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試し読み

書店員の支持も絶大! いま読むべき中華ファンタジーの大本命『後宮の検屍女官』試し読み#3

4月23日に発売された『後宮の検屍女官』。
居眠りしてばかりの女官&イケメンだが腹黒(?)な宦官のコンビが、後宮を揺るがす騒動に【検屍】で挑む、斬新にして骨太な中華ミステリです。
独創的なアイデアと確かな筆力で、角川文庫キャラクター小説大賞〈大賞〉〈読者賞〉ダブル受賞。選考委員・書店員も太鼓判の力作です。
発売に先駆け、特別に試し読みをお届けします!

『後宮の検屍女官』試し読み#3

「どうしました!」
 延明えんめいが声を頼りに駆けつけたのは、まさにくだんの李美人がくらしていた殿舎、そのうしろにある、美人つきの宮女たちがくらす舎房だった。
「へ、へきりんが、碧林が!」
 戸を壊す勢いでへやから飛びだしてきた女は叫び、両手で顔を覆ってその場にへたりこむ。すでに休んでいた宮女たちもなにごとかと集まり、彼女と、半開きになった戸を囲んでいた。
「どいてください。なかを見せて……」
 女たちをかき分けてなんとか房に滑りこむと、手に提げていた灯ろうが異様な光景を照らし出す。
 女だ。
 せまい房のなか、年若い宮女が臥牀ねどこに横たわっていた。
 髪は乱れ、眼は半開き、口はなにかを威嚇するように歯ぐきをむき出しにしてかみしめている。姿勢は腹をこちらにむけて弓なりに反りかえり、その不自然な姿勢のまま身じろぎひとつしない。──ひと目ですでにこときれていると理解できる様相だった。
「これは、なにがあったのです……!」
 延明が問いただすと、やじ馬たちがひとりの女をいっせいに見る。悲鳴をあげてこの房から飛びだしてきた女だ。
「わ、わたしは、なにも……」
 女は白髪の交じりはじめた髪をゆらし、駄々をこねるように首を振る。だが、なにかを隠していることは明らかだった。
 延明は房を出て、やじ馬たちに戻るよううながした。それから発見者であるらしき女を戸の前に座らせ、自身は隣にぴったりと寄り添って腰をおろす。彼女の手に延明の大きな手を重ねて「大丈夫です、落ちつきなさい」とささやけば、いとも簡単に頰を赤らめた。
 なんともちょろいものだ。延明はほのぐらい思いで口端をあげる。
 延明がさんしつ(腐刑の処置室)で性を切りとられたのは二十歳の時。すでに成人していたから、幼少期に宦官となった者たちと違い、肩幅は広く手も大きい。顔も体も十分男らしさを残しており、それが女ばかりの世界にくらす彼女たちにどう作用するのか、延明はよく理解していた。
「名前をきかせてもらえますか?」
「……です。こう莉莉」
 では莉莉、と呼べば、はじめて酒を口にした少女のように延明を見つめてくる。
「中で亡くなっている宮女について、なにがあったのか教えてください。私も担当官に報告しなければなりません。わかりますね?」
「はい。でもあの……」
「小棚の上に生薬らしき物の入ったわんがありました。正直に話してくれなければ、あなたがなにかよからぬものを飲ませて死に至らしめたのだと、そう誤解を招く恐れがあります」
「あれはっ、違いますあれはあの子のための薬なんです! 毒じゃありませんっ!」
「舎房でくらすたかだか宮女に、高価な薬ですか。なんとも怪しすぎてかばいようがない」
 すこし脅してやると、高莉莉は血相を変えてしゃべりはじめた。
「あの子は碧林っていいます。あんな粗末な舎房にいましたが、ほんとうは私とおなじ李美人さまの侍女なんです。ただ、その、さいきん具合が悪くて寝こんでいて……」
「病ですか。病を得た者はぼうしつで隔離されねばならないとは、知っていますね?」
「はい。でも、あの子が体調をくずしたのは李美人さまが病で亡くなった翌日のことで、隠した方がいいって、みんなが……」
「なるほど。三区で流行はやり病だなどとうわさが立つのは困るでしょうからね」
 彼女たちがやったことは、延明にも理解できなくはない。仕えるひんがいなくなった女官たちの立場は非常に不安定だ。脱却するためには、他の妃嬪からの引き抜きや配置換えを待たなくてはならない。なるべく条件のいい高級妃嬪に引きとってもらおうと考えるならば、流行り病の疑いなど、絶対にあってはならないのだ。
「心配せずとも大丈夫ですよ。碧林が自分であの房に閉じこもったのだ、ということにして差し上げましょう。暴室行きはだれもがいやがることですから、なんら不自然ではない」
 暴室は病を得た女官や宮女の隔離施設であると同時に、罪を犯した者を収監するための獄でもある。医院ではないので治療を受けられるわけではなく、自然治癒するか死ぬかをただ待つだけのろうごくなのだ。行って戻ってくる者など皆無に等しい。
「ところで、小棚にあった薬湯はどこから?」
くりやを見ていただければわかります。李美人さまはとてもお優しいかたで、女官がいつでも使えるようにと薬湯の材料を常備してくださっていたのです。せいぜい体力をつける程度のものですが、私は彼女のもとへ毎日それを届けていました。ああ……でも、こんな……!」
 高莉莉はおびえた目でぎゅっと体をかき抱き、暗闇につつまれた周囲を見まわした。
「や、やはり、死王なのですか……死王が、碧林を……?」
「なぜここで死王が出てくるのですか」
 延明はうんざりだとばかりにめ息をついた。
「落ちついてください。病だったのでしょう? ならば病死です」
「でも、わたし言いましたよね、あの子が不調を訴えたのは李美人さまが亡くなった翌日なんです……。頭が重い、熱っぽくてだるい、と。こんな偶然がありますか!?」
 高莉莉は大きく震えた。
「冷静に。よいですか、頭重に熱、けんたい感、これらはまさに風邪の症状でしょう? 呪いとは風邪なのですか? 違うでしょう? 風邪をこじらせて亡くなるなど、珍しいことではない」
「で、でも……あの死に顔を見ましたよね!?」
 興奮する高莉莉の背をさすりながら、延明はわずかにまゆをよせる。
 たしかに、ひどい形相ではあった。あれは歯をみしめているというよりは、歯ぐきまでむき出すようにしたわらい顔だった。そして、不自然なほど弓なりに反った姿勢。
 正直、尋常とは言いがたい。
「……よほど苦しんだのでしょう。恐れるのではなく、あわれに思ってやりなさい」
 適当なことを言いながら、延明は内心で頭を痛めた。
 あの、碧林という侍女の死に顔を、いったい何人のやじ馬が目撃しただろう? その中に、幽鬼だの呪いだのというばかげたうわさを信じる者は、何人いる?
 ──多いだろうな。信じない者よりも、ずっと。
 おそらく、明日あしたには死王のうわさはさらに膨れ上がるのだろう。死王を産んだ李美人の侍女が、怪死をとげたのだ。なんと間の悪い。
 ──このままでは、中宮娘娘ニヤンニヤンの評価がさがってしまう……。
 百官を率いて外廷を治めるのは皇帝。女官を率いて内廷を治めるのは皇后である。
 あまりにも死王騒動が膨れれば、後宮の管理者としての立場上、皇后が責任を問われかねない。なにせ皇帝は皇后つまを愛していないのだ。これ幸いと廃后にして、ちようである梅しようを新たなる皇后に冊立してもおかしくはない。
 皇帝自らが切りださずとも、梅婕妤のがいせきらが黙ってはいないだろう。
 ──さて、これからどう手をうつべきか……。
 延明が思案に沈みかけたとき、手提げ灯ろうが目の前を横切った。いや正確には、すっかりと存在を忘れ去っていた夜警女官、桃花とうかが高莉莉の前へと進み出たのだった。
 高莉莉はおどろいたように彼女を見つめた。
「あなたは、たしか梅婕妤さまの侍女の……」
「はい、桃花です」
 おや、と延明はまたたいた。
 夜警は下級女官の仕事だが、どういう理由でか、それなりに地位のある侍女がまぎれこんでいたらしい。それも、この後宮を牛耳る梅婕妤の侍女だったとは。
 桃花は高莉莉をなぐさめるようにそっと背に手を添えると、そのおっとりとした口調で尋ねた。
「薬湯は、毎日お運びに?」
「え、ええ。毎日、夜に……」
 高莉莉は困惑しつつも、これにこたえた。しかし桃花はこまったように小首をかしげて見せる。
「ですが、へやにあった椀はすっかり生薬が沈みきってほこりが浮いていましたけれども。あの薬湯の椀は、いったいいつのものなのでしょう?」
「あ、あれは……、その」
 高莉莉は視線をゆらし、それから深くうつむいた。
「──ごめんなさい、ウソです。いえ、毎日運んでいたのはほんとうです。でも、それはその、四日前までで……三日前からは、運んでいませんでした」
 怖くて、と高莉莉は両手で顔を覆う。
 四日前といえば李美人のひつぎが暴かれた日で、瞬く間に死王のうわさが流れはじめたころだ。
「なるほど、病に苦しむ彼女の姿を見て、死王のしわざではないかと恐れたわけですか」
 延明がつい冷ややかに笑うと、桃花がとがめるような目で延明をたしなめてきた。
 なぜだ、とやや不服に思う。桃花こそ、高莉莉の薄情を責めるためにそういう質問をしているのではないのか。
「高さん、もうひとつききたいことが。薬湯は、運んでいただけでしたか? 飲ませてあげたりなどはなさったのでしょうか?」
 それ見たことか、と思う。優しい口調だが、結局は高莉莉を責めている。
 高莉莉は涙をためた顔をあげ、表情をくしゃりとゆがませた。
「たしかに、私はそこまでしなかったけど、だからどうだと……それが悪いとでも言うつもり? うつる病だったらこっちだって死ぬかもしれないのに、九日間も私は薬を運びつづけてやったのよ。私以外はだれもあの房へ近づきもしなかったのに! なのに、どうして責められなきゃならないの!? ちゃんと翌日には空になってたんだからいいじゃない!」
 わっと声をあげて高莉莉が泣き伏せる。咎める視線を送るのは、今度は延明の番だった。
「桃花さん、もうよしてやりなさい」
「ごめんなさい、責めるつもりはなかったのですけれども……」
 桃花が弱りきった顔で高莉莉にあやまろうとした、そのときだった。
「…………やっぱり、呪いだわ」
 かすれる声が闇夜に響いた。
 はっと気がついたときには、涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげて、高莉莉がすっくと立ちあがっていた。目に浮かんでいるのは激しいおびえだ。
「なにを言っているのです。おかしな妄言はとりしまりの対象──」
「これはやっぱり病気なんかじゃない! 風邪っぽかったのなんて、はじめだけだった! 碧林の症状はずっと異常だった! なにかにとりかれたようによだれをまき散らしながら笑って……身体もだれかにあやつられたみたいに、引きつったり硬直したり、不自然なかたちになって!」
「おやめなさい! 静かに、だまって!」
 舎房に並ぶいくつもの戸から、宮女たちが顔を出してこちらをみていた。
「これは死王の呪いなのよ! 死王の呪いで、碧林は死んだんだわ!」
 高莉莉は頭をかきむしり、ひときわ大きく叫んだ。
「だから、私も呪いで殺されるのよ! まだまだ死者が出るんだわ!」

(つづく)



後宮の検屍女官
著者 小野はるか
定価: 660円(本体600円+税)

後宮にうずまく疑惑と謎を検屍術で解き明かす、中華後宮検屍ミステリ!
「死王が生まれた」大光帝国の後宮は大騒ぎになっていた。
謀殺されたと噂される妃嬪の棺の中で赤子の遺体が見つかったのだ。
皇后の命を受け、騒動の沈静化に乗り出した美貌の宦官・延明えんめいの目にとまったのは、
幽鬼騒ぎにも動じずに居眠りしてばかりの侍女・桃花とうか
花のように愛らしい顔立ちでありながら、出世や野心とは無縁のぐうたら女官。
多くの女官を籠絡してきた延明にもなびきそうにない。
そんな桃花が唯一覚醒するのは、遺体を前にしたとき。彼女には、検屍術の心得があるのだ――。
後宮にうずまく数々の疑惑と謎を検屍術で解き明かす、中華後宮検屍ミステリ!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322012000507/
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