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試し読み

祝・山中賞受賞! 木内昇が描く笑いと涙の家族小説【『かたばみ』試し読み#01】

うちのぼりさんの『かたばみ』が第10回山中賞を受賞しました!

【山中賞とは】
高知市の「TSUTAYAなか店」の書店員であり、フリーペーパー「なかましんぶん」の編集長を務める山中由貴さんが、お客様に「どうしても読んで欲しい」と思った本の中(翻訳書も含め、ジャンルは問わず)から独自に選出する「山中賞」。年に2回、芥川賞・直木賞よりひと足早く発表され、受賞によって販売数が10倍になった書籍も!

本作は太平洋戦争中から戦後にかけての日本を舞台に、血の繫がらない親子が向き合い、生きていく様を描いた笑いと涙のホームドラマです。新聞連載時から大きな反響を呼び、数多くの感想が寄せられました。
この度、山中賞の受賞を記念して試し読みを公開! 全5回の連載形式で毎日配信します。気になる物語の冒頭をお楽しみください!



第10回山中賞受賞記念
直木賞作家・木内昇が描く笑いと涙の家族小説
『かたばみ』試し読み#01

第一章 焼け野のきぎす



 肩の調子が、だいぶいい。ここへきて、陽気がゆるんできたおかげだろう。今朝方まで降っていた雨はさっぱり上がり、朝日を浴びて地面から健やかな湯気が立ち上っている。
 やまおかていは、誰もいない校庭にひとり仁王立ちし、鼻の穴を目一杯押し広げて息を吸い込んだ。さっき生まれたばかりのまっさらな空気が、体の隅々にまで行き渡る。
「よしっ」
 吐き出す息にのせて言い、かたわらに立てかけてあったやりを手にする。
 昭和十八年に入ってはじめてのとうてきである。昨年秋に肩を壊してからこっち、治療に専念するため競技会への参加はおろか、練習も自制していたのだ。もっとも戦争が激しくなってからは、競技会自体も減っていた。
〈不要不急の一般人の、県をまたいだ移動を禁止する〉
 政府が出したお触れによって、全国から選手を集めることすらままならないからだ。のみならず、日華事変以降、競技人口も減少の一途をたどっている。悌子が指導研修生として所属する日本女子体育専門学校も、ここ数年、志願者数は右肩下がりなのだった。
 槍のしゆを右手でつかむ。重心が前方にくるよう測って巻き付けたひもを、親指と中指で挟み込んでしっかり支え、残り三本は柔らかく添える程度にする。あえて軽く握ることで、長い助走の間に槍が上下左右にしなってぶれるのを防ぐのだ。
 肩の上に槍を持ち上げると、鎖骨あたりにかすかな痛みが走った。
「なんの、これくらい」
 自らを鼓舞するように唱えてから、大きく一歩踏み出す。はじめはゆっくり歩幅をとって。そこから次第に加速をつけ、踏切線が見えてきたら、走りながら体を斜め横にひねっていく。槍を持つ、親指と中指に力を込める。そのまま横向きになって、左右左でトントントトン、とリズムを刻んでステップを踏み、槍を右後方四十五度の角度に引いたら、耳をかすめて前方に腕を振り切る。
「んぬぅやぁっ!」
 張り上げた声が、鋭くあさもやを切り裂いた。槍は朝日を受けてきらめきながら美しい放物線を描き、やがて渡り鳥が降り立つように優雅に穂先から着地した。
 ほぅっと息をついたとき、控えめな拍手が背後に立った。振り向くと、いつの間にか学生が数名、並んで見物している。
「さすが、先生。去年の故障の影響は、もうございませんのね」
 ひとりが大仰にたたえると、まわりもそれに続いて、
「このままお続けになったら、しんまささんの記録も塗り替えるんじゃないかしら」
「次のオリンピックは絶対ですね」
 などと、口々に盛り立てる。彼女たちの称揚がいずれも学芸会の台詞せりふよろしく大仰なのは、悌子がもうすぐ、この学校を辞めることを耳に挟んでいるからだろう。
「私は研修生としてみなさんの指導に当たっているだけで、正式な教員じゃあないんだから、先生と呼ぶのはおかしいと何度も言ってるはずですよ」
 彼女たちからひしひしと伝わってくる、悌子を引き留めんとする気持ちをありがたく受け止めつつも、知らぬ素振りで返した。
「それに戦争が長引けば、次のオリンピックがどうなるかわからないですからね。さきおととし開催されるはずだった東京オリンピックも、戦争のおかげで返上されましたしね」
 今後の陸上界を担う学生たちの気をくじくようなことは言いたくなかったが、本土空襲まではじまった今、あまり楽観的なことを口にするのは、かえって殺生に思われた。
「だいいち、今の投擲を見たってわかるでしょう。真保さんには到底及ばないですよ」
 肩をすくめると、学生たちはこたえあぐねて、こわばった顔を見合わせた。
 昭和七年、ロサンゼルスオリンピックにさつそうと登場し、四位に入賞した真保正子の投擲記録は、三十九メートル七センチ。彼女にあこがれ、練習に励んできた悌子の記録は、肩を壊す前でこそ三十八メートルに迫ったが、今では三十メートルにも届かない。しかも、もう二十五歳だ。年齢的にも、これ以上競技人生を続けることが難しいのは明らかだった。日本人女性初の五輪出場選手であるひときぬが、二十四歳で生涯を閉じたことを思えば、いかに悌子が遅咲きの選手人生だったとはいえ、長過ぎる現役生活だろう。
 もう十二分にやった──そう言い切りたかった。けれどまだ、どこかあきらめきれない自分もいる。
「あの……学校をお辞めになるという噂は本当なんですの?」
 学生のひとりがいてきた。
「ええ、今学期で辞めることになりました」
 悌子は素直にうなずく。
「お辞めになって、そのあとは、どうなさるんですか?」
「嫁に行く予定です」
 至って一般的な理由を告げてみると、彼女たちは一斉に、
「えぇっ!」
 と、とんきような声をあげた。まるで、この世の七不思議にでも出くわしたように目をみはるその様に、悌子はたちまち不機嫌になる。
 背丈五尺七寸、体重二十貫目。悌子の体格は、そんじょそこらの男よりはるかに立派なのだ。骨太なのは生まれつきだが、高等女学校に上がってから陸上部に入り、走ったり投げたりと日夜練習に励んだ挙げ句、みっしり筋肉まで付いてしまった。尋常小学校までは小柄なほうだった背丈が一気に伸びたのもこの頃で、関節がギシギシとうごめく痛みに、夜中、飛び起きることも再々だった。この体格のせいで、地元の岐阜で競技会に出場するたび、「おとこおんな」という野次やからかいの声が、観客や他校の生徒たちから浴びせられたものだった。
 年頃になっても女性らしい体型に変ずることなく、いかり肩の上、腕も脚も丸太のごとく太い。足首にはアキレスけんを見失うほど肉が巻いており、腰からでんももにかけては、中に座布団を仕込んでいるのかと疑われるほどにたくましかった。
 だから、嫁に行くにはとうの立った年齢であるにもかかわらず、悌子の告白に、学生たちは信じられないという顔をしたのだろう。
「冗談ですよ。結婚は当面しません」
 むくれて返すや、彼女たちはあんしたふうに胸に手を置き、そりゃそうだよね、とばかりにうなずき合った。
「なにしろ、今はくにの大事ですからね。それに、私にはもう決まった相手があるから、急ぐこともないんですよ」
 再びどよめきが起こる。十七、八の彼女たちにとって、結婚は最大の関心事なのだ。
許婚いいなずけですか? どんな方ですの?」
「さぁね。そら、もう授業がはじまりますよ」
 これと決めた人がいるのは噓ではない。両親もだいぶ前から、いずれふたりは一緒になるだろう、と話している。悌子の肩は、子供の頃からその人とキャッチボールをしていたおかげで鍛えられたのだし、槍投げの道に進んだのも彼が背中を押してくれたからだった。そうして、まわりの男子が、「お前、ほんとは男なんやろ」と、意地悪くからかう中で、一貫して悌子を女子として扱ってくれたのもまた、彼だけだった。
「結婚じゃないとしたら、ここをお辞めになったあと、どうなさるんですか?」
 学生たちは校舎のほうを気にしながらも、もどかしげに訊いてくる。
「本当の先生になるんですよ。国民学校の代用教員。この四月からね」
 悌子がさっぱり打ち明けると、彼女たちは再び驚嘆の声をかき鳴らした。

 悌子が、生まれ故郷の岐阜を離れて東京に出てきたのは、地元の高等女学校を卒業し、日本女子体育専門学校に進んだ、十七歳のときだった。槍投げを極めて日本記録を出すため、というのがひそかに抱いていた目的だったが、両親には、体育教師になるための勉強をしたい、と作り言を告げた。父は地元の中学校教師だったし、歳の離れた兄三人も教員や医者の道に進んでいたから、同じ道を目指すと言えば、まず反対はされないだろうと踏んだのだ。
 それでも、男児ばかり三人続いたあとにようやく生まれた女児である悌子を、猫かわいがりしていた父は、
「なにも東京に出んでもよかろう」
 と、渋った。高等女学校の五年間で優秀な成績を修めたのだから、小学校の教員試験を受けて岐阜市内で働けばいい、と。自身が箱入り娘として育った母もまた、東京なんてとんでもない、とかぶりを振り、
「しかも体育の専門学校やなんて。女の子が行くとこやないですよ」
 と、追い打ちを掛けた。
「ただの学校じゃないんやよ。あの学校は、かいどうトクヨ先生がつくりんさった、由緒ある学校なんやよ」
 日本女子体育専門学校は、かつて二階堂体操塾と称され、女子の体育教育に誠心誠意取り組んできた学校なのだ。専門学校に昇格してからも、多くの有力選手を輩出している。二階堂先生もまだ現役で指導をしておられるし、全国から集まった選手たちと是非ともしのぎを削りたい。立派な体育教師になるためにも大舞台で自分の力を試したい。それに学校には寮もあるから安心なのだ──悌子は懸命にそう訴えたのだ。
 ねばる悌子を、母はどうにか押しとどめようと身を乗り出した。
「そうまでして教員にならんでも、ええやないの。女の子はお嫁に行くんが仕事やよ。あんたの歳なら、もう縁づくもおるもの」
 父の顔色が変わったのはそのときで、
「東京に行って、その専門学校に入りなさい」
 と、唐突に許しが出たのである。
 腰を据えて両親を説得するつもりだった悌子も意外な展開に驚いたが、母はさらに動じたのだろう、極限まで見開いた目を、隣で腕組みして盛んにうなずく夫に貼り付けた。
「あなた……そんな。女の子がひとりで東京に行くやなんて、無茶ですよ」
 声を震わせてそう言ったと思ったら、ほろほろと涙を流しはじめたのだ。
 ささいなことでよく泣く人だった。お芝居を観ては泣き、家の近くを流れるあら川で兄がおぼれかけたと聞いては泣き、父の帰りが遅いと言っては泣き。そのたび家族は懸命に母をなだめ、落ち着かせるのだ。あたかも儀式のごとく繰り返されるこの一連の流れを幼い頃から見てきた悌子は、なにも解決しないのに周囲をいたずらに煩わせる「泣く」という行為を、いつしか忌み嫌うようになってしまった。これまで、競技で負けようが、指導教員からこっぴどく怒鳴られようが、近所の男どもに体格のことでからかわれようが、ひとしずくの涙もこぼす気になれなかったのは、きっとこの母のせいだろう。
「ともかく、しっかりした学校やし、東京ゆうても怖いことはあらせん。一所懸命勉強して、すぐ岐阜へ戻ってまいります」
 父の気が変わらないうちに、と悌子は慌ただしくこの話を片付けた。
 そそくさと自分の部屋に引き上げてから、父が急に進学を許したのは、お嫁に出すのが嫌だったからか、と思い至ったが、悌子が東京行きを決めた、もうひとつの理由は、まさにお嫁に行く下準備にあったのだった。

(つづく)

作品紹介



かたばみ(KADOKAWA刊)
著者:木内 昇
発売日:2023年08月04日

「家族に挫折したら、どうすればいいんですか?」
太平洋戦争直前、故郷の岐阜から上京し、日本女子体育専門学校で槍投げ選手として活躍していた山岡悌子は、肩を壊したのをきっかけに引退し、国民学校の代用教員となった。西東京の小金井で教師生活を始めた悌子は、幼馴染みで早稲田大学野球部のエース神代清一と結婚するつもりでいたが、恋に破れ、下宿先の家族に見守られながら生徒と向き合っていく。やがて、女性の生き方もままならない戦後の混乱と高度成長期の中、よんどころない事情で家族を持った悌子の行く末は……。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322110000639/
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