元「ベイビーレイズJAPAN」の渡邊璃生さん初の小説集『愛の言い換え』が5月2日に発売となります。発売に先駆けて、選りすぐりの傑作書き下ろし3篇を30日間連続で全文特別公開します。
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「あいこでしょ!」
「あいこでしょ!」
グー、チョキ、グー、パーとあいこを繰り返し、いつまで経っても決着がつくことはなかった。二度目のチョキを出すころには、わたしたちはお腹を抱え声を抑えながら笑っていた。
「あははははは……っ。」
「っはははは……っ。も、もう、ふたりでベッド、使っちゃう?」
「あはは……っ、えっ!?」
貴之さんが目に浮かぶ涙を拭って言った。わたしはというと、先ほどのはしゃぎようはどこへやら、すっかり思考を乱されてしまった。心臓がうるさい。ドキドキ、ドキドキ、近所迷惑だと錯覚するほどに、恥ずかしい。だけど嬉しい。わたしの頭に浮かんだのは、チョコとバニラのミックスソフトクリームだった。甘く苦い、様々な感情が、一緒くたになったもの。
「俺はいいよ。」
「……わたしも、大丈夫というか、だ、大歓迎っていうか……!」
「あはは、うん。……じゃ、おいで。」
貴之さんはそう言うと。
立ち上がって寝室の扉を開け、手招きした。
ドギマギしつつ、わたしは入室した。貴之さんの匂いで満たされた寝室を、わたしは初めてじっくりと見た。あるのはベッドとテーブル、タンスと本棚のみ。書物はやはり、キリスト教関連の教材ばかりだ。
ぼうっと見とれていると、背後でベッドのきしむ音がした。はっと我に返り、貴之さんに続いてベッドに入る。
「お、お邪魔します……。」
最初こそは貴之さんに背を向けていたが、やがて後ろからするりと手が伸び、わたしはゆっくり振り返った。
貴之さんの表情は、「ピエタ」のような慈愛のそれだった。愛おしさがこみ上げる。
「本当にごめんね。俺、……酷いことしちゃった。」
「…………。」
「痛かったよね、ごめんね……。」
貴之さんはわたしよりも痛そうな顔をする。だが、暗がりの中でその頬はたしかに熱を帯びていた。眼差しは純真そのもの。
「(ごめんなさい……。もっとちゃんとするから、そんな顔しないで。)」
そう口にする代わりに、わたしは貴之さんに口づけた。
「へえ、じゃあ、いい人に出会えたんだ!」
夏以来久しぶりに会う親友は、いつものメロンソーダを飲みながらにっこり笑った。
弾む声色からは好奇心と喜びが読み取れる。
「うん。いろいろあって、まだ交際はしてないんだけどね。」
貴之さんの家に泊まってから一週間。わたしは彼の言いつけで教材を買いに出たのだが、その帰り道、偶然にも香織ちゃんと出会い近くのファミリーレストランに立ち寄ることとなったのだ。
近況報告をする中で、貴之さんの話をするのは必然と言えよう。香織ちゃんは顔も知らない彼のことを、熱心に聞いてくれた。
「要ちゃんってば、付き合い悪くなったと思ったら……、まあ、実際好きな人できたら、友達付き合いとかする暇ないかあ。でも、たまにはわたしを構ってよね!」
「香織ちゃん……、ごめんね。」
ここ数ヶ月、約束を断りっぱなしのわたしにも声をかけてくれた親友に、わたしは謝罪を述べた。香織ちゃんは「いいの、いいの!」とテーブルに置いたわたしの手を握ってくれた。いい親友を持ったものだ。
「まあ、どんな事情で交際してないのかは穿鑿しないけど、セフレのまま発展しないとかにならないよう気をつけなよ? あ、でもキリスト教の人なんだっけ。」
「『信徒』さんね。貴之さんはすごいんだよ、神父様になりたいんだって。がんばり屋さんなの!」
香織ちゃんは「へえ、」とこぼし、デザートのガトーショコラにフォークを刺した。ひと口分取ると、横のクリームをつけ口に運ぶ。香織ちゃんのひと口はとても小さい。しばらくして飲み込むと、話を再開した。
「神父様かあ、なんか大変そう。実際問題、信徒さんと交際とか結婚ってどうなの? 厳しそうー。」
「そもそも既婚者は神父様になれないらしいから、貴之さんとは交際できたとしても結婚はしないよ。」
そう、貴之さんとわたしはどれだけ愛し合おうと、結婚はできないのだ。
(つづく)
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