どんな状況でも謎解きの舞台にできる――杉江松恋の新鋭作家ハンティング『秘境駅のクローズド・サークル』
杉江松恋の新鋭作家ハンティング

鵜林伸也『秘境駅のクローズド・サークル』書評
書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、著者待望の二冊目。
どんな状況でも謎解きの舞台にできるよ。
作者のそんな声が聞こえてくるような一冊である。鵜林伸也『秘境駅のクローズド・サークル』(東京創元社)は五篇を収めた著者初の短篇集だ。
最初に刊行された鵜林の著書は、二〇一八年の『ネクスト・ギグ』(東京創元社)である。これはあるロックバンドを中心に据えた音楽ミステリーで、二つの殺人事件が扱われている。その一つはステージで歌っている最中にボーカリストが刺殺されるというもので、凶行の直前にギタリストが犯した、らしくない凡ミスが事件の背後に隠された秘密を窺わせることになる。ロックバンドを巡る人間関係が重要な意味を持つ小説なのだ。もう一つ、再起動したバンドが巻き込まれることになる殺人事件があり、こちらは現場の構造を踏まえた論理の組み立てに光るものがあった。
なぜ殺したのかという動機と、誰が可能であったかというアリバイの検討が緻密に行われる作品で、地味ではあるが、よく考えられていると好感を持った記憶がある。ところがその後が出ない。どうした鵜林、と私は気にしていたのである。二冊目の著書は旧作も交えた作品集になったが、ともかく書き続けてくれてよかった。ほっとした、というのが本を手にしたときの思いであった。
で、『秘境駅のクローズド・サークル』である。『ネクスト・ギグ』は正攻法の青春ミステリーだったが、こちらはもう少しのほほんといた雰囲気が漂っており、前作ではあまり感じなかったユーモアの要素もあって楽しい。何よりそれぞれの舞台がばらばらなのがいいのである。いちばん普通に見える舞台は「ベッドの下でタップダンスを」のそれで、普通の民家で起きた殺人事件の話である。しかし状況は変わっていて、語り手が雇い主の妻と浮気をしていて、まさに今から一戦交えようというところで当の夫が帰ってくる。思わずベッドの下に逃げ込んだところ、見つけられて引っ張り出されそうになってしまう。その夫が何者かに殺害されるのだ。犯行が行われた時間帯、家の中には自分と浮気相手の女性しかいない。二人以外に犯人がいる可能性を見つけないと、自分が逮捕されてしまう、という話の展開である。浮気相手である瑞貴というのが肝の据わった女性で、語り手との会話にその性格が覗き見えるのが笑いを呼ぶ。
表題作は一日に限られた本数の列車しか停まらず、周囲に人家もほとんどないという、いわゆる秘境駅を舞台にした作品だ。そこを訪れた鉄道サークルの一員が死体で発見されてしまう。閉鎖環境の中で起きた殺人事件の犯人捜しをクローズド・サークルと呼ぶ。秘境駅という特殊な舞台がそれに使える、という発見が作品の肝だろう。「夢も死体も湧き出る温泉」は、温泉地が舞台である。
残り二篇は高校生たちが主人公の青春ミステリーだ。巻頭の「ボールがない」は創元推理文庫で編まれたアンソロジー『放課後探偵団』に収録された、鵜林のデビュー作である。高校野球部の練習中、百個あったはずのボールの一つが行方不明になる。部長はそうした点に厳しいため、見つけるまで誰も帰れない。部員たちはぶつくさ言いながら探し始めるが、ボールの行方を巡って、意外な推理談義が交わされることになるのである。「宇宙倶楽部へようこそ」は回想形式で綴られる物語で、語り手が一枚の写真について謎解きを天文部に依頼することから話が始まる。真相は単純なものなのだが、意外性に満ちている。「ありえないことをすべて取り除いたあとに残ったものは、いかに突飛に見えても真相である」というシャーロック・ホームズの名言を思い出させる一篇だ。
このように内容はさまざまで、舞台に合わせて作品の雰囲気も変化する。『ネクスト・ギグ』を読んだときは勝手に生真面目な性格の作者なのかな、と想像したのだが、どうやらそうでもないようだ。遊び心でいろいろな作品を書ける人であるらしい。それを知ることができたのが最大の収穫かもしれない。鵜林伸也、やはり楽しみな作家である。願わくば、次はもう少し早く出してくれるとありがたいのだが。待ってるよ。