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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.44

完璧な冒険小説! ――杉江松恋の新鋭作家ハンティング『高望の大刀』

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

『高望の大刀』書評

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、冒険小説好きは必読の一冊。

 おお、なんと完璧な冒険小説なのか。
 この連載で取り上げるのは新人作家ばかりなので、毎回ほとんど予備知識なしに本を手に取る。前評判などもあまり耳に入れない状態で読むので当たる場合もあれば大外れすることもある。今回は大当たりだ。夜弦雅也『高望たかもち大刀たち』(日本経済新聞出版)をぱらぱらとめくり始めて、数ページ読んだところで思わずのけぞってしまった。これ、間違いなくおもしろい。気合いを入れ直して本に没頭する。どういう小説なんだ、どういう作者なんだ。
 本作の主人公は平高望である。名前を見てすぐに、ああ、あの人か、と思いだせるのは結構な歴史好きだと思う。桓武天皇の孫、もしくは曾孫という説のある人物で、つまり皇籍であった。平安末期にこの世の栄華を誇った桓武平氏は、高望の子孫である。
 読者の前に姿を現したとき、彼は高望王を名乗っている。王(おおきみ)とは言うものの、二十三歳で無位無官、現代に直して言えば資格も職も何も無しだ。官職に就くためには学位が必要だがそれもなく、誇れるような武芸の実績もない。まさにないない尽くしで、彼は太政官殿舎にやってくる。え、皇籍なのにそんな状態なの、と思われるかもしれないが、平安京には天皇の末裔がごろごろいたらしい。血筋だけでは食えない時代だ。
 本来、二十一歳に達した男子は自動的に職を割り振られる決まりなのだが、若年人口が増えすぎて制度が機能しなくなっているのである。社会の歪みを若者がまともに受けているわけだ。このへんは現代の状況によく似ているが、作者はおそらく意識して書いている。初めから何も持っていない若者と既得権益を手放さない上の世代という対立図式だ。ロスト・ジェネレーションの元祖が上に噛みつく話なのである。
 哀れな高望に、公卿たちはとんでもないことを言いだす。職を得たければ弓に対して刀で戦え、と。もちろん刀を使うのは高望だ。ほぼ間違いなく射殺されるが、手をこまねいていても未来はない。決死の覚悟で高望は申し出を受け入れる。三ヶ月後、帝も上覧になる相撲節で高望一世一代の大勝負が決まった。
 高望がいかにして刀を得て、武芸を磨いていくか、という展開にここから入る。まず刀を手に入れなければならず、戦術を練る必要もある。高望自身は何も持っていない男なのだが、人に好かれる才覚だけはあるようで、友の輪が広がっていく。こういうところが巧い。初めは敵であった者を友として、その途中で恋人も得るのだ。まったくの素人が三ヶ月で弓矢に勝てるほどの剣豪になるというのはそもそも無理なのだが、それを可能にするために特訓をするわけである。少年漫画的な熱い展開を経て、いよいよ決闘ということになる。
 ここからどうなるかは未読の方のために書かないが、作者は肚が座っていると感心した。とにかく高望を甘やかさず、辛い目にばかり遭わせるのだ。ちょっとだけ書くと、高望は最初の戦いで勝つ。しかし官人どもは難癖をつけ、次の勝負をやらせようとする。初めから勝たせるつもりなどなかったのだ。単に愚かな若造をなぶりたかっただけなのだ。はらわたが煮えくり返る思いの高望だが、戦い続ける以外に道はない。たとえ命を捨てることになろうとも。この決意をした瞬間、高望は不可能を可能にする男という冒険小説ヒーローに不可欠な資格を手にする。そうだ。偉そうにふんぞりかえっている連中に一泡吹かせてやれ。
 二章の構成になっている小説だ。第一章は「高望王」、第二章は「平高望」という題である。つまり皇籍から臣籍に降下した後が後半では描かれる。あることから罪を得た高望は上総国(現在の千葉県)に流される。せっかくできた仲間たちとも引き離され、罪人として苦役の日々を送ることになるのだ。ここはもう収容所小説の展開である。どこまでも、どこまでも辛い目に遭わされる。ここでも情けある人との出会いがあり、裏切りもあり、絶体絶命の危機に何度も高望は陥るのだ。命がいくつあっても足りない日々を送りながら、逞しく成長していく。
 高望が上総国を拠点としたことは史実なのだが、それと虚構部分をどうやって合わせるのか。作者はけっこうな力業を使う。小説としては高望が意地を見せ切ったところで完成しており、どう帳尻合わせをするかは、はっきり言って余禄のようなものである。そうなるだろうね、正史と矛盾しなければいいよね、という程度に整合性が取れていればいいのだ。読者を失望させるような終わり方はしないのでご安心いただきたい。
 小説内でもっとも重要な一行は第二章に出てくる。打ちのめされつつも生きることを諦めない高望は思うのだ。
――新しき人になりたい。皇親でも臣下でも貴人でも官人でもない――新しき者に、我はなりたい。
 人にすがって生きる道を探そうとした男がこの境地に達し、未来を自ら切り拓く。徒手空拳であるがゆえ、頼みにするのは自らの頭脳と身体のみ。こういう主人公を描くのが冒険小説というものだろう。歴史小説ではあるが、冒険の物語を好むならば誰もが読むべき作品だ。
 本作は第十三回日経小説大賞の受賞作である。日本経済新聞社と日経BP社共催の新人賞で、ノンジャンルだが『大友二階崩れ』の赤神諒など、歴史小説に強い印象がある。歴代受賞作の中でも指折りのおもしろさであり、エンタメ小説界の第一線で活躍できる実力の持ち主だと私は思う。日経小説大賞としては、いい新人を引き当てた、と笑いが止まらないのではないか。すばらしい冒険小説作家の誕生を心より祝福したい。


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