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【祝・新井賞受賞】「化けもん」「演歌を歌え」“シャンソン界の大御所”は何と答える? 笑いと涙の人間讃歌。桜木紫乃『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』#4

書籍発売前に第13回新井賞を受賞し、話題沸騰中の『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』。2月26日の発売に先がけ、第1章の読みどころを掲載します!
「世界的有名マジシャン」「シャンソン界の大御所」「今世紀最大級の踊り子」というキャッチコピーとは正反対のタレントたちと主人公が出会う場面です。ぜひお楽しみください!

>>第3回へ

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 暗転させ再びスポットをあてたところで、その中にソコ・シャネルが入っていなくてはいけない運びになっている。あたりを見回すと、大きなラメの衣装が舞台そでのカーテンにちらついている。章介は慌ててステージのライトを落とした。
 一曲目のイントロを長めに取ってある。師匠がマイクを握り直す。一発勝負だ。
「歌は世に連れ世は歌に連れ、流れ流れるこの世には浮世と名付けた川がある。人の心の奥底で浮かんで沈む恋心、さて次のステージを務めますはシャンソン界が誇るソコ・シャネル。今夜あなたに届けます一曲目は『ろくでなし』、はりきってどうぞ」
 章介は二本のライトを天井から降らせた。
 金髪のカツラをかぶり鮮やかなラメ入りのブルーのドレスをまとい、首に真っ白なオーストリッチのマラボーをさげたソコ・シャネルがスタンドマイクの前に立っている。
 ――古いこの酒場で
 パンチの効いた男声と胸に詰め物をしたドレス姿、ドレスより青いアイシャドーが浮かび上がる。かすかなどよめきも、ソコ・シャネルにとっては計算のうちらしい。笑ったりヤジを飛ばす客には、白いマラボーの先を向けて威嚇している。
 ――おだまり。
「ろくでなし」はベストな選曲だった。バンドものっている。よくよく聴けば、コスチュームが奇抜なだけで歌は上手うまい。フロアを束ねる迫力もある。章介は肩口を照明器具の熱にあぶられながら「へぇ」と頷いた。
「マイ・ウェイ」「サン・トワ・マミー」と三曲続けて歌ったあと、バンドが低くスローなジャズを挟む。彼――彼女がぐるりとフロアを見渡し、喉仏のどぼとけを突き出すようにして二階席に顔を向けた。
「そんな高いところからアタシを見下ろして、なんて幸運な人たち。チップはネクタイに結んで下ろしてくれて結構よ。照明の坊やに取りに行かせるわ」
 化けもん――怒声に似たヤジが飛ぶ。酔っ払った漁師の巻き舌が「演歌を歌え」と続く。歌手の慈愛に満ちた台詞せりふがそれをかき消した。
「演歌もロックも、みんなシャンソンなの。ひとの生きる切なさや怒りを閉じ込めた歌は、みなシャンソンと呼ぶのよ」
 煙草の煙でスポットがいっそう太い輪郭を得る。「パラダイス」「アダム&イブ」のフロアはソコ・シャネルの手の中にあるように見えた。
 客席と半分ケンカに似たやりとりをしたあと彼女は「 18 才の彼」を歌い始めた。ワンコーラス歌い、その体に似た大粒の涙をひとつこぼした。年若い男との逢瀬おうせは心を潤わせながらも深い場所に傷を作る。章介の脳裏を、可愛がってくれた年増のホステスや歌手が通り過ぎてゆく。歌い終えたソコ・シャネルの口上に、客席がまた沸いた。
「誰が聴いていなくても、アタシは歌う。底の底まで落ちたって、どんなどん底にいようとも、歌い続ける、アタシはソコ・シャネル」
 彼女の名の由来はどん底のソコなのだった。
 ラストの一曲は「夢みるシャンソン人形」だ。フロアに降りても、ソコ・シャネルは大きかった。上半身にあてたライトが軽々と客席の頭を越えてゆく。詰め物で盛った胸にチップが挟み込まれる。大きな赤い唇が「ありがとう」のかたちに開く。
 どこで羽を休ませていたのか、白い鳩がスポットの中へと戻ってきた。「あっ」という声が上がり、焦った鳩が慌てて羽をたたんだのは、ソコ・シャネルの頭のてっぺんだった。スプレーで固めた金色のカツラに脚を取られた鳩が、再び飛び立とうと頭上で暴れ始める。店内は一階も二階も大騒ぎで、誰も歌どころではなくなった。
 ソコ・シャネルは鳩にカツラを持って行かれぬよう耳のあたりをおさえながら「夢みるシャンソン人形」を歌い終えた。
 章介は笑いをこらえながら彼女を楽屋カーテンの前まで追いかけ、スポットを切った。客席の笑いと騒ぎが収まるのを待っているあいだ、ボーイがずいぶん客席に呼ばれているのを見た。ホステス用の飲み物が出ている様子を見れば、ショータイムは成功しているようだ。

(つづく)


書影

桜木紫乃『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
※画像タップでKADOKAWAオフィシャルページに移動します。


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