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真実は一体なんなのか、自分は夢を見ているのか、不思議体験できる小説。── 岩井志麻子『煉獄蝶々』レビュー【本が好き!×カドブン】
カドブン meets 本が好き!
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岩井志麻子『煉獄蝶々』レビュー【本が好き!×カドブン】
書評でつながる読書コミュニティサイト「本が好き!」(https://www.honzuki.jp/)に寄せられた、対象のKADOKAWA作品のレビューの中から、毎月のベストレビューを発表します!
今回のベストレビューは、読書少女さんの『煉獄蝶々』に決まりました。ありがとうございました。
真実は一体なんなのか、自分は夢を見ているのか、不思議体験できる小説。
レビュアー:読書少女さん
Twitterでご本人が朗読されていたスペースでの朗読会を拝聴し、興味を持っていました。
今回、ご縁があって献本にて読ませていただくことができ、大変ありがたく思っています。
本書は、一味違った怖さを味わうことができるホラーミステリー小説だといえます。
主人公の保和は裕福な養父母のもとで、春という浅黒い肌を持つ美しい女中によって育てられました。
しかし、養母は彼のことを娘のようにして着飾り人形のような扱いをします。
そんななか、養父は若い愛人の元に行き、ガンを患い亡くなります。愛人の元に走った養父を許せなかった養母も、まもなく亡くなってしまいます。そして大好きだった春も、本家に戻っていくのです。
そんな保和がある日、失踪したと噂されていた先輩作家の金光晴三から一冊の冊子を受け取ったところから物語は動き出します。
彼の冊子には、シンガポールに妻といることが書かれていますが、その理由がかなり不穏なのです。
本書は主人公が養父母に拾われた記憶から始まります。
「誰かに教えられたのではない。誰かの記憶にある情景を語られ、それを自分のものとして記憶に取り込んだ、というのでもない。」
人がよく行うという「記憶の上書き」について書かれているこの一文が、個人的に興味深いと感じました。
小さい頃の記憶というのは、ほとんどの人が忘れてしまっていますが、周りから言われて「そうだったような気がする」と感じ、脳はその記憶を映像として定着してしまう。といいます。
本書は主人公の保和の視点から物語が進んでいきますが、失踪した先輩の金光からの手紙をきっかけに子供のころのことを思い出しています。その時の描写が、「記憶の上書き」が起きているように感じたのです。
幼い頃の記憶は、自身の記憶であるといえていたのに、大人になるにつれて自身の記憶と他者からの手紙の内容が溶け合っていく様が対称的で面白く読み進めました。
本書の不思議な世界というのは、時代背景も関係しているように思います。
おそらく戦前、しかも日中戦争が始まる前の不穏な空気がアジアを覆っていたような時代。
主人公は日本にいますが、先輩は海を渡って中国人や韓国人のいるシンガポールに渡っています。
この異国感も、不思議な世界に色合いを与えているのでしょう。
また、何かあると登場する異国の蝶、死んだ妻や拝み屋の存在などが、本書の不穏さを増す手伝いをしているように感じました。
幽霊や妖怪、おかしな現象は出てきません。
しかし、読んでいるうちに自分がおかしいのか、この先輩がおかしいのか、そんな疑問を抱かせるような怪奇小説のような不思議さがありました。
現代の『ドグラ・マグラ』のような味わいでした。
▼読書少女さんのページ【本が好き!】
https://www.honzuki.jp/user/homepage/no14618/index.html
書誌情報
煉獄蝶々
著者 岩井 志麻子
定価: 1,760円(本体1,600円+税)
発売日:2022年07月27日
忌まわしき蝶が乱れ舞う、灼熱無惨浪漫紀行。
明治三十八年、岡山。名家・大鹿家に拾われた一人の赤子。保和と名付けられた彼は、大鹿の養子として乳母の春に育てられることに。春の語る残酷な怪異譚を聞きながら、愛憎渦巻く名家で青年となった彼は、この世ならざるものを感じることができた。昭和三年、失踪していた文学の師で放蕩者の作家・金光から保和に帳面が届く。そこには、自ら殺し、そして蘇らせた妻とのおぞましくも妖しい旅行記がつづられていた。金光の記録に魅せられ、読みこんでいくうちに精神を浸食される保和。日常さえも次第に歪められていく中、彼はことの真相を確かめるべく、金光夫妻が逗留しているという新嘉坡へ向かう。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204000319/
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