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連載

秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど  vol.1

秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど 第1回「怪我をするほどコントが好き」

秋山寛貴(ハナコ) 人前に立つのは苦手だけど 

コツコツ作業するのが好きで、小さいころから慎重派、なのに芸人。
そんなハナコ・秋山が文章とイラストで綴る、ゆるくてニヤリの初エッセイ。

第1回「怪我をするほどコントが好き」

 ご挨拶よろしいでしょうか。お笑いトリオ「ハナコ」の秋山寛貴と申します。小学生の頃はスピーチで半泣きになったほど人前に立つのが苦手な僕ですが、なんやかんやで「お笑い芸人」という仕事につき、気づけば芸歴十二年目の三十一歳。顔に心臓があるような男岡部とお笑い無頓着芸人菊田を相方に持ち、なんやかんやの初連載。なんやかんやでこれを目にしてくださったあなた。どうぞお気軽にお付き合いください。
 僕は滅多に怪我をしない。というのも、僕は幼い頃から超がつくほどの慎重派で、保育園で高さ二〇センチメートルほどの平均台を渡った時は命綱無しの綱渡りさながらのスピードで進み後続を渋滞させるような子供だった。そんな僕は二十六歳の時、安全第一人生史上最大の怪我をする。
 二〇一七年十月、新宿シアターモリエールで二日間二公演で行われたハナコ第二回単独公演「タロウ2」。新ネタのコントを八本ほど披露する単独公演は毎回どんなに頑張っても時間が足りずにバタバタするものだ。公演初日の本番前、「つかまえて」というコントのリハーサル中だった。「つかまえて」とは浜辺で制服姿の女子(岡部)と男子(僕)の初々しい学生カップルが追いかけっこをするコントである(菊田は謎の女学生役で後半に現れる)。ネタ終盤に照明が消え、暗闇の中で立ち位置を移動するくだりが何度かあり、その部分の確認をすることになった。
 暗転のきっかけとなるセリフを僕が言い、山崎まさよしさんの「One more time, One more chance」が流れ照明が消える。各々立ち位置を素早く移動し明転、また暗転を繰り返す。その途中、移動の動線を誤った僕は暗闇の中、相方の菊田と衝突してしまう。一瞬何が起きたかわからないまま、なんとか所定の位置へ移動し明転。視界が明るくなりまず目に入ったのは足元に点々と垂れた血の雫。触ると左眉の皮膚が切れていた。さほど痛みはなく「全然、大丈夫です」と心配をかけないように振る舞ったが大人達に囲まれ心配された。一方、菊田は僕との身長差のせいで前歯をぶつけており、出血はないものの「つーっ、痛いな。痛い」と息が漏れるようなトーンでしきりに痛みを訴えていた。しかし彼の周りに集まった大人はいなかった。僕は単なる切り傷だと思い絆創膏を貼ってやり過ごすことにした。
 すぐに単独ライブの初日が開演。一本目の「結婚式」のコントでは、僕は新郎側の「参列者男性A」的な普通の一般人の役だった。目の上の絆創膏がなにかの伏線だと思われないだろうか、内容に影響しないだろうかとひやひやしながらネタを進めていた。しかし心配していたほどネタのウケにも影響はなさそうでほっとしながら一本目を終える。その後二本三本とコントを続けているうちに、絆創膏が赤く染まってきた。お客さんに気づかれ引かれてはまずいと焦って絆創膏を貼り替える。また何本かコントをするとまた赤く染まり貼り替える。意外と血が止まらないことが気にかかりながらも無事終演。エンディングを終え裏にハケると、舞台監督を務めてくださっていたK-PROの児島気奈さんが血が止まらない様子を見て、終演後すぐに病院へ行けるように段取りしてくれていた。そんなに心配しなくてもと思いつつ、言われるがままタクシーへ。「菊田さんも……病院で診てもらいますか?」というマネージャーの一応の問いに「はい行きます」と真っ直ぐ答えた菊田も同乗し、夜間救急をやっている病院へと向かった。
 到着し、先生にどうされましたかと聞かれてどう説明していいかわからず、モゴモゴと喋った気がするが要するに「歯とぶつかった」と報告。座っていたベンチのような簡易ベッドに横になるように言われ、傷口を見るなり「これは縫いますね」とさらりと診断。
「じゃ縫います」ん?
「麻酔打ちますので」すぐ?
「はいでは行きますね」早。
 ……滑らかすぎる事の進みに思考を言葉にできないまま、細い「はい」を繰り返すのみの僕。薄い皮膚が引っ張られる感じを覚えながら「縫うって意外と簡単なんだな」「単独ライブ期間中に縫った人今までいたかな」「今日のライブの感想見たいな」「手作りした槍の小道具、明日持って帰るの面倒だな」などと思いながらぼうっと薄く開けた目で天井を見ていた。
 パーテーションを挟んで隣の患者と先生の声が聞こえてくる。
「ちょっと歯をぶつけてしまって」
 菊田だった。
「折れましたか?」
「折れてないです」
「折れてはない」
「折れてないですけど、昔、別の歯の神経が死ぬほどの怪我したことあって、その時くらい痛いです」
「……どう痛いですか?」
「うーん、こうズーンと痛いですね」
「……見たところ問題ないですね」
「……」
「一応、レントゲン撮りま──」
「お願いします」
 気まずさがパーテーションをすり抜け漂っていた。先生は完全に「なんで来た?」という間の会話だった。
「五針縫いましたので、一週間後にお近くの病院で抜糸をお願いします」
 あっという間に僕の処置は完了。若手にゃ痛手の突然の出費一万円ほどを震える手で支払い、牛丼なら何杯食べられたのかを計算しながら帰路についた。翌日、無事血の止まった状態で、しかし絆創膏は貼って、二日目の公演を事故なく終えた。菊田はレントゲンの結果も「異常なし」だったそうで、歯を痛がっていた菊田とは別の菊田のように元気に過ごしていた。
 顔に傷を残すこととなったコント「つかまえて」。このコントで翌年の二〇一八年、キングオブコントで優勝し、賞金一〇〇〇万円とその先の様々な仕事のオファーという大きな見返りを得ることとなる。汗と水だけではなく血も流したおかげか。未だに傷の形に欠けてしまっている左眉も悪い気はしない。これからもこの傷とともにこのコントにもらった恩恵を忘れずにいたい。一週間後の抜糸は三八〇円、牛丼一杯分だった。



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