即戦力、認定! ――杉江松恋の新鋭作家ハンティング『密室黄金時代の殺人』
杉江松恋の新鋭作家ハンティング

『密室黄金時代の殺人』書評
書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、ミステリーマニアをほくそ笑ませる一冊。
よし、即戦力に認定だ。
『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(宝島社文庫)の作者・鴨崎暖炉を、謎解き小説書きの期待株として強く推しておきたい。これは書ける作家だと思う。
本作は第二十回「このミステリーがすごい!」大賞に「館と密室」の題名で応募された。応募時の筆名は金平糖であった。ご存知のとおり大賞に輝いたのは南原詠「バーチャリティ・フォール」(『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』と改題)だったのだが、本作も文庫グランプリを冠して刊行されることになった。読んでみて驚いたのだが、これは意外なほどに正攻法の謎解き小説である。読者によっては大賞作品よりこちらが好みという方もいると思う。読み心地は軽やかだが、詰め込まれたアイデア量が半端ではなく、文庫オリジナルだからといって軽んじていい作品ではない。
題名の「密室黄金時代」には少し説明が必要である。二つの世界大戦に挟まれた一九二〇~三〇年代に英米で探偵小説執筆が活況を呈したことを指して「黄金時代」と呼ぶことがあるからだ。それと混同すると紛らわしい。
これは現代の話である。ある殺人事件の裁判において、検察側は致命的な敗北を喫した。弁護側が、事件現場が密室であり、被告にも誰にも犯行に及ぶことは不可能であったと主張し、それが認められたのだ。「どうにかして殺したのだ」という強弁は通らなかった。その前例によって刑事裁判には画期的な変革がもたらされる。密室の謎が解明できない事件はどんなに容疑が濃厚でも無罪という原則が打ち立てられたのである。直後から日本の密室殺人事件は飛躍的に増加する。これが「密室黄金時代」だ。それによってさまざまな社会変化が起こったことになっているのだが、読者はほぼ気にしなくていい。作中で描かれるのが、外界から隔絶された建物、すなわちクローズド・サークルの事件だからだ。
語り手は十七歳の高校生・葛白香澄である。彼は幼馴染みで姉のような存在の朝比奈夜月が山にイエティを探しに行くというのに付き合わされることになる。イエティといえば棲息地はヒマラヤのはずだが、なぜか埼玉である。UMAにはかけらも興味がない香澄であったが、ミステリー・マニアであったため夜月の申し出を受ける。宿泊先の雪白館がかつて、推理作家の雪城白夜の居館だったからだ。白夜はある日、招待客たちの前で不可思議な密室を作り出してみせた。扉が施錠され、唯一の鍵が蓋をした瓶に入れられて、室内に残されていたのである。この密室の謎は未解明のままであり、全国の名だたるマニアたちが挑戦するためにこぞって雪白館を訪れているという。
こうした経緯で香澄と夜月は雪白館にやってくる。続々と宿泊客たちがやってくるのだが、到着するたびに夜月が奇妙な語呂合わせで彼らの名前を覚えようとするのが可笑しい。夜月、コメディ・リリーフとしていい感じだ。宿泊客たちの名前も語呂合わせしやすいようなものばかりである。そういう形でデフォルメされたキャラクターだけが登場しますよ、現実味とかあまり気にしなくていいですよ、なんていったって密室黄金時代なんですから、と冒頭から作者が目配せしてくる。このへんの割り切り方が心地いい。いわゆるコージーな感じだ。よし、余計なことを気にしないで謎解きに集中するぞ、と思えるではないか。
やがて殺人事件が起きる。それが雪城白夜が使ったのとまったく同じトリックだということが明かされる。あっさりと謎が解けてしまうのだ。潔くていい。副題を見れば明白だが、本作では六つのトリックが用いられることが最初から宣言されている。もちろん六つの密室トリックだ。一つのトリックに固執している暇などないのである。密室を閉めては解き、閉めては解きで、どんどん推理が行われていく。探偵役は少々意外な人物なので、ここでは明かさなくていいだろう。香澄がちょっとしたしょんぼりキャラであることが早々にわかって、そこでも笑わされてしまう。とにかくテンポがいいのだ。
それぞれの密室は一つとして同じ趣向はなく、室内で殺人が行われて扉や窓が施錠されているという「完全密室」から、常に監視の目があってそこに出入りすることは不可能であったという「広義の密室」まで、作品を通じて密室分類講義を行っているかのような調子で話が進んでいく。天城一か。ご存知ない方のために書いておくと、天城一はセミプロの作家として活躍した数学者で自身のミステリー理論を実作を交えて展開した『天城一の密室犯罪学教程』(宝島社文庫)という作品集があるのだ。探偵が「逆密室」とか「超純密室」とか言いだすのではないかと思って私はどきどきした。
ミステリー・マニアをほくそ笑ませるような趣向がいろいろ盛り込まれている。読んだ人に発見してもらいたいので、ここでは多くを語らないことにする。主人公のとぼけた感じは青崎有吾の裏染天馬シリーズに、変人のキャラクターがぞろぞろ出てくるところは東川篤哉の烏賊川市ものに似ているとだけ書いておこう。物証をきちんと手がかりとして提示する律義さ、Aかと思ったらBだった、という展開の連続で読者を退屈させないようにする気配りなど、みな好ましい。それとは書かれないが、作中には読者への挑戦めいた箇所もある。
気負ったところはないが、謎解きが好きで、これからも書くつもり、しかも量産が可能な作者だと見た。デビューさせてくれた宝島社は実に偉い。応援させてもらうので、どんどん次を書くのだ。
最後に、この小説中で最も好きな箇所を引用しておく。ある登場人物の台詞だ。
「だから推理作家は口が裂けても『新しい密室トリックは存在しない』なんて言ってはならない。だってそれは自らの仕事を否定することになるのだから。嘘でもいいから虚勢を張るの。そうすればいつかその嘘から、真実が零れる日が来るかもしれない」
不覚にもこのくだりを読んで、ちょっと涙腺が緩みそうになった。いつかその嘘から、真実が零れる日が来るかもしれない。いい文句だ。