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連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.30

【連載小説】郷原を探して暴行現場に戻った駿は、レナと遭遇する。少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#30

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

「前夜祭?」
 その計画を伝えると、真夜は目を丸くして言った。
「そう。あと一週間で、圭一郎は絵が描けるようになる。そうすれば〈子供〉も見つかるだろうから、それを祝して前夜祭をやる。最後にここで、パーッとね」
「パーッとって、何をやるの?」
 ぼくは涼子を見た。涼子が、空を指差す。
「ふたご座流星群」
 その瞬間に、真夜が飛び上がった。前髪がふわっと舞い上がり、眼鏡が思い切りずれる。
「なんでそれを! 今年は最高の条件なの! 極大時刻は未明で! 日の出もそのあとだから月光が邪魔しないし! 天気は? 吉見くん、当日の天気は!」
「え? ええと……晴れみたいだけど」
「マジかっ。すごいことになってきた! やばい!」
「……真夜、髪振り乱して興奮してるけど」
 涼子はおかしそうに微笑んだ。真夜が興奮してその辺を走り回る光景を、何度見たことか。涼子にも隼人にも圭一郎にも、いまの真夜の姿が目に浮かんでいる。
「吉見くんが真夜との約束をすっぽかしたって聞いたから、みんなで補ってあげることにした。ね、ここでみんなで、ふたご座流星群を見ようよ」
「すっぽかしたって、涼子が言うなよ」
「あんなところにくるほうが悪い。真夜は心が広いから許してくれたかもしれないけど、本当は怒ってると思うよ。埋めあわせのチャンスだよ、吉見くん」
 むちゃくちゃなことを言ってくる。でも、さっきの涼子の様子を考えると、こういう冗談を言えるのはいいことなのかもしれない。
 ふたご座流星群。
 流星群という単語は聞いたことがあるけれど、どんなものかはよく判っていなかった。
 地球は、太陽の周りを公転している。その軌道の途中に、すいせいが撒き散らした大量の細かいちりが漂っているゾーンがいくつかあって、地球がそこに差し掛かると塵が大気圏に流れ込み、流星になって空を彩る。それが、流星群だ。
 ふたご座流星群というのは、ふたご座の方角から流星が降ってくるように見えるためにそう名づけられている。年明けのしぶんぎ座流星群、真夏のペルセウス座流星群と並んで、三大流星群と呼ばれているらしい。
 ただ、流星ひとつひとつの光は、とても弱い。「極大」といって、もっとも活動が活発になる時間が昼間だったりするとほとんど見えないし、満月が夜空に輝いているとやはり観測を邪魔してしまう。
「今年のふたご座流星群は、とても条件がいい」
 涼子が言う。前夜祭をやりたいという話を受けて、真夜が喜びそうなプランを組み立ててくれたのは涼子だった。
「日の出が未明だから月光が邪魔しないし、極大時刻も未明だから一晩中流星が見える。徹夜明けで見たあとは金曜だから学校がつらいけど、木曜は東中の創立記念日なんだってね。だから、一日中真夜といられる。私はその日、学校休むよ。母親は私に関心ないし」
 防寒はしっかりすること。長時間寝転がって見るので、レジャーシートはひつで、汚れてもいい枕やネックピローを持ってくるとなおよし。流星群は空全体を観察するものなので、双眼鏡や望遠鏡はいらない。涼子は計画をプリントにまとめてくれていた。
「唯一、場所がここっていうのが難点だけど……でも、それはもう仕方ないよね」
「どういうこと?」
「本当はもっと山奥に行って暗い空で見られるとよかったんだけど、真夜が動けない以上仕方ない。今年は条件がいいから、それでも結構な流星は観測できると思う」
「さすが涼子、きまめだなあ」
 涼子が本気でサポートをしたときの力に、ぼくは改めて感心していた。さすが、長年真夜の相棒だっただけのことはある。
 どの辺で見ようかなと、涼子たちは下見をはじめる。真夜がぼくのほうに一歩寄ってくる。
「吉見くん、ありがとう」
 ぽつりと言った。
「私を見つけてくれて、ありがとう」
 胸が少し、毛糸を一本巻かれるくらい、弱く締めつけられた。
「吉見くんがいなかったら、私、こんな日を迎えることはできなかった。ひとりで孤独で、ずっとここから動けなくて、頭がおかしくなっていたと思う。こんな素敵な時間が持てて、またみんなで集まれて、本当に感謝してるよ」
「そんなこと、いいよ。真夜と話せて、みんなも喜んでる」
「私、このこと、忘れないよ。たとえどうなったとしても」
 ぼくの胸を回った糸は、徐々に強くぼくを締めつけだす。その力を弱めるみたいに、ぼくはふっと笑顔になった。
「どうなったとしてもって……真夜はここから解放されて、自由になるんだろ? その可能性はあるって、言ってたじゃん」
 前向きな言葉を口にしていると、少し気持ちが楽になってくる。
「自由になったら、流星群の季節においでよ。何年か経ったら皆既月食が起きるみたいだし、世界中を飛び回れば金環日食だってオーロラだって見られる」
「吉見くん、天文に詳しかったんだっけ」
「まあ、ちょっと調べただけっていうか」
「へええ、私に影響されたんだ? 可愛いなあ、吉見駿くん」
「うるさいな」
 とにかく、とぼくは言った。
「これからもぼくたちは色々なところに行けるし、色々なものを見られるってこと。みや島でも、なんとか国立公園でも、あちこちに行こうよ。前夜祭は、その小さくて偉大な一歩なんだ」
「何それ、ニール・アームストロング? 引用、下手だなあ」
 真夜は茶化したみたいに笑う。ぼくもつられて笑った。
 馬鹿みたいな話が、現実を覆い隠してくれる。ぼくも真夜も、こういうことができるようになった。可能性はある。かもしれない。そんな言葉でぼくたちは共犯者になり、壁を築いて見たくない現実を遮る。
「駿、真夜」
 隼人が声をかけてくる。前夜祭のことを話していた三人が、ぼくのほうを見ている。
「実は、もうひとつあるんだ。前夜祭でやりたいことが」
「もうひとつ?」
「さっき、お前の家に行く途中で、圭一郎から提案されたんだ」
 圭一郎がうなずく。眼鏡の奥の細い目が、不敵に微笑んだ。
かまくらだ。真夜を、鎌倉につれていく」
「どういうこと?」
 ぼくと真夜は、同時に言った。
「前に話が出ただろ。真夜に行きたい場所をリクエストしてもらって、映像を送って旅行を擬似体験させてあげようって」
「うん。でもそれは、やめたんじゃなかった?」
 圭一郎は、当然判っているという感じで、チッチッと舌を鳴らす。そして、涼子を手で示した。
「いまのぼくたちには、強力なメンバーが加わった。早乙女涼子っていう」
「え、私?」
 涼子も聞いていなかったみたいだ。三人の困惑が混ざる空気の中、圭一郎と隼人は悪戯っぽい表情になった。
「VRを使うのさ」

 解散したあと、ぼくはエノルメに寄ることにした。
 十八時。〈エノルメには近づくな〉という母さんの言葉を裏切って、ぼくは自転車を駐輪場に停めた。
 マスクをつけて、人相を隠す。最初に向かったのは、郷原に殴られた平面駐車場だった。モールの脇の駐車場は今日もいていて、だだっ広いスペースに車がぽつんぽつんと止まっている。
 郷原の姿を捜したけれど、あの大きなバイクはどこにも見当たらない。そのことにほっとしている自分がいて、これじゃあ駄目だなと反省する。
 ──あ。
 ふと、広い駐車場に、ヒクイドリが歩いているのが見えた。
 真っ黒な体毛に覆われた巨大な鳥で、顔の部分が青、のどの部分が赤と、頭部だけがカラフルだ。世界一危険と言われるヒクイドリは、獲物を探すみたいにゆったりと歩いている。
 ぼくが歩くと、足元にタヌキが現れた。ぼくの歩く脇を、シマウマが追い越していく。暗くなった空を、バタバタとコウモリの群れが飛んでいく。角張った翼を横に大きく広げるシルエットは不気味とよく言われるけれど、鳥のようでいて虫のようでもある活発な動きは、エネルギッシュで好きだった。
 ──緊張しているのか。
 どれも、そこまでじゃないけれど、少しだけ好きな動物たちだ。特別に好きなものを見せて心を揺さぶるわけじゃなく、ほどほどに好きなものを見せてリラックスさせようとする。ぼくの〈力〉は、たまにこういうことをする。
 モールの中に入って、ベンチに腰掛ける。マスクの位置を直してから、ぼくは人混みの中に目を走らせる。
〈真夜が死んだ、あの河原だよ、判るよね。ぼくと一緒にいきたくないなら、ひとりでもいい。真夜には声が聞こえる。謝れば、きっと許してくれるから……〉
 あの台詞せりふを言った途端、郷原は殴りかかってきた。そのことがどうしても引っかかっている。
 本当なら、疑問をみんなで共有して、一緒に考えるべきだろう。あれはたまたまなのか、それとも何かあるのか。でも、ぼくは誰にもそのことを話していない。
 郷原が事故に何らかの形で関わっていたとしたら、先に真相を知っておきたい。自分だけが情報を持っていたら、それをみんなに共有するにせよしないにせよ、打てる手が増えるからだ。真夜に告げるか告げないかも、選ぶことができる。そのためには、郷原からあのときの真意を聞きだす必要があった。
 ぼくは、みんなを裏切っている。真夜が見えないのに集まってくれている、大切な仲間を。
 ひきようなのは判ってる。でも、このまま行くと、ぼくは真夜を失ってしまう──。
 すーっと、目の前をつばめが通り過ぎた。
 人が行き交っているフロアの上空を、燕は飛んでいく。力強くシンプルに引かれた線のような軌跡に、ぼくは思わず目を奪われた。燕は下界のことなど何も気にしていないように、自由に、力強く飛び、そのままモールの向こうのほうに消えていった。
 あの、燕みたいになれたら。
 そこまで思ったところで、ぼくは主語を探した。燕みたいになれたらいいのは、ぼくなんだろうか、真夜なんだろうか。ぼくはこの目の前の問題を解決する燕の軌跡みたいなシンプルな答えを求めていて、真夜は自由な翼を求めている。主語はふたつだ。ぼくたちはふたりとも、あの燕みたいなものを求めている。
 すーっ。
 再び、燕が目の前を通り過ぎる。
 燕は大きな円を描きながらゆったりと宙返りをして、また空中を滑りだす。パタパタと翼を動かして、それで得た揚力を使って弾丸みたいに滑空をはじめる。遊んでいるようでいて無駄のない、美しくしなやかな動き。
 燕は人混みの中に突っ込み、ふっと消えた。
 そこで、ぼくは目が合った。
 燕が消えた先──そこに、レナが立っていた。

#31へつづく
◎後編の全文は「カドブンノベル」2020年9月号でお楽しみいただけます!


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