事件や事故、芸能スキャンダルなどが少ない時期だったこともあってか、その「祭」は今も続いている。ワイドショーも同様で、生活実態が分からない人間が現代社会にいかに多いかという話題で盛り上がっている。
 これほど世間の注目度が高い事件にもかかわらず、捜査本部から新たな情報の公表はほとんどない。捜査が行き詰まっているという見方も出来るが、既に分かっている事実にも、伏せられている部分は多いような気がする。
 例えば遺体の損壊方法は刃物か鈍器か、それとも焼かれたのか。あるいは、指紋も面相も歯の治療痕も分からない遺体の身元が、どういう経緯で判明したのか。これらは記者クラブから質問が出ているはずだが、どのメディアでも報道されていない。いわゆる秘密の暴露につながるのならその旨の説明があるはずだが、それもなかったらしい。
 そんな、この手の事件の通例とは異なる部分が、宮治の想像力をかき立てる。
 最初に勤めた新聞社で記者のイロハをたたき込まれた五年、転職先の大手出版社で我武者羅に働いた七年。その十二年の経験を経て、宮治が弱小出版社『はんぷうしや』に入社して三年が経つ。二度の転職には様々な事情があり、会社の規模は格段に小さくなったが、それは遊軍記者として好きなことを好きなように書ける立場を求めた結果でもある。
 十五年のキャリアは、記者として決して長いものではない。だがどの会社でも文芸、スポーツ、芸能担当などへの異動を断わり、事件記者として経験を積んで来た自負もある。
 その自負に基づくきゆうかくが、過去にものにしたスクープ同様、独特の「匂い」をぎつけていた。

「まだあきらめてなかったか」
 週刊誌『真相 BAZOOKA』編集長のはたが、禁煙パイポを激しく上下させながら言った。
「前にも言ったが、掘ったところで、出るのは田舎ヤクザのいざこざくらいだぞ」
 同席していた何人かが、緊張を解くようにためいきを吐いた。
 週に一度『真相 BAZOOKA』発売日に行なわれる編集会議では、次号のしんちよく状況を確認し次々号の内容を決定する他に、編集者全員から向こう数ヵ月分の企画提案が行なわれる。宮治はここ数週間、繰り返し白川村殺人死体遺棄事件に関する連載を提案しているが、様々な媒体で取り上げられ新鮮味がないという理由で却下され続けている。
「暴力団絡みの線は否定しませんが、それにしては気になる点が三つほどあります」
 宮治が言うと、幡野は「聞こうか」と身を乗り出した。
 幡野に企画提案を何度か却下されるのは、いつものことだ。しかし殆どの場合、企画そのものが駄目というわけではない。事件を調べ直し、公表されていない事実を摑むか、宮治が感じた疑問や違和感、そこから導き出される可能性と記事の方向性を提示すればゴーサインが出る。つまり「世間の前に、まず俺に注目させてみろ」というのが、幡野のスタンスだ。
「まず気になったのは、遺体損壊の手段が公表されていないことです。岐阜で警察担当サツタンをやってる新聞社時代の同僚に聞いたんですが、捜査本部は捜査に関わることなので教えられないの一点張りだそうです」
「それは言葉の通りなんじゃないか? 過去に似たような遺体が上がった未解決事件があれば、えて伏せることは珍しくない」
「自分が調べた限り、東海からかん西さいまで範囲を広げても、類似の事件で未解決のものは十年以上ありません」
 他の編集者たちは、黙って幡野と宮治のやり取りを聞いていた。大手出版社の週刊誌なら四十人前後、中小でも二十人程度いるのが普通だが、『真相 BAZOOKA』の専属編集者は幡野と宮治を含め八人しかいない。グルメ、ファッション、ブックレビューなどは社内の他の編集部に助けてもらえるが、それを加えても関わる人員は最大十二人。外部ライターや作家も数人しか使えず、専属編集者一人一人の仕事量は異常なほど多い。
「次に気になったのは、捜査本部の移動と他県への応援要請です」
 遺体発見直後、高山西部署に設置された捜査本部は、一ヵ月後に岐阜県警に移った。規模は三十人に拡充され、新たに加わったのは富山、石川、両県警の捜査員だ。
「これも同じ人間からの情報です。各捜査員の所属部署までは、分かりませんでしたが」
「遺体が他県から運ばれたと断定しての合同捜査か? 愛知や滋賀なら分かるが……」
 幡野が天井を見上げた。地図を思い浮かべていることが宮治にも分かった。
 他の内陸県と比べて、岐阜はただ隣接県が多いというだけでなく、少し特殊な事情を持つ。南部はに近接しけいはんしんにも近く、二つの大都市圏に挟まれている。交通網も他の内陸県と比較して発達している。つまり人の出入りが激しく、見慣れないナンバープレートの車が走っていても、さほど目立たない。
 逆に北部は、福井、石川、富山、長野と隣接しているものの、りようはく山地や高地があり、行き来が容易とは言い難い。遺体の発見は四月中旬なので雪に阻まれる季節ではないものの、愛知、三重、滋賀ではなく、富山と石川県警の捜査員が加わった点が気に掛かる。
「つまり富山と石川両県は、生前の被害者がいた場所、しくは被疑者の居住地、或いは殺害現場として特定されているのではないかと」
「それは確かに妙だな。不審車両が特定されたとか、殺される直前の被害者の動きが分かったなら、普通は広く市民から情報を求めるよな」
 宮治は「気になる点の三つ目が、その理由かもしれません」と続けた。
「遺体の発見現場は高山市の土建屋が所有する山で、現在は建材の保管場所ですが、以前は広範囲から産業廃棄物を受け入れる不法投棄場でした」
 宮治は遺体の第一発見者である男性から、電話でこの話を聞いた。その投棄場はかつて、正規の七割くらいの金額で産廃を受け入れ、かなりの利益を上げていた。管理体制はずさんで、自然発火による小火ぼやもたびたび起こり、近隣の山の所有者は土壌と地下水の汚染を恐れたけのこまつたけも食べられないと嘆いていたのだが、土建業者の「あくまで一時保管場所だ」という主張で、警察も自治体も引き下がっていた。その土建業者は反社会的勢力と繫がりがあり、投棄場の利益はシノギの一つとなっていたと言う。
「現在はただの資材置き場だとしても……」


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