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DVなんかじゃない、あの行為はわたしたちだけの愛の言い換えだ/元「ベイビーレイズJAPAN」の渡邊璃生が『愛の言い換え』で衝撃の小説家デビュー! 発売前に傑作3篇を全ページ試し読み!#13

元「ベイビーレイズJAPAN」の渡邊璃生さん初の小説集『愛の言い換え』が5月2日に発売となります。発売に先駆けて、選りすぐりの傑作書き下ろし3篇を30日間連続で全文特別公開します。

>>前話を読む

 ◆ ◆ ◆

 たしかに、交際するなら結婚も視野に入れるのが普通だろう。だが好きな人の夢を応援し、支えてあげるのがいいパートナーではないか? 少なくともわたしはそう思う。
「えーっ! なにそれ。結婚前提じゃないんだあ。」
「いいの、貴之さんのそばにいられればわたしは満足。さっき香織ちゃんは『セフレのまま……』って言ってくれたけど、わたし、貴之さんと一緒ならセフレでもいいもん。」
「本当に!? そんないい人なの?」
「うん。わたしが困ってたとき助けてくれたし、その後もずーっと気にかけてくれたの。わたしが知りたいことや知らないこと、なんでも教えてくれるし、周りを見てるっていうか……、わたし、いつもカフェでミルクティー頼むじゃない? それも見てて、わたしにケーキと美味しい紅茶用意してくれたんだよ!」
 自慢話をしつつ、わたしはミルクティーを口にした。貴之さんの紅茶に慣れた舌には、少し物足りない。「ほう、」と頷く香織ちゃん。貴之さんの印象はよいようだ。
「ちょっと怒ると怖いけど、そこもまた素敵なの。信仰に対して真摯よね。」
「へえ、たしかに普段やさしい人って怒ると怖そう。」
「本当に。わたしも寝ないで正座とかしたんだよ。」
「え!? それって『ディーブイ』じゃん!」
「『DV』?」
 香織ちゃんの目には焦燥が見て取れる。彼女には貴之さんの所業がDVに思えるらしい。それはとんでもない勘違いで、わたしのせいで貴之さんがDV男扱いされるなら、それは正さなければならない。
「違うの。これは貴之さんが召命を頂くのに大切なことなの!」
「しょ、しょうめい? うーん、でも、寝かせないとかは『なんとかバイオレンス』ってテレビで見たよ?」
 香織ちゃんが首を傾げる。どうやら納得がいかないようだが、信仰を持たない人からしたらこのような反応になるのは仕方がない。
 わたしは彼女にいちから説明することにした。
「あのね、貴之さんは司祭様になりたいの。そのためには召命が必要で、でも頂けないの。それはわたしみたいな愚図がそばにいるせいで、でもわたしは貴之さんの手伝いになりたいから、貴之さんにそれを直してもらってるの!」
「ええー? でも、うーん、要ちゃんが嫌がってないなら『DV』じゃない……のかなあ?」
 それからわたしは、貴之さんから教わった信仰についていくつか説明した。コリントの信徒への手紙のこと、ミサのこと、司祭様になるために必要なこと。香織ちゃんはうんうんと唸るばかりだったが、過去のわたしを見ているようで愛おしいとすら思った。

 教材の入った袋を持って、わたしは貴之さんの家に向かった。わたしにとって、居場所は教会でも祖母の家でもない。貴之さんの家だった。
 時計を見ると、時刻はすでに六時を回っている。チャットアプリには貴之さんのメッセージが五十件ほど溜まっていた。帰宅を急かす内容だった。香織ちゃんと別れる際に謝罪したが、返信はない。きっと許してもらえないだろう。
「貴之さん、ただいま帰りました。あっ……」
「なにしてた?」
「あ、あの、」
 インターホンを押した瞬間、ドアは乱暴に開き、貴之さんの手がわたしを部屋に引きずり込んだ。外に置き去りとなる教材。掴まれた手が酷く痛む。痣が残ってしまいそうなほど……。
「五時には帰れって言っただろ、どこほっつき歩いてた?」
「す、すみませっ……わたし、友達に会って。あ、香織というんですけど、その子と、」
「お前は勉強より友達と遊ぶほうが大切なんだな。」
「いえ! 違います! でも、久しぶりに会ったんです! それに、貴之さんがいかに素晴らしいか話していたんですよ、」
「『でも』とか『それに』とか、お前は言い訳ばかりだな。口ではなんとでも言えるんだ、態度で示せよ、態度で!」
 直後、強い力でわたしは床に叩き付けられた。貴之さんの足が頭を踏み付ける。ぐりぐりと額を擦り付けるのではない、踵を何度もこめかみに叩き付ける。
 痛い。どころではない。激痛だ。叫びだしそうなほどの。
 だが、ここで音を上げたら失望される。貴之さんが言うように、態度で示し、誠意を見せなくては。
 麻痺する頭で、わたしはこう訴えた。
「貴之さん、貴之さん! 聞いてください! わたし、『コリントの信徒への手紙一』だけはちゃんと覚えたんです! あなたが好きだから、愛をもっとも大いなるものだと思ったから、ちゃんと覚えたんです!! わたしの愛は、『愛』そのものです!」
「じゃ、言ってみろ!」
 こめかみが痛みから解放される。痺れる脳みそで、わたしは必死に内容を思い出した。胸の前で手を組み、聖書を思い浮かべる。それを読み上げるように、必死に唱えた。
「たとえ、人々の異言、天使たちの異言を語ろうとも、愛がなければ、わたしは騒がしいどら、やかましいシンバル。たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも、たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ、無に等しい。全財産を貧しい人のために使いつくそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。
 えっと、えっと、」
「愚図!」
 腹に痛みが走る。

(つづく)



渡邊璃生愛の言い換え』詳細はこちら(KAODOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321904000345/


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