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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.60

優れた犯罪小説であり、恋愛小説でもある――杉江松恋の新鋭作家ハンティング『爆弾犯と殺人犯の物語』

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

久保りこ『爆弾犯と殺人犯の物語』書評

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、世界と個人のありようを描く一冊。

 ああ、こういう小説も世の中にはありうるのか。
 ページをめくりながら感心しきりだった。この感覚をお伝えするためには少し段階を踏む必要がある。久保りこのデビュー作『爆弾犯と殺人犯の物語』(双葉社)の話だ。
 連作短篇集という表現が正しいか、今一つ自信がない。五章から成る作品であり、最初の二章は「小説推理」に掲載された。巻頭の「爆弾犯と殺人犯の物語」で久保は第四十三回小説推理新人賞を受賞している。それが同誌の二〇二一年八月号に掲載されて初めて読んだ際は、いわゆる奇譚の類で、ディテールを詰めていくといろいろ矛盾もありそうだが、他にない存在感があるのが価値だな、と感じた。そうしたことを書いたメモが手元に残っている。おぼろげな記憶だが選考委員を務めた作家諸氏も、小説の雰囲気には言及していたのではなかったか。
 物語で現実を上書きする、という小説なのである。主人公の〈僕〉こと星子空也は三十歳、二歳上の町田小夜子と出会い、一目惚れする。彼女に、そして彼女の左目に入った義眼に。小夜子は自分の義眼に固執しており、寝ている間も外さない、まして〈僕〉の前では絶対に外さない、と宣言する。しかし〈僕〉が最も愛する小夜子はその義眼なのだ。なぜならば、彼らを結びつけた過去はそこから始まっているからである。
 製薬会社の研究員として働いている〈僕〉は学生時代から理系科目が好きだった。高校生活のある日、海外で爆弾テロが頻発しているというニュースを見た彼は、自分も一つ作ってみようか、と思いついた。小規模な、人を驚かす程度の爆弾である。それが完成した日、〈僕〉は学校からの帰り道でパチンコ玉を拾い、せっかくだから、と中に仕込んだ。公園に置かれたそれの爆発に巻き込まれたのが、二十歳の町田小夜子である。パチンコ玉が飛び出し、小夜子の左目を潰した。〈僕〉だけがそのことを知っている。自分のせいで彼女の片目が失われたことを。義眼が二人にとっての最も古い過去であることを。
 嘘から始まった物語は、嘘が破れることで終わる。話作りの法則の一つである。フィクションにおいて無意味な嘘は存在しない。それを吐くという行為自体に意味があり、嘘は現実のどこを覆い隠しているか、ということが重要な因子として働くからだ。ということは、小夜子に対してついている嘘によって、〈僕〉は報復を受けなければならない。それが物語の必然というものである。どういう形で破局が訪れるのか、と思いながら初読時はページをめくり続けた。
 ところが、である。訪れた結末は予想していたものとまったく違っていたのだ。こういう幕の下ろし方があるのか、と感嘆した。ネタばらしになるので書けないが、嘘というフィクションと現実を拮抗させる、別の上手いやり方を作者は見出したのである。物語の最後には雪が降り、嘘と現実が絡み合った世界のありようを白く塗りつぶす。とても美しい幕切れである。
 この奇跡的な逆転を可能にしたものは、キャラクター配置の技巧である。話の中途で門田ひなという小学生が現れる。彼女は行方不明になってしまった父を捜している。実は、小夜子は門田家でベビーシッターのアルバイトをしていた時期があり、その頃にひなの父親と恋愛関係にあったのである。つまり不倫だ。〈僕〉と小夜子、そして門田を交えた三角関係を導入したことによって嘘の物語は新しい局面が加わり、これしかないと思われたもの以外の別解という可能性が生み出された。登場人物数を極限まで減らしたフランスの心理スリラーを私は思い出した。淡々と進んでいく物語だが、実はとても意外性に満ちている。
 これが第一章。第二章「砂漠にサボテンは咲かない」は別の二人の物語である。青柳雫は自動車事故に遭い、十二年間を昏睡状態で過ごした。奇跡的に目を覚まし、恋人の岩波春陽と再会する。十二年の間、春陽は変わらずに雫を思い続けてくれていた。変わった点は一つだけ、事故に遭う前の彼はシラセというカルト宗教にはまりこんでいた。それを厭だと思いつつも、雫は諦めの境地で事態を受け入れていたのである。雫が眠っている間に春陽はシラセから退会した。なぜ、というのが物語で示される最初の謎だ。これも現実を物語で塗り替えようとする者の話で、第一章とは異なる形の結末になる。
「爆弾犯と殺人犯の物語」と「砂漠でサボテンは咲かない」はまったく別の話だが、実は少し関わりがあることが最後にわかる。曖昧な書き方をすると、時間の流れが関係しているのである。以降の三篇「耳を塞いで口をつぐむ」「僕には印がついている」「奇跡の二人」は単行本化にあたって書き下ろされたものだが、これらも「爆弾犯と殺人犯の物語」から続くひとつらなりの線上にある。どうつながっているかという発見が興趣の一つでもあるので、ここで明かすのは止めておこう。
 もし分類するとすればミステリー的なプロットを用いた恋愛小説ということになるが、同時に際立った特徴を持つ犯罪小説でもある。犯罪小説とは社会と対立してしまう個人の物語だ。「爆弾犯と殺人犯の物語」の主人公である星子空也は、爆弾犯である自分を隠し通しながら普通の人間として暮らしている。本質的に犯罪者である彼が社会の中で生きていくことはできるのか、幸せを手に入れられるのか、という小説でもあるのだ。犯罪小説の主人公は社会の決まりを破る存在だから、生きていく上では自分だけの倫理を作り上げなければならない。作れないならばそれは単なる破綻した精神である。その独自の倫理を読者に受け入れさせることができるか。もし受け入れさせられるならば、なぜ読者は赦せるのか。そこが物語の焦点となる。そうした犯罪小説の性格に正面から挑んだ作品である。優れた犯罪者小説だとも思う。それでいて、きちんと恋愛小説でもあるのだ。
 こんなものを書かれたら次回作に期待せずにはいられない。久保りこ、楽しみな作家である。世界と個人のありようを、徹底的に突き詰めた小説を書いてもらいたい。人とは何か、幸せとは何かを文字で書き尽くしてくれ。待っている。


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