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試し読み

その文才に各界騒然! 人気芸人・ランジャタイ伊藤による話題のデビューエッセイ『激ヤバ』 試し読み

M-1グランプリ・ファイナリストでもある人気お笑いコンビ「ランジャタイ」の伊藤幸司による初著作、『激ヤバ』。幼少期から現在までの著者の半生をむき出しに書き綴った、自伝的エッセイです。

初めて綴る、最後のM-1、母、相方のこと。
笑いも涙も、夢もクソも、全部。
思い通りにいかない日々を「それでも生きていく」ことの愚直な美しさ、人生すべてを前フリにしていく芸人の矜持が胸を打つ、希望の書。

2023年5月の発売以降、各所で大きな反響を呼んでいる本書より、書き下ろし作品の1つである「真夏の芝浜」を特別公開いたします!



『激ヤバ』 試し読み

真夏の芝浜

 夏の夜の公園で、『芝浜』をした。客は国崎くん1人、高座は砂場とすべり台。
「談志師匠の芝浜がさ、すごかったんだよ!」
 談志師匠の芝浜を映像で観て、泣いて笑って驚いてまた泣いて、あまりにも大興奮してしまった僕は、たかぶる気持ちをそのままに、熱弁した。
「ちょっと観て!」と、僕は談志師匠がしていた芝浜をやった。もちろん何もかも違うだろうし、全くちゃんとできてないだろうし、上下かみしもやら何から何までめちゃくちゃだったろうし、普通の芝浜は知らないけども。
 談志師匠の芝浜がいかにすごかったか伝えたかった。
 大拍手の中下りる緞帳どんちょうとともに、最後に、にかっ!と、生まれたての子どもが初めてお母さんを見つけたみたいなその笑顔に、「かわいい」と思った。
 落語の歴史なんて全然知らないし、談志師匠のもっとすごい瞬間も数えきれないくらいあったのだろうし、なんにもわからないけど、
「このおじいちゃん、大好き!」
 と思った。
 とんでもないものを観た。生で観てみたかった。
 同じ時代を生きられていたのに、立川談志という存在は知っていたのに、なんで観に行かなかったのだろう、と後悔した。
 国崎くんは、僕の談志師匠の芝浜を観てすぐ後に、『パカラ』という落語を作った。
 それまで落語を観たことがないというのが本当なら、僕の一生懸命やった談志師匠の芝浜を観て、パカラを作ったのでしょう。落語を観たことがないというのが噓でなければ。嘘ばっかつくのでわからないですが。

 それから、鳴かず飛ばずでウケずすべる、できればウケずすべるは夢だったことにしたい!(何やかんや楽しい)の日々を何年も過ごした後、僕たちはM‐1グランプリ決勝に行った。
 結果は最下位だった。
 なんだそうかこれはまだ夢か。も少し寝よう。
 圧倒的最下位の中、大好きなおじいちゃん、立川談志師匠のお弟子さんの立川志らく師匠は、96点という高得点をつけてくださった。
 志らく師匠のことは、談志師匠の芝浜の後、お弟子さんのことも気になって、志らく師匠の落語も観ていて好きだったので嬉しかった。

 それからしばらくして、志らく師匠がツイッターでたくさん褒めてくださって、なんと、独演会にまで呼んでいただけることになった。
 僕はわくわくして会場に向かった。
 楽屋裏で出会った志らく師匠にご挨拶をして、出番を待った。
 袖から観たオープニングで、信じられないようなお言葉をたくさんくださった。
「あのとき100点をつけなかったことを後悔している」
「私のことをランジャタイのファンと言っている人がいますが、私はファンじゃないんです。ライバルと思っているんです。戦っているんです。負けたくない。ライバルは、伯山、談春、ランジャタイです」
「伊藤くんが談志の芝浜を観て感動して、コピーして国崎くんに観せたらしくて。あんな小さな画面じゃだめなんです。私が芝浜をやります」
「ランジャタイのためだけにやります」
 会場がどよめきに包まれる。
 芝浜は、年末や大晦日にする大ネタで、真夏にやるものではない(にわかな知識だが)。
 僕は、今まで味わったことがないような感情が脳に渦巻いて、その風圧で閉じていた全身の毛穴がひらかされて風が抜けていって、ぞわっとした。
 その後僕たちを呼び込んでいただいて、志らく師匠と少しお話をした後、先に志らく師匠が高座に上がる。
 演目は、『短命』。固唾をのんで全身に焼き付ける。

 その落語中、志らく師匠の周りを蠅が1匹飛び回っていた。
「また来てるよ」
 袖にいた、お年を召した女性が言う。その方は、談志師匠と一緒に全国を回って、今は立川一門の方と興行を回っている人だった。
「弟子が落語してると、毎回蠅が来るんだよ。あんまりにもいつも来るもんだから、ありゃ談志だ!て話になってさ。弟子が気になんのかねえ」
「誰かはたいちまいな!っていつも言ってんだよ」
 袖で笑いが起こる。粋だなあ。
 僕たちの番になった。思いっきり漫才をする。
 すると、PK戦のネタのときに、蠅(談志師匠)がゆっくりと近づいてきた。
 あ、談志師匠が観てくれてる!!!
 ドキドキした。蠅に緊張したのは地球上で僕くらいだろう。
 蠅(談志師匠)が国崎くんの間近まで来る。そのとき、
「うがー!!!」
 と何も理解していない国崎が奇声を上げて暴れた。
 ああ! なんてことを!!! 手が蠅(談志師匠)に当たる!
「ブーーーーーン!!!」。蠅(談志師匠)は、国崎の暴れる手をかわし、凄い勢いでくるくると円を描きながら、あっという間に逃げていった。
 ああ、蠅(談志師匠)……。
 最後まで観てほしかった……。
 驚かせてごめんなさい……。
 驚かせたどころか、なんなら国崎が攻撃を仕掛けていた。なんとか国崎の攻撃をかわし、蠅(談志師匠)はことなきを得た。良かった。

 志らく師匠が高座に向かう。
 その後について、袖に行く。国崎くんよりちょっと後ろの位置につけて、志らく師匠の芝浜が始まった。
 国崎くんの背中越しに観る芝浜は、それはそれはすごかった。
 あのとき国崎くんに芝浜をやって、それを受けて志らく師匠が芝浜をやってくださって、それを僕は国崎くんの背中越しに観ている。
 全部がつながっていく。
 誰の人生もきっと、無駄なことなんてひとつもない。もしそのとき死にたくなるようなことでも、そのとき生きてて良かったって思えることでも、きっと全部つながって複雑に絡まって渦を巻いてうまくいく。と思います。
 その渦の果てで最後、特大大失敗とか、小失敗とか、無、とかもあるのかもしれないけど、それはそれでどちらかといえばあり。
 どうしようもないそれを、最高に大笑いして終わりたい。

 真夏の芝浜は、僕の中で結晶化して、永遠になった。
 僕はそれまでの経験上、手に入らなかったものが自分の中で結晶化して永遠になるのだと思っていたけど。手に入らなかったからこそ永遠なのだと思っていたけど。
 手に入ったものも永遠になるのだと知った。
 頑張って永遠を増やしていきたい。
 真夏の芝浜の感想は、無粋になる前に、これにてさげさせていただきます。

 全部が終わって、志らく師匠とお話をして、志らく師匠と国崎くんが向井秀徳さんのお話で盛り上がっていて、僕も向井秀徳は好きだったけど、今はあなたたちで楽しんで!と嬉しく見ていた。
 楽屋に帰ると、「志らく師匠から」と鰻が差し入れで届いた。
 談志師匠が好きだった鰻だそうだ。
 それは今まで食べた鰻の中で絶対に一番美味しくて、「粋」とはこういうことなのかと、これ以上ないくらい教えていただいた。まだまだ世の中は、言葉だけで知っていても、本当には知らないことばかりだなあ。言えばいいってものでもない。知らずに適当に言葉を使ってるなあ。
 なんてかっこいいんだ。
「このおじちゃん、大好き!」
 と思った。

「夢になるといけねえ」
 と言えるようなそのときまで、足搔いて足搔いて、夢に溺れて現実で呼吸ができなくなってもそれでも、生ききろうと思った。そしてそこを超えてもたくさん生きる。そうして最期は大笑い。

(続きは本書でお楽しみください)

作品紹介



激ヤバ
伊藤幸司
定価:1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2023年5月12日

人気お笑いコンビ「ランジャタイ」伊藤幸司、待望のデビュー作。
大反響コラムに大幅に加筆・修正を加えブラッシュアップし、表題作「激ヤバ」を含む9篇の書き下ろし作品とともに一冊にまとめ上げた。幼少期から現在までの著者の半生をむき出しに書き綴った、自伝的エッセイ。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001379/
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