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連載

長沢 樹「龍探――特命探偵事務所 ドラゴン・リサーチ」 vol.2

『ダークナンバー』で人気の著者最新作! 元敏腕刑事の名探偵と謎の美女たちのハードボイルドアクション開幕!長沢 樹「龍探――特命探偵事務所 ドラゴン・リサーチ」#1-2

長沢 樹「龍探――特命探偵事務所 ドラゴン・リサーチ」

元敏腕刑事の遊佐龍太が営む探偵事務所「ドラゴン・リサーチ」は、警察の手に余る厄介な依頼が持ち込まれる特殊な探偵事務所。この遊佐龍太が活躍する『龍探―特命探偵事務所ドラゴン・リサーチ』が3月24日に角川文庫より発売。刊行に先駆けて、第一話をカドブンで特別公開します!
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 三度目の電話でようやくつながった。遊佐は執務デスクに乗せた足を組み替えた。
「何してた。依頼人の電話にも出なかったのはなぜだ」
 灯梨が帰ってから四十五分が経過していた。
『新任警務部長殿と会食』
 織原は不機嫌そうに応えた。
「久和とどんな関係だ」
『そっちから聞くか』
 織原は、神奈川県警の刑事総務課で捜査指導をする立場にある現役警察官だ。
『いくつかの発砲事件で、以前、情報提供を受けた』
「反社か」
『正式な構成員ではないが、深くは知らん』
 言葉通り受け取るようなことはしない。
「バーゴンという女もか。部屋は荒らされるし、どう考えてもやばい人間だろう」
『侵入窃盗のことは承知しているが、彼女は反社と関係ない。自主映画とAVの若きレジェンドだそうだ。公然わいせつで、逮捕歴があるが』
 自身も女優として出演することが多々あるという。『下品でばかばかしいことに、情熱と大金を掛けるんだと』
「こっちもこの仕事に情熱をもって臨めるか確認したい」
『事務所に関しては、警視庁は通常の窃盗事件として捜査している。警護はそれとは別の話だ』
「なぜ警察や弁護士に対処させない」
『先方の要望だ。内々にことを収めたいということさ。それにヤー公相手なら、警備会社よりお前のほうがいい』
「だったら、彼女をおとりにして軽く手を出させて通報する。それが一番安全で手っ取り早い」
『だから警察沙汰にはするな、絶対に』
「お前に相談があった時点で、警察沙汰だろう」
『野暮なことを聞くな』
 介入は避けたいとの判断で、遊佐へ仕事を回したのだ。ならば、バーゴン・マコ自身に理由があるということだ。
「彼女は中央官庁、政界、あるいは警察上層部の子息縁戚愛人その他もろもろの関係人か」
 アダルトビデオの販売や風俗関係は、警察と営業許可等の利権が絡む。アダルト作品の審査機関は、警察の重要な天下り先でもある。そこにバーゴン・マコが深く関わっているのなら、捜査されると好ましくない事実が浮上する可能性がある。
『そう考えて差しつかえない。その辺の微妙な駆け引きの手腕も、お前を選んだ理由だ』
「不正や利権が絡んでいたとしても誤魔化せるだろう、お前なら」
『それができれば苦労しない』
 その理由に思い当たる。
「新任警務部長殿か」
『ご名答』
 捜査員による薬物事犯、組織内での暴力事件、反社会組織との癒着──不祥事続きの神奈川県警に、警察庁が送り込んできた掃除人だ。
『綱紀粛正、倫理と規則至上主義の融通の利かない正義の人だ。何か聞きつけると、しがらみ、現場の事情、慣習も構わず、監察に徹底捜査を求める可能性がある。会食も警務部長の本気度を見定めるためだ。きちんと仕事しているだろう、遊佐よ』
 だがそれは県警の事情でしかない。
「バーゴンが警察内部の不正に関係していて、そのいんぺい、利権保持に手を貸す結果になるんなら、この仕事断る」
 零細探偵事務所だが仕事は選ぶ。正義を愛し、不義を叩く部分はハマー氏と志は同じだ。
『それは困るな』
「違うと断言しろ」
『断言できるよう、探りを入れておく』
「わかった。それと警護対象者が借りている金貸しなんだが、どこがケツを持っているか知っておきたい」
 メモに記された金融業者の名を告げてゆく。
『青浜会系と仙堂組系……のリストにない業者もあるな。手広く節操がない借り方だ』
「依頼人も、全てを把握しているわけじゃないそうだ」
『ケツは指定の〝大手〟ばかりだ。暴対法がある限り、触法しない程度の脅ししかできないはずだ。お前はたぶん気休めだ』

十一月九日 金曜 川崎市川崎区某所 11:43pm

 十メートルほど後方の路面で、火花が爆ぜた。
 なにが気休めだ──心なしか、足音も近づいている気がした。このまま走り回ったところで、ジリ貧になるのはわかりきっている。
 路地を抜けると、暗く広い空間が出現した。申し訳程度の鉄柵の向こうに線路と、幾つかの建物が見えた。貨物線のしやりよう基地だ。
「基地に入るね」
 マコは躊躇なく柵を越え、敷地に入った。確かにいいアイデアだと思ったが──
「警報は鳴らないのか」
 言いつつ遊佐も柵を跳び越えた。
「センサーの位置はだいたいわかってる。この辺で結構ゲリラ撮影してるし、子供の頃の遊び場だったし」
 線路を何本かまたぎ、貨車の裏側に入った。
「こんなところで撮影するAVってなんだ」
「労働者と美少女がテーマのひとつ。野性とコンプレックスと高慢のせめぎ合いね。立場の逆転がカタルシス。ごうまんな、あるいはけがれを知らない美少女が、底辺でうごめく人たちの慰み者になって恥辱と汚辱にまみれたり、快楽に覚醒したり」
 逮捕歴はではないようだ。
 一度立ち止まり、貨車の間から通りをのぞくと、柵の外側に複数の人影が確認できた。様子をうかがうような素振りだけで、柵の中に入ってくる気配はない。
「貨物線の向こうへは渡れないのか」
「横断はさすがに警報装置に引っかかるから。とりあえず線路沿いに逃げましょ」
 南へ走り出した途端、少し離れた敷石に火花が飛んだ。
 数十列の線路と、広大な闇を囲む街明かり。石を踏む単調な足音。マコの足取りに迷いはなく、障害物の有無も遊佐に知らせてくれた。
「障害物も全部わかっているようだな」
「違うって。カメラを暗視モードにしているから、ファインダー越しに前が見えるの」
 マコの手の中では、小型カメラが赤い録画ランプをともしていた。「意味なくカメラ回しているわけじゃないんだからね」
「よろしい。足も止めるなよ」
 時折、火花が視界の片隅に刻まれるが、いずれも数十メートル以上離れていて、誤差は広がってゆく。相手はこちらを見失いつつあった。
「確認するが、実は賞金首的な何かか、君は」
 暴力団は、余程のことがない限り一般市民に銃口は向けない。貸した相手の住居に侵入するなど、明らかに違法なことも。「事務所に賊が押し入ったんだぞ」
「パソコンられたのが大損害だわー、プレミア入ってたやつ。こっちはお金を返す意思はあるのに」
「なぜ逃げなかった」
「どっちかって言うと、撮影のほうが大事。今日三本撮ってしまわないと、灯梨ちゃんに迷惑かけるし」
「そもそも迷惑を考えるなら、七個所から借りるか?」
 県警のリストにない業者が、荒事上等の組織だった可能性がある。マコが言う大陸系なら横浜にいくつか組織があるが、かんないやましたちよう周辺のふつけん系組織は日本に順応し、既存の暴力団とも共存の関係にある。ほかに考えられるのはほんもくを拠点に勢力を伸ばしている半グレ集団だが──
「何を基準に金貸しを選んだ」
「貸してくれるとこ」
 前方に車庫のような建物が見えてきた。その背後には大きな陸橋のシルエット。国道132号の陸橋だ。車輛基地はそこまでで、再び市街地か、工場街に入ることになる。
 マコが小休止で立ち止まろうとしたが、遊佐は「止まるな」と背中を押した。
「向こうは君にまとまった金が入るのを知っているのか」
「そう……伝えたんだけど」
 マコは息が切れつつあった。しかし、また火花と破裂音。少なくとも七発か、八発目だ。全く節操がない。
 遊佐は走りながらポケットの中で、メールを打つ。指先の感覚だけで、現状を短く簡潔に。警官時代に身につけた技術だ。携帯電話も音が出ないように設定してある。そして織原に送信する。
「ほかから一時的に借金して返すとか、ジャンプするとか時間を稼ぐ方法はあっただろう」
 ジャンプ=金利だけ支払い、返済の期限を延ばす方法だ。
「なんでか知らないけど、断られたの」
「もうブラックリストに載っているのか」
「知らないよ、そんなこと。とりあえず……陸橋のところから出て……休憩……」
 車輛倉庫の脇を抜け、車輛出口から陸橋の下を走る一般道に出た。
「かなり引き離したはずだ。橋を渡ってタクシーを拾おう……」
 陸橋の真下に入ったところで、足を止めた。前方を塞ぐようにけんのんなオーラを放つ人型のシルエットが三つ。さらに背後からの足音が巨大な橋脚とはしげたに反響する。振り返ると、さらに二つの影が現れ、通せん坊の姿勢だ。
 さすがにこの状況は想定外──別れた妻の顔が浮かび、消える。
「挟まれちゃったね」
 マコが頰を引きらせて、カメラを遊佐に向けた。彼女の目に初めて恐怖が宿った。

八時間前 十一月九日 金曜 横浜市南区しろがねちよう 4:07pm

 京急の高架に薄日が当たり、おおおか川のみなには暮れかけた空が映っていた。
 がねちようと呼ばれる、かつては違法な売春街だった町だ。今は明色の建物が増え、随分と健全になった。目的地は川沿いの古びた四階建てのビルだ。渋いれん地の壁で、一階の木製ドアの脇に置かれたスタンドサインのネオンが灯っていた。店名は《Café Movin'》。ただし、『貸し切り』のフダがぶら下がっていた。
 遊佐は構わずドアを開けた。カランと音が響き、温められた空気が顔をでた。
 店内はカウンターとテーブルが二脚だけ。壁は木目調だが、古いアメリカ映画のポスターやグッズで埋められ、床はくすんだ赤と黒のチェック。事務所のタイル業者は、ここの主人に紹介してもらったのだ。
「貸し切りって見えなかった?」
 カウンターの奥から女性が出て来た。「なんだ龍太か」
「なんだって、来ると電話しただろうが」
 遊佐はカウンターの隅に座る。「この前は《Bar Natsumi》じゃなかったか?」
「店名はTPOに合わせるんだよ」
 セットされたショートボブに襟を立てた白いシャツ、スリムのデニムが細身の身体にフィットしている。女の名はおおつみ。今年不惑のはずだが、切れ長でれいな目と、ひようのようなシャープな輪郭は変わらない。
「ホット麦茶なら金は取らない」
 十年ほど前は、この近くで特殊飲食店=売春宿を数軒経営していて、遊佐に挙げられたこともある。今はこのビルのオーナーだ。
「で、なに」
 菜摘はポットからカップに麦茶を入れ、遊佐の前に置く。同時に上の階から、ガタンと何かが倒れる音がして、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「上何やってんの」
「AV。ドラマ仕立てみたい」
「繁盛してるようで何より」
 菜摘は、この雑居ビルを撮影スタジオに改装し、テレビや映画、その他映像作品の撮影に貸し出している。『YokohamaGOLD・STUDIO』が正式な名称で、売り上げの七割がアダルトビデオの撮影だ。
 今日、バーゴン・マコが撮影している工場も同様で、最近は統廃合で廃校となった小中学校の校舎や、廃業した旅館、病院などもスタジオとして使われるケースが増えている。ちなみにこのビルの二階は大小のオフィスと病院の診察室、処置室があり、三階には古いアパートから高級マンションまでの住居ロケーション、四階にはコンクリートが打ちっ放しの倉庫が再現されている。一階のカフェも、撮影によってバーになったり小料理屋になったりする。
「一時間後にはここで撮影の予定だから、話は早く済ませてよね」
 というわけで、菜摘はAV業界とも多少のつながりがある。
「Tプランニングと、バーゴン・マコについて知りたい」
 Tプランニングの前社長で宝田灯梨の父、宝田さんろうが、かつてかんとうこうかい系組織の組長だったことは、すぐに調べがついた。ただ、武光会はてき系で、暴対法における暴力団指定を受けたのは一部の傘下組織だけだ。宝田三太郎が率いたかわぐちたからいつは武光会の二次団体ではあったが、本業は埼玉県内での祭や縁日の出店とその仕切りで、指定は受けていなかった。
 だが十五年前、突然に組を後進に任せ、小さな制作プロダクションを買収し、Tプランニングを立ちあげた。新しい物好きだった、的屋が将来的に先細っていくことを見越していたなどとネットや業界誌にいくつか理由が挙げられていたが、単なる女好きという説もあった。
「……三太郎さんのいところは、的屋時代の人脈と地道な営業で、関東に販売店と直接結ぶ流通ネットワークを作って、自社制作のAVを販売したことね」
 三太郎は卸売業者を通さず、直接販売店と取引、売れ残りは返品可能というシステムを構築し、数年で流通網を全国規模に広げたという。そして、創業から十年弱で、巨大AVメーカーグループ、|《タカラ・グループ》を築き上げた。
「作品もテレビ業界から人材引っ張ってきて、全裸で運動会やったり、大真面目に野球拳をやったり、真面目なドラマを脈絡なく全裸でやったり、エロい以外に面白くてね」
 その『マッパ・シリーズ』は大ヒットし、Tプランニングは急成長した。
「AV業界の立志伝中の人物というわけだ、宝田三太郎は」
 菜摘は「レジェンドよ」とくちもとに妖艶な笑みを浮かべる。
「仕事柄地元選出の議員とも親しくてね、議員さん巻き込んで、埼玉の片田舎にビデオ審査機構も独自に作っちゃって……」
 全て自前で勢力を広げ、次々とメーカー、制作会社を買収して、〝ビデ審〟に加盟させ、既存の大手メーカーと真っ向勝負したという。
「ま、それだけに敵も多かったし、急成長の陰にはゆがみだって生じる。強引な販路開拓もあったみたいで、同じグループの制作会社の中でも、やり方に異を唱える声もあったし、行きすぎた体育会みたいなノリについていけない人もいたみたい」
 それで、たもとを分かって独立していく監督やプロデューサーも増えていったという。
「三太郎さんも、のれん分けとか言って大きく構えていたんだけど……」
 そこに大手メーカーグループが、一線級の専属モデル、監督、スタッフの引き抜きなどを仕掛けてきた。三太郎の存命中は対応もできていたが──二年前に急逝、途端にたがが外れたように多くの人材がTプランニングから去っていった。
「カリスマではあるけど、クセも強かったというわけか」
「いまは地道堅実路線ね、プレスと流通コストがかかるDVDの店舗販売より、動画配信のほうに力を入れるとか、いろいろ工夫を始めている感じ」
「時代も変わったな。ビデオテープがDVDに取って代わられたのがつい最近の感覚なんだけどな」
「年取ったんだよ、龍太も。でもね、配信ももう流出物とか海賊版が出てきてるって、どっかの監督が言ってた。アメリカで無料のアダルトサイトも立ちあがって、そこに違法なアップロードがされてるって。日本のAVも結構あるみたい。著作権法違反よ」
 新しいものには、新しい犯罪や不正も生まれる。
「これも時代の流れなんだろうな。これがTプランニングの最新作だそうだ」
 遊佐はDVDを差し出す。
「貴石乃アリスじゃない。Tプラに出てるの?」
 菜摘は目を丸くする。業界では結構なサプライズのようだ。「こんなのわたしに見せていいの? 彼女がTプラに出るなんて情報、出回ってないよ」
「信頼のしるし」
「とにかくさ、三太郎さんの死後、タカラ・グループはバラバラに切り売りされて、Tプラ本体も、今はただの中堅インディーズメーカー。貴石乃アリスが出るようなメーカーじゃなくなってるの」
 貴石乃アリスは、二年前までは『タカラ・グループ』の専属だったが、現在は最大手の『スウィート・パッション』に移籍し、専属女優となっているという。
「契約上Tプラの作品に出ることは難しいし、ギャラも高いし」
 スウィート・パッションのアジア戦略で、貴石乃アリスは中国、韓国、東南アジアでもトップの人気を誇るAVの枠を超えた女優になっている。
「この出演は、契約とか事務所うんぬんではなくて、貴石乃アリス本人の心意気ね。Tプラへのせんべつ代わりかも。監督もバーゴン・マコだから出たのかもね」
 マコと貴石乃アリスは、『タカラ・グループ』の絶頂期を支えたツートップだったという。
「その割りにひどいことをさせているが?」
「あくまでも演出。Tプランニングは女優のケアに手厚いことでも有名だったの。これはわたし自身も現場で見ているからね」
 強引な出演、行為の無理強いはなく、福利厚生、衛生管理も徹底させていたという。
「関わる全ての出演者、スタッフ、商品のきめ細かいケアと管理が一流メーカーのあかしだってのが三太郎さんの信条。貴石乃アリスも、バーゴン・マコも、その三太郎イズムを受け継ぐ戦友なのよ」
 店を出ると、遊佐は〝協力者〟に電話を入れた。

▶#1-3へつづく
◎第 1 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年4月号

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