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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.38

クリスマスの贈り物にミステリを——杉江松恋の新鋭作家ハンティング『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』書評

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、軽やかにして心地よい謎解きが楽しめる一冊。

 軽やかでよいぞ。
 笛吹太郎『コージーボーイズ、あるいは消えた居酒屋の謎』(東京創元社)は、カフェを舞台にした謎解き小説の連作短篇集である。
 題名にあるコージーとはミステリーのジャンルだ。コージー、すなわち心地よく謎解きが楽しめる、流血沙汰とか深刻な社会問題といった夾雑物がないものを指す。小村セント・メアリ・ミードの老婦人、ミス・マープルが謎解きをする『火曜クラブ』などのアガサ・クリスティー作品などが理想形とされていて、そうした古典的な探偵小説を懐かしむファンによって提唱され、書き継がれてきた。
 そうしたコージーを愛する出版関係者四人、作家の福来晶一、評論家にして古本屋二代目の伊佐山春嶽、同人誌『COZY』主幹の歌村ゆかり、〈ぼく〉こと編集者の夏川ツカサがカフェ〈アンブル〉でお茶とケーキを囲んでミステリー談義を交わすというのが〈コージーボーイズの集い〉である。ルールは二つ、作品の悪くちは大いにやるべし、ただし人の悪くちはいってはならない。もっとも後者の近いはしばしば破られる。
 この集まりに現実世界で起きた奇妙な出来事の謎解きが持ち込まれ、四人がそれぞれの推理を述べる、というのが毎回の展開だ。翻訳ミステリーに詳しい方ならすぐ思い当たるだろうが、これはディナーの席で同好の集まりが行われるアイザック・アシモフ〈黒後家蜘蛛の会〉シリーズ(創元推理文庫)の本歌取りとなる設定だ。〈黒後家蜘蛛の会〉では各界の名士が珍説奇説を開陳した後で、傍に控えて話を聞いていた給仕のヘンリーがおそれながら、と自分の推理を述べるというのが毎回お決まりの流れであった。本作でもカフェ〈アンブル〉の店長、元は超一流のホテルマン、もしくはさる筋の家令か、などと噂される茶畑氏が真打登場となる名探偵の役割を担っている。
 基本設定の作りこみがしっかりしている。古伊万里のいい器を準備したら、どんな素材の料理を載せても見栄えがするというものである。笛吹の偉いのはそこで怠けず、毎回趣向の違う謎を呈示することで読者を楽しませてくれるところだ。巻頭の表題作では仲間の一人である福来が殺人事件の容疑者になってしまう。夜っぴて梯子酒をしていたので、どこかの店にいたということを証明できればいいのだが、不思議なことにどの店に連絡して聞いても「昨日は見えてません」と言われてしまうのである。なるほど「消えた居酒屋」だ。アリバイを証言してくれる女性を探すのがウイリアム・アイリッシュ『幻の女』だが、その店版ということになる。
 本シリーズの舞台は中央線の荻窪であり、探す店も駅前付近にあるはずということになっている。地域を限定しているのは、そうしないと対象が広くなりすぎるからだろう。この条件をつけるひと手間が作者の工夫だ。なるほどそれしかないだろうという真相が最後に明かされるのだが、その種明かしだけではなくもう一つ別の着想が織り込まれており、さりげなく伏線も張られている。小品ながらよく考えられた一作だ。
 次の「ありえざるアレルギーの謎」は、漫画家のアシスタントが絶対にそこになかったはずのナッツでアレルギー反応を起こしてしまうという話だ。どうやって摂取させたか、という服毒トリックのバリエーションで、謎が解けると同時に事件全体の構造が見えてくるようにもなっている。各話ごとに作者のあとがきが付されている構成なのだが、本作と次の「コーギー犬とトリカブトの謎」で作品の題名を巡るいきさつが書かれているのが興味深い。題名に関してあれこれ作者が拘泥するのは、本家というべき〈黒後家蜘蛛の会〉でのお約束でもあったからだ。
 呈示される謎の種類では「謎の喪中はがき」が私には興味深かった。ある女性が、身内に不幸がないにもかかわらず喪中はがきを出したという謎で、動機探しの話である。読んでいて連想したのは泡坂妻夫の某短篇だ。人間心理の不思議を追求していくと、日本の探偵小説では泡坂妻夫という巨大山脈にどうしてもぶつかることになる。「謎の喪中はがき」は独自性という意味ではよく健闘しているように思う。単にその着想をぶつけるだけではなく、振り返ってみたときに読者が納得できるよう、小道具や人間関係などに十分配慮が尽くされている。つまりは親切設計である。
 伊佐山・福来・歌村・夏川というレギュラー陣にもう少し個性が欲しかったという声も出るのではないかと思う。キャラクター描写はやや薄味で、特に女性の登場人物にはもう少しバリエーションが欲しい気もする。そのへんは今後の課題ではあるが、大きな瑕ではないだろう。味付けを薄めにすることで主材料である謎解きの邪魔にならないように配慮したとも言えるのだから。どなたにも安心してお薦めできる、角のないまろやかな仕上がりの短篇集だ。お知り合いにミステリー好きの方がいらっしゃったら、クリスマスの贈り物にされるのもいいだろう。一年に一冊はこういう短篇集を読みたい。
 笛吹太郎は本書がデビュー作となる。執筆歴は古く、二〇〇二年に「強風の日」が第九回創元推理短編賞最終候補となって、『創元推理21』二〇〇三年春号に掲載された。東京創元社が行っているミステリーズ!新人賞には三度最終候補に挙がっており、あの深緑野分「オーブランの少女」などと席を争ったこともある。知る人ぞ知る存在で、いつかはデビューするだろうと誰もが思っていたのだ。文芸フリマで配布された同人誌などでもその名をよく見かけたものである。笛☆吹太郎名義のこともあったな。
 種を明かしてしまえば笛吹はワセダミステリクラブの出身者であり、学生時代からよく知る仲でもある。知人の本について書くのは自分まで気恥ずかしくなるものだ。しかし身内褒めではないことはお読みいただけば納得してもらえるはずである。本書の中に酒の上でのおっちょこちょいについて触れた箇所があるが、そのとおりとても朗らかになってしまう人物でもある。作者の人柄がよく表れた一冊でもある。
 軽やかに、そして朗らかに、佳き調べを奏で続けられんことを。


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