北上次郎の勝手に!KADOKAWA 第10回・岡茂雄『本屋風情』 南方熊楠が爆発する!
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」

数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
岡 茂雄『本屋風情』
平岡陽明『ぼくもだよ。 神楽坂の奇跡の木曜日』(角川春樹事務所)を読んでいたら、神楽坂の路地裏で古書店を営む本間さんが、岡茂雄『本屋風情』を紹介するくだりが出てきた。岡茂雄は、本は頑丈でなくてはならない、という主張を持っていたので、岡書院の造本は堅牢なことで知られていた、というのだ。途端にその『本屋風情』を読みたくなった。この名著は中公文庫に入っていたが、平成30年に角川ソフィア文庫に入ったので、早速新刊書店に行って買ってきた。
いやあ、面白い。読み始めたらやめられず、一気読みしてしまった。岡茂雄は、大正から昭和初期、民族・民俗学や考古学専門の書店「岡書院」を経営した人で、『本屋風情』は、表4の惹句を引けば、「貴重な近代日本の出版事情がわかる回想記録」である。ちなみに、1974年に第1回の日本ノンフィクション賞を受賞している。
面白いのは、学者先生たちとの交流が事細かに描かれているからだ。たとえば、柳田国男が岡茂雄の企画を勝手に他社に持っていったときには柳田邸に乗り込み、なぜこんなことをしたんですかと問い詰めるから痛快である。金田一京助は出世作『アイヌ叙事詩 ユーカラの研究』が岡茂雄の尽力で出版されたにもかかわらず、後年の回顧録でそのことにあまり触れなかったことについて、「真を覆い、実を曲げ、更に幾分の傲りをもまぶして、まことしやかなお話の筋を、なぜ作り上げられなければならなかったのか」と厳しく追及する。
他にも『広辞苑』が生まれるまでの裏事情など、盛り沢山で興味深いが、いちばん強い印象を残すのは南方熊楠のこと。手紙には必ず、「何年何月何日何時何分」と書きはじめの時刻が記されていたこと。訪ねていくと、着物の前をはだけたまま出てくること(しかも下帯をしていないので丸見え)。令嬢の証言によると「夏はいつも裸でした」とのことだが、柳田国男は「年百年中裸で暮らしていた」と証言。その奇人の様子が本書ではいきいきと描かれている。
▼岡茂雄『本屋風情』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321805000146/