KADOKAWA Group
menu
menu

レビュー

【書評】めちゃくちゃひどい!『ひどい民話』に偽りなし!――京極夏彦、多田克己、村上健司、黒 史郎『ひどい民話を語る会』【評者:原宿(オモコロ編集長)】

「桃太郎」の冒頭で、お婆さんが川へ洗濯に行くのはいったいなぜ――?
民話集には絶対載っていない昔話の裏側を、京極夏彦さん、多田克己さん、村上健司さん、黒 史郎さんが縦横無尽に語り合う『ひどい民話を語る会』がついに文庫化!
発売にあわせ、オモコロ編集長・原宿さんによるレビューをお届けします。

京極夏彦・多田克己・村上健司・黒 史郎『ひどい民話を語る会』レビュー



評者:原宿(オモコロ編集長)

『ひどい民話を語る会』ということなんですが、民話の「ひどい話」で伝わっているものの多くはウンコやオナラにまつわる話で、オシッコが出てくる話は非常に少ないんだそうです。しかし全くないというわけではなく、こちらの本の「焼酎の話」という項目では、奥備中(おくびっちゅう。岡山県の新見市とかの辺り)に伝わるオシッコの出てくる民話が紹介されています。

あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいて、お爺さんが畑に撒く肥料に使おうと汲み出し便所からウンコ水をすくっていると、たまたまその時に便所に入ってきたお婆さんがオシッコをし始めたんだそうです。そのシッコの音が、「ショウショウチュウ」と聞こえた。結構、勢いの良いシッコだったんでしょうか? それともシッコの飛沫がどこかに当たって跳ね散る音が「ショウショウチュウ」になったのか? しぶき上げろ(©シッコマン イン ザ パーティ)。

とにかくその音が、自分に「焼酎を売れ」と暗示しているような気持ちになったお爺さんは、さっそく酒屋で焼酎を買い込み、「お婆ちゃんのオシッコ焼酎」とラベリングして売り出すと、これが「食べラー」レベルの大ヒット。調子にのったお爺さんは「肥だめ直送ウンコのどぶ漬け」も開発し……


めちゃくちゃひどいじゃねーかって!!!!!


『ひどい民話を語る会』のタイトルに、偽りなさすぎるじゃねーかって!!!!!


これは凄い。「ひどい民話」って、一体どういうジャンルのひどさの話なんだろう? と思っていたのですが、ウンコやオシッコのネタでインターネットをサバイブしてきたと自負するオモコロも「負けてらんねぇ」と思えるほどのドイヒー話のオンパレードでして、ライバル心を刺激され、「お婆ちゃんのオシッコ焼酎」のあたりから話を盛りまくってしまいました。比べられたくない場で、勝手に「食べラー」の名前を出してしまい申し訳ございません。しかし、「ひどい話」には、こうしたアイディア活性効果があると僕も昔から感じてきたところであります。

弊社バーグハンバーグバーグは、広告制作会社として記事広告・動画広告の発注などをいただくことも多々ありますが、アイディア会議の場で、僕はまず「思いついてもひどすぎて誰も口にしなそうなこと」を言うようにしています。仮に「たくあん」の会社から依頼が来たとすると、「大根畑の横でオシッコする人をパッケージに描くことによって、このたくあんは自然にこの色になったのかな?と思わせるターゲットマーケティングはどうだろうか? この場合のターゲットとは、男子小便器についているオシッコの的のことである(?)」というような企画を最初に出すのです。

「こいつは何を言っているんだ。小2か?」というような弛緩した空気が場に広がり、嘲り・呆れ・絶望・侮蔑の言葉の数々を投げつけられるわけですが、僕の狙いはどんな企画でもこれよりは酷くならないだろうという「下限」のアイディアを提供し(これを「下限の鬼」と呼ばせてください)、企画会議のハードルを下げて、「これに決まるぐらいなら、俺のアイディアの方がマシだ」と参加者に思わせることにあります。あえてウンコやオシッコにまつわる「ひどい」ネタを口にすることによって、自由闊達な空気をその場に呼び込んでいるのです。勘違いしないでください、本当に「あえて」です。たくあんを見たらもうオシッコのことしか思いつかないとか、そういうことでは全くありません。

我が社はこうしたウンコみたいな捨てアイディアを恐れずに会議の場で排泄することによって、参加者の企画脳を活性化し、生き馬の目を抜く広告業界で15年もの長きにわたり生き残り、そこまで華々しくもないけど、まずまずの影響力を持った存在として、だらだらと舐められながらもややウケし続けているのです。「ひどい」話も、そうそうバカにしたものでもない。そして、この本に収録された「ひどい民話」に込められたアイディアの数々にも、WebメディアやSNSなどが無い時代の人々の「ウケたい」という精神が息づいていると感じました。

もう、あえて詳しくは書かないのですが、本書84ページの「糞を食って犬になる」の話でも、托鉢にきたお坊さんの差し出した容れ物にウンコしちゃうだけでは飽き足りず、さらに発展させて「河原でそのウンコを焼く」というアイディアが出てきます。仮に僕が電気も何もない時代に山奥の農村で生まれ、囲炉裏のそばで、じっ様・ばっ様にこの話をされたところを想像すると、僕は笑い転げながら「こいつ、凄い」というリスペクトの気持ちでじっ様・ばっ様を見上げることでしょう。

何度も何度も「河原でウンコを焼く話」をせがみ、サービス精神が旺盛なじっ様・ばっ様は、孫を喜ばせるためついに「ウンコを食っちゃう」展開も付け足したりして、僕の脳は面白さのあまり「うわー!」と大昇天。呼吸困難になり、声にならない笑い声をあげて板間を転げながら、滲む涙の向こうに「やったった」という祖父母の顔を見るのです。そして「ああ、世界はこんなにも自由だったのだ」という解放感を、束の間感じたに違いありません。感じていたらいいな。無論、当時の生活を今と単純に比較できるものではないので、全ては妄想ですが。

しかしこうした「ひどい」話が、記録の少ない時代を生き残り、わずかながらでも現代に伝わっていることを思うと、生きる時代は違えど、ウンコやオシッコの話が人間の縮こまった意識や発想を解放してくれるのは同じだったのではないでしょうか(本書の名誉のために付け加えると、一冊すべてがウンコやオシッコの話ではございません。他ジャンルのひどさも収録されております)。

我々オモコロも、そういった「可笑しみ」を心の糧に時代を生き延びた人の系譜上にいるのかもしれないと考えると、恐れずにもっとひどい記事や動画を世の中に発信していこうという気持ちをもらうことができた大変含蓄のある一冊でした。「ひどい民話」の語り部たちに、尊敬と感謝の念を込めて。もっとひどい民話も隠れているんじゃないかと思うと、これ2巻もめちゃくちゃ読みたいです。

作品紹介



書 名:ひどい民話を語る会
著 者:京極夏彦・多田克己・村上健司・黒 史郎
発売日:2025年10月24日

「桃太郎」のおばあさんが川へ洗濯へ行くのはなぜ?
「桃太郎」の冒頭で、お婆さんが川へ洗濯に行くのはいったいなぜ――? みんなが知っている昔話の裏側には、くすっと笑えるような「ひどい」民話が存在する。ひどすぎて表舞台からは敬遠されてきた民話たち。そんなお話を語った伝説的トークが文庫で登場! きな粉と老人が掛け合わさるとどんなひどいことになるのか。よく吠える犬の口に腕を突っ込んだら犬はどうなる? 民話集には絶対載っていないお話の世界へようこそ。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322505000522/
amazonページはこちら
電子書籍ストアBOOK☆WALKERページはこちら


紹介した書籍

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

  • 森 絵都『デモクラシーのいろは』特設サイト
  • 畠中恵KADOKAWA作品特設サイト
  • ダン・ブラウン 特設サイト
  • 楳図かずお「ゾク こわい本」シリーズ
  • 「果てしなきスカーレット」特設サイト
  • 辻村深月『この夏の星を見る』特設サイト

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2025年11月・12月号

10月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2025年11月号

10月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.020

8月28日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

見仏記 三十三年後の約束

著者 いとうせいこう 著者 みうらじゅん

2

天国での暮らしはどうですか

著者 中山有香里

3

濱地健三郎の奇かる事件簿

著者 有栖川有栖

4

まだまだ!意外と知らない鳥の生活

著者 piro piro piccolo

5

デモクラシーのいろは

著者 森絵都

6

意外と知らない鳥の生活

著者 piro piro piccolo

2025年10月13日 - 2025年10月19日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP