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試し読み

【試し読み①】これならわかる!『ウィトゲンシュタイン 論理哲学論考』〈はじめに〉

 哲学書って、読めたらかっこいいけれど、難しい。手にとってはみたものの「あ、やっぱ無理…」とあきらめた経験のある人は多いのではないでしょうか。

「読んでみたいけどハードルが高い」「以前挑戦したけど挫折した」という人たちにもオススメなのがこちら、角川選書〈シリーズ世界の思想〉。原文の抜粋と、丁寧な解説で哲学の基礎知識がなくても古典的名著を学ぶことができる入門書のシリーズです。

 第三弾となる新刊で取り上げたのは『論理哲学論考』。
 この『論考』で、執筆者のウィトゲンシュタインは「哲学の問題すべてを一挙に解決する」という、哲学史上最高度に野心的な試みに取り組みました。

 簡潔でありながら理解するのは難しい『論考』を、知識ゼロでもわかるように読み解いてくれたのは、古田徹也先生。
 原文に沿って、カルチャーセンターや大学の講義で学ぶように、一歩一歩。一冊読めばウィトゲンシュタインが『論考』を通じて何をしたかったのか、何を語っているのか、その全容がわかるようになっています。

 注目の新刊から、まずは「はじめに」を試し読み!
____________________

はじめに

「現代哲学(二十世紀哲学)を代表する哲学書ベストスリーを挙げよと言われれば、国の内外を問わず、たいていの哲学者はL・ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』(一九二二年)とM・ハイデガー『存在と時間』(一九二七年)とにまず指を屈し、三番目をどれにするかでいささか迷うことであろう」(野家啓一『はざまの哲学』、青土社、二〇一八年、12頁)。
 実際、『論理哲学論考』は、現代哲学の最重要文献に数え入れられるものである。哲学の問題すべてを一挙に解決するという、哲学史上でも他に類例のないほど野心的な試みを遂行したこの書物は、同時にまた、ある思想的潮流の本格的な始まりを告げる記念碑的な仕事でもある。すなわち、言語の論理を分析することを通して哲学的問題に解決を与えるという、いわゆる「言語論的転回」である。当時のドイツ語圏や英語圏の哲学界に大きな衝撃を与え、いまなお新たな読者を獲得し続ける書物こそが、『論理哲学論考』なのである。この書物を抜きにして現代哲学を語るのは、少なくともかなり骨の折れる作業になることだろう。(ちなみに、『論理哲学論考』の原題は、ドイツ語のLogisch-Philosophische Abhandlung、およびラテン語のTractatus Logico-Philosophicusである。この原題に忠実に訳すとするならば、『論理的・哲学的論考』というのが正確な書名になる。)

 このように、『論理哲学論考』──以後、これを『論考』と略すことにする──が公刊後に世界に与えた影響は深く、そして多岐にわたる。それは哲学だけではなく、論理学、言語学、社会科学、さらには文学などにも広がっている。しかし、この書物は、記号論理学(数理論理学)の道具立てを駆使し、極めて特異な形式と文体で書かれているがゆえに、悪名高い難解さでも知られている。
 分量自体は非常にコンパクトだ。たとえば、岩波文庫版の邦訳で一五〇ページに満たない。にもかかわらず、読み通すのは至難である。極端に切り詰められた内容と、印象的な警句の数々は、多くの人々を惹きつける力をもってきたが、それが同時に、読者に立ちはだかる厳しい障壁となってきたのも事実なのである。
 本書は、そうした一筋縄ではいかない書物の内容を理解するための、一番初めのガイドとなることを企図している。
 日本語で読める『論考』の解説書や研究書は、すでに数多く刊行されている。その一部はこれから主に本書の註および文献案内において紹介できるだろう。本書の位置づけは、発展的ないし専門的な解釈を行っているそれらの解説書・研究書の手前にある。つまり、まだ『論考』を読んだことのない人や、ウィトゲンシュタインの哲学自体に馴染みのない人、さらには、哲学や論理学に関する知識をほとんどもたない人も対象にしている。それゆえ、『論考』の叙述のうち、次のような箇所については扱うことができない。たとえば、この書物のなかに登場はするものの、そこを理解せずとも趣旨の理解には支障のない箇所。また、記号論理学をひととおり習得していることを前提とし、かつ、彼の師であるゴットロープ・フレーゲやバートランド・ラッセルの論理学体系について一定の知識をもっていることを前提とする箇所も、本書ではその多くを省略している。それらを扱うなら、本書の分量はいまの何倍にも膨れ上がってしまうだろう。(代わりに、註やコラムのなかで、その種の箇所を理解するための基礎知識や文献を提示している。)さらにまた、六・二節以下をはじめとする数学論や、五・一五節以下で展開される確率論についても、本書では扱うことができない。
 本書が行うのは、『論考』読解のために最低限理解する必要がある箇所を具体的に取り上げ、それを一から解きほぐしていくことである。繰り返すように、本書を読み進めるために事前の知識は必要ない。代わりに、どうか、抜粋した原文と解説を行きつ戻りつ、ゆっくり読んでほしい。
 いったい、『論考』は何を問題にし、それをどのようなアイディアと方法で解こうとし、その末にどのような結論を導き出したのか。その「骨」となる部分を着実に捉えていくことにしよう。そこを辿るだけでも、真理を摑み取ろうとする稀代の哲学者の野心と苦心が、決して色あせない思考の閃きと深みが、豊かに湛えられていることを我々は確認できるだろう。

【目次】

はじめに
凡例
人と作品

『論理哲学論考』
§0 『論理哲学論考』の目的と構成
§1 事実の総体としての世界、可能性の総体としての論理空間──一~一・一三節
§2 事実と事態、事態と物(対象)──二~二・〇一四一節
§3 不変のものとしての対象、移ろうものとしての対象の配列──二・〇二二~二・〇三三節
§4 現実と事実──二・〇四~二・〇六三節
§5 像と写像形式──二・一~二・二節
§6 像とア・プリオリ性──二・二〇一~二・二二五節
§7 思考と像、像と論理空間──三~三・〇三二節
§8 命題と語──三・一~三・一四一節
§9 名と要素命題──三・二~三・二六節
§10 解明と定義──三・二六二~三・二六三節
§11 シンボル(表現)と関数──三・三~三・三二節
§12 日常言語(自然言語)と人工言語──三・三二一~三・三二八節
§13 個別性の軽視、個別性の可能性の重視──三・三四~三・三四三節
§14 言語の全体論的構造──三・四~三・四二節
§15 「言語批判」としての哲学──四~四・〇〇三一節
§16 命題の意味の確定性と、命題の無限の産出可能性──四・〇一~四・〇三一節
§17 『論考』の根本思想──四・〇三一一~四・〇三一二節
§18 否定と否定される命題の関係──四・〇五~四・〇六四一節
§19 哲学と科学──四・一~四・一二二一節
§20 要素命題とその両立可能性(相互独立性)──四・二一~四・二六節
§21 真理表としての命題──四・三~四・四四二節
§22 トートロジーと矛盾──四・四六~四・四六六一節
§23 命題の一般形式①──四・五~四・五二節
§24 推論的関係と因果的関係──五~五・一四節
§25 操作、その基底と結果──五・二~五・四一節
§26 操作の定義──五・五~五・五一節
§27 世界のあり方と、世界があること──五・五二四~五・五五七一節
§28 独我論と哲学的自我──五・六~五・六四一節
§29 命題の一般形式②──六~六・〇〇一節
§30 論理学の命題および証明の本質──六・一~六・一三節
§31 説明の終端──六・三~六・三七二節
§32 意志と世界──六・三七三~六・四三節
§33 永遠の相の下に──六・四三一~六・五二二
§34 投げ棄てるべき梯子としての『論考』──六・五三~七節
§35 『論考』序文

コラム① 記号論理学
コラム② 倫理学講話

文献案内
用語の対照表
あとがき
索引


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