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連載

米澤穂信「花影手柄」 vol.2

【集中掲載 米澤穂信「花影手柄」】織田方からの挑発に荒木村重は……。堅城・有岡城が舞台の本格ミステリ第二弾!#2

米澤穂信「花影手柄」

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      2

 本曲輪にそびえる天守では日に一度必ず軍議が行われ、主立った将が参集する。
 籠城の中で相談すべきことが毎日しゆつたいするわけもなく、軍議とは名ばかりで、実は、寝返りの気配がないか互いに見張り合うための場である。しかしこの日ばかりは紛糾した。
「殿。信長めのきようまんを捨て置いては、荒木の名がすたりまするぞ。ここは是非にも、ひとやりそうすべきではござらぬか」
 涙を流さんばかりにして訴えたのは、宿将の荒木きゆうもんである。四十を越えてなお意気盛ん、体面にこだわる武士らしい武士だ。居並ぶ将たちの多くは久左衛門の訴えに同調し、「応」や「いかにも」という声が上がる。一方でいけ和泉いずみが、
「無論、滝川左近の無礼は許せるものではござらん。……さはさりながら、もうの合力もなしに打って出るわけにもいかぬであろうよ」
 と分別らしい顔をする。和泉は、城内の武具ひようろうの差配を任されてから何かにつけて慎重になった。
「毛利毛利と言うが、その毛利はいつ来るのじゃ。待てど暮らせど来ぬではないか」
 久左衛門がそう問えば、
「今日明日にも来るやも知れぬ、いやきっと播磨辺りまで来ておる。軽挙妄動こそ戒めるべき」
 と和泉が言い返す。
 籠城とは、城の堅さで時を稼ぎつつ加勢を待ち、加勢と城方で挟み撃ちにしようという軍略である。その加勢が来ないままに合戦に及んでは必敗であり、いまは戦おうにも戦えない──それは誰もがわかっている。織田をどうするこうすると言い争ってもすべては無益であり、軍議は、やはり軽侮は許せぬという顔をするか、ここは耐えるべしという顔をするか、ただただ建前を突き合わせるばかりの場となった。
「皆々様」
 下座の方で、中西新八郎が胴間声を張り上げる。
「どうか、ここをお考えあれ。滝川左近ほどの上将がかような小刀細工をいたすのは、この有岡城が力攻めでは落ちぬと身に染みたからではござらぬか。左様ならば、かえって痛快と存ずる」
 そう言って、新八郎はどうだとばかりに村重を見る。村重の言ったことをそのまま繰り返し、それで役に立ったと言いたげであった。村重は心のうちで、新八郎がおのれに向ける信をどこかおかしくさえ思っていた。旧主池田氏を滅ぼし、この地に根づいたたみ氏をも倒した村重を、新八郎はどこまでも尊崇してやまない。村重が重々しくうなずいて見せると、新八郎の顔には笑みが浮かんだ。
 新八郎の言葉と村重の頷きは、諸将に感銘を与えた。久左衛門が新八郎をにらみ、
「控えよ、新参の分際で」
 と言いはするが、
「……まあ、左様な見方もないではなかろうが」
 続けてそう呟きもすると、打って出ようという意気は水を掛けられたように鎮まっていく。軍議もこれでしまいであろうかという気配が漂ったその時、新八郎よりもなお下座から、陰に籠もった声が上がった。
「摂津守様。異見をお許し下されますか」
 言葉を発したのは、まばらにひげを生やし、目ばかりがぎろぎろと異様な光を放つせた小男だった。将たちが低くどよめく。この男が何かを言うとは、誰も思っていなかったのである。村重さえどこか困惑したように片眉を上げた。
まごろくか。……許す、言うてみよ」
 男は深々と頭を下げた。かれはすず孫六といい、いのくにさいしようの生まれである。雑賀は織田とおおざかほんがんの合戦で本願寺に味方しており、その本願寺の指図によって、荒木勢の諸城に兵を入れていた。たとえば、あまがさき城に入った雑賀衆は鈴木まごいちが率いている。そして有岡城に入った雑賀衆を束ねているのが、この鈴木孫六だ。
 孫六は雑賀の頭目と目される孫一の弟らしいが、詳しいことは村重も聞いていない。籠城の前、有岡城に入る折も、孫六は「大坂門跡の下知により合力つかまつる」と言っただけであった。村重は孫六のことを、戦ばかりを専一に考える男と見ている。つまり、武士らしくない──武士は領地をどう営むかも考えるからだ。
 村重は雑賀衆から兵を借りている身ではあるが、摂津守である村重と紀州国人に過ぎない孫六とでは身分に差がありすぎて、本来ならば孫六は村重に直答することもはばかられる。はじめて軍議で物を言った孫六に、荒木の諸将が好奇と僅かばかりの批難を込めた無遠慮な目を向けるが、孫六は別段気負う風もなかった。
「われら雑賀衆は三年前、てんのうの合戦にて信長めに鉛玉を撃ち込んでござる。信長こそ命みよう、それでも討ち取るには及ばざること、いかにも無念。この三年というもの、われら再び信長に鉄炮を食らわす日を待っており申した。摂津守様、いかがにござろうか。雑賀衆に行けと命じて下されば、さきのの命を必ず縮めて参りましょう」
 軍議の座は水を打ったように静まり返った。雑賀衆が信長に手傷を負わせたことは、誰もが知っている。なんとなればその戦いには、その頃織田に属していた荒木勢も加わっていたからだ。織田を敵に既に八年戦い続けている雑賀衆にれがそろっていることは、荒木家中のものなら誰もが思い知っている。
 矢文一通の誘いに乗ってうかうかと城を出るというのは無謀だが、雑賀の者どもなら、あるいは本当に信長を撃ち抜くかもしれぬ……そしてかれらだけで合戦に及ぶなら、われらとしてはありがたい。家臣たちの胸をよぎったそんな思いを、村重は鋭敏に嗅ぎ取る。
「いや、待たれよ鈴木殿」
 しゃがれ声が、これはやや上座に近い方から上がる。くろいとおどしの見事なよろいを着込んだ白髪の男が、さらに手を上げて異を唱える。
「合戦に及ぶとあらば、われらたかつき衆こそ一番手を仰せつかるべし。それが軍法というものにござろう。われら、武士の義理を通すためにこそ、この有岡城に入り申した。信長の首が欲しいのは雑賀衆のみではござらぬぞ」
 かれはたかやまだのかみ、デウス門徒として出家していまはダリと名乗る老武者である。荒木家が織田に叛旗を翻すにあたり、高槻城の高山こんはいったん荒木にくみしたものの、すぐに織田に寝返った。この振る舞いを武士らしからぬきようと憤激したのが、既に隠居していた右近の父、大慮である。大慮は志を同じくする将卒を率いて高槻城を退き、有岡城に入城していた。
 先陣を命じられるのは新参者というのが戦場の習いである。仕えて日が浅い者を陣の後ろに置いて、もし寝返られては挟み撃ちされるからだ。ただ、高槻衆が先陣に立つのなら、有岡城の将卒が戦わぬということはあり得ない。将たちの顔がこわばった。よもや城を出て戦うことになるのかと、誰もがかたんで成り行きを見守っている。
 村重は岩のようなたいを小揺るぎもさせず、しばし、鈴木孫六と高山大慮を見た。
 やがて、村重は重い声を発する。
「ならぬ。雑賀衆は守りに欠かせぬ。高槻衆も犬死にはさせられぬ。出るな、守れ」
 孫六と大慮は別段不満そうな顔もせず、板張りに両拳を突いて平伏し、声を合わせたように、
「は」
 と応じた。諸将がほっと息をき、軍議の気配はみるみる緩んでいった。

 屋敷に戻った村重は、廊下を踏みならす足音も荒々しく、中間を呼んで命じた。
ぜんしゆうを呼べ。じゆう右衛もんが良い」
 御前衆は村重が直率する武士であり、戦いにあっては村重自身を守るほか、伝令として戦場を駆けたり、場合によっては少数の兵を率いることもある。他家ならばうままわりともしゆうとも呼ばれる者どもであった。やがて、三十の坂を越した、せいかんな顔つきの武者が駆けつける。の番に当たっていたと見えて鎧かぶとを油断なく身につけ、その額には汗がにじんでいる。廻り廊下に立つ村重の前で、かれは膝をついてこうべを垂れる。
「十右衛門、参じました」
 歯切れの良い物言いであった。かれはもと伊丹氏に連なる者で、ゆうとしてこおり家に入り、いまは郡十右衛門と名乗っている。武芸にけているのみならず算術にも心得があり、何より気働きにすぐれる。精鋭が揃う御前衆にあって、十右衛門は村重が最も信を置く男であった。
「よし。十右衛門、警固の任を解く。高槻衆と雑賀衆を探れ。早いほど良い」
「は。何を探りましょう」
「あの者らの、城中での立場」
「承知つかまつりました。禁物などございますか」
いさかいは起こすな」
「御意のままに」
 十右衛門は立ち上がり、小走りに去る。春の日は中天に差しかかっていた。


書影

「カドブンノベル」2020年1月号より


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