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連載

長沢 樹「龍探――特命探偵事務所 ドラゴン・リサーチ」 vol.3

美人AV監督の護衛という楽な仕事のはずが、暴力団との銃撃戦に巻き込まれた上に……。長沢 樹「龍探――特命探偵事務所 ドラゴン・リサーチ」#1-3

長沢 樹「龍探――特命探偵事務所 ドラゴン・リサーチ」

元敏腕刑事の遊佐龍太が営む探偵事務所「ドラゴン・リサーチ」は、警察の手に余る厄介な依頼が持ち込まれる特殊な探偵事務所。この遊佐龍太が活躍する『龍探―特命探偵事務所ドラゴン・リサーチ』が3月24日に角川文庫より発売。刊行に先駆けて、第一話をカドブンで特別公開します!
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 東京・たんの〝現場〟に着いたのは、午後六時過ぎだった。
 低層の住宅やオフィスビルが集まった地区で、マコの個人事務所はその一角、築四十年ほどの三階建てマンションの二階にあった。
 階段を上ると、角部屋のドアが開け放たれていて、中で人が動いているのが見えた。ドアノブ周辺には白いほこりのような汚れ。指紋採取用のアルミパウダーだ。
 中に向かい「こんにちは」と声を掛けると、のりの利いた白シャツの腕をまくり、エプロンを着けた男が玄関先に出て来た。六十前後か。短髪は半ばが白いが、反面、肌は日に焼け浅黒く、袖から出る腕は筋肉質だ。
「久和専務ですか」
「まだ何か」
 遊佐を警官と思ったようだ。警官とはかけ離れた服装をしているのだが。
「宝田社長に雇われた探偵です。社長から、こちらにいるとうかがったもので」
「これは失礼しました」
 久和は居住まいを正し、一礼した。遊佐は玄関から中を覗き込む。
「五反田署はきちんと仕事をしたようですね」
「ええ、あちこち粉だらけにしていきまして、掃除が大変ですよ」
 泰然としている。修羅場をくぐってきた男の目だ。
「中を見ても?」
「散らかってますが、どうぞ。我々が散らかしたわけではないんですがね」
 中はAV機器が置かれたオフィスと狭い寝室に分かれていた。ほかにユニットバスと、小さな給湯室。SOHO物件のようだ。
「事務所というより、編集室です。時々泊まり込んで仕事もします」
 オフィスは、棚や作業机が破壊され、書籍や資料が床を埋め尽くすように散らばっていた。そして、奥の窓ガラスが一部、三角形に割れていた。サムターンの付近で、明らかにれの三角割りだった。
「侵入はプロですね。ただ、散らかし方が物盗りじゃない」
「五反田署の方も同じことを言ってましたね」
 寝室のドアも開け放たれていた。パイプベッドと小さなドレッサーがあるだけのシンプルに過ぎる部屋だ。着替えらしい衣服は、隅の段ボール箱に乱雑に入れてあった。
「盗られたものは」
「パソコンですね。デスクトップの本体だけ。あとはハードディスクが幾つか無くなっているようです」
 久和は苦笑を浮かべる。「盗まれたのはマコ個人のもので、会社の資産に関するものは置いていませんでした。そこはあんしております。本人にはしばらく事務所に近づかないように言い含めています」
 本題に入ることにする。久和も本題を察している顔だ。
「彼女の事情を知りたい」
「どのような事情ですか?」
「パーソナルなプロフィール」
ながむらえいしようの婚外子。母親はやまきた。不倫の子ですな」
 久和はあっさり簡潔に言った。現役閣僚と、いまだに公安の監視対象になっている社共党の幹部だ。
「三流週刊誌でも見かけないゴシップですが」
 永村と山北は水と油、国会でやり合う姿は、もはや風物詩だ。
「事実です。政治信条に関係なく、純粋に愛が燃え上がり、子ができた。愛ゆえに山北は子を産み、子は山北の遠縁、三戸部の家で育てられた」
 永村は元警察庁刑事局長で、政界に転身し当選六回。外務、法務の政務官、法務副大臣、党政調会長を歴任し、今は総務大臣を務める大物だ。
「かといって、論戦の場でお互い手心を加えることはない。公の場ではたいてんの敵同士ですから、人の愛情とは奥が深いものです」
 バーゴン・マコ=三戸部真希子の生年は一九七八年。当時永村、山北ともに新進気鋭の議員で山北はまだ独身だった。政治状況は、なり闘争で、政府と革新政党が激しく対立していた。遊佐はまだ小学生だったが、機動隊と過激派ゲリラの激しい衝突は、強く印象に残っている。
 そして、栄勝には妻とのあいだに男子が二人いた。マコはこの二人の腹違いの妹ということになる。現在、長男は栄勝の秘書を務めていて、いずれ地盤を引き継ぐ。
「遊佐先生のことです、ここに来られるまである程度の下調べはしたでしょう」
 穏やかな口調だが、久和の表情、物腰には一分の隙もなかった。
「三戸部真希子さんの出自のほかに、永村議員がビデ審設立の際に口利きをした。だから警察の手が入るのは好ましくない、という理解でよろしいですか」
 三太郎による、独自の審査機関の設立──Tプランニング成長のこうとなった事業だ。
「まさか。永村先生には、法と慣習の範囲内で最大限の力を発揮して頂きました。アダルト産業の適切なコントロールは、警察出身の永村先生も力を入れておられるので」
 遊佐は詮索せずに「わかりました」とだけ応えた。
「永村先生は、ことさらマコを可愛がっておりましてね。一昨年でしたか、マコに懇願されてある映像作品に出資したんですが、それでマコが逮捕されてしまいました」
 わいせつと認定された作品への出資……。「DVDになっているので、今度ご覧になってください。マコ……バーゴン自身も出演し、激しいれ場を見せています」
 マコいわく芸術作品だが、分類としてはAVとして発売されたという。
「リアル?」
「ええ、白昼の路上で。控えろと忠告はしたんですが」
 略式で、罰金刑を受けたという。
「それは表に出ないほうがよろしいですね。特にマスコミには」
「まだ、しつはつかまれておりません」
 尻尾をつかませないのが自分の仕事──久和の顔はそう語っていた。
「ただ、永村栄勝ともあろうものが、と思いますけど」
「ですから、愛は理屈ではないんですよ」
 遊佐は「まあ」と言って肩をすくめる。「保秘に関してはご安心ください」
「存じております。あなたが警官時代に何をしたかについても」
 特定の反社会組織に便宜を図り、見返りに捜査に必要な情報を得て、その途上で目に余る癒着をしていた捜査員を何人も極秘裏に〝刺した告発〟──程度のでは、脅しにもならない。織原を含め一部の元同僚たちには周知の事実だ。
 久和がどこまで知っているか知らないが、遊佐は「なるほど」と応え、「借金の内訳はわかりますか」と話の方向を変えた。
「恐らく、自主作品の制作費でしょうね。一昨年のことがあってから、栄勝さんからの支援は一切断っていますから、金融業者に頼ることになったんでしょう。その上、弊社の作品でも、必要とあれば平気で私財を投入します」
 あとで判明しても、弊社でてんすることはないのですが、と久和は小声で付け加えた。
「彼女の収入はどれほど?」
「弊社では月に二本程度制作してもらっています。あとは他社で月に一本くらいですか。それにくわえて、雑誌とウェブでエッセイを連載しています」
 Tプランニングの場合、バーゴン・マコに対しては、構成、監督、撮影、編集込みで一本十万円程度を支払っているという。「……この程度しか払えなくて、弊社も不本意なのですが。今は堪え忍ぶ時期と、ご理解頂いております」
 月収は合わせて三十万円から四十万円と見ていいだろう。想像より大分少なかった。自費で作品を撮影しているのなら、明らかに足りないと思われた。
「監督という職種の人たちは創ることに熱心で、予算や自身の生活にあまり頓着しません。経営側として苦言を呈すことしばしばですが、改善されません」
 こうやって見ると、久和も穏やかで百戦錬磨の経営者に見えるが──
《久和宗彌:関東武光会系|佐じま組のフロント企業・栄光土地開発の元社長》
 佐嶋組は関東武光会系の中では数少ない指定暴力団のひとつだ。
《佐嶋組の拠点は|八はちおう。好戦的で武光会本家と関係は悪く、同系列内で反目し合う組もある。八王子に進出してきた仙堂組と現在緊張状態》
|《久和のTプランニングの専務就任は、一九九四年。主に資金管理と販路拡大の地ならし》
 三十分前に、情報提供を頼んでおいた協力者=警官時代から繫がる反社会組織の幹部から情報が届いていた。
「犯人に心当たりは」
 遊佐は、灯梨から預かった街金のリストを久和に見せた。調べたのは久和自身だろう。
つばさファイナンスとこうクレジットは同じ系列ですが、色々競い合っているようです」
 すでに動きをつかんでいるのだろう。蛇の道は蛇か。その上で自分へ依頼してきた意味は──遊佐は思案を巡らせる。
「あなた自身が、彼女を助けることはできないのですか。俺に払う金があれば、借金の半分は返せたはずだ」
 灯梨が提示した報酬は、破格だった。
「お話ししたように、色々しがらみがありまして」
 婚外子とはいえ、与野党大物政治家の娘に反社会組織とつながる会社から、利益供与をすることは避けたい、反社会組織系の闇金から追われている事実は内々にしておきたい、というところだろう。「マコとその関係者様、我が社の信用と信頼のため、難しい依頼であることは重々承知しております」
 久和は恭しく頭を下げた。
 どう考えてもバーゴン・マコ個人の行動に問題があるのだが……。
「それほどの才能なのでございます」
 久和が見透かしたように言った。

 一度事務所に戻ると、息子が帰ったのか、コーヒーが新しいものに替えられていた。
 ダイニングに行くと、夕食が用意されていた。今日の食事当番は息子なのだが──そこにはなおがいた。
「お帰り、今日はもう終わり?」
 ウェーブのかかったハーフアップの髪に、グッチのメガネ。細身に体のラインが浮き出る白いビジネスブラウス。理知的な雰囲気は有能な秘書か弁護士に見えるが、テレビ関東報道局社会部の〝有能な〟デスクだ。「久しぶりに作ったんだから食べてってよ」
 トマトとキュウリのサラダ。セロリのピクルス。バゲット。そして大きな鍋。
「これからまた出る。今日は帰らないかもしれない。わたるは部屋か」
「勉強してる。受験生だもの」
 直海がビーフシチューをレンジで温め、遊佐の前に置いた。「今日渉と一緒に保護者面談に行ってきた。志望校も一応決めた」
「面……談?」
 直海はため息をつきながら、両手を広げた。
「やっぱり忘れてる」
 直海は二番目の妻で、現在は友人の関係に戻っている。渉は最初の妻との子ではあるが、母親であった期間は直海が一番長く、幼少期の息子を支えてくれた。
「昼間、メールしたと言ってるんだけど」
 確かに、灯梨との面談時にメールを二件確認したが、開いたのは取引先のものだけ。息子のは……。
「コーヒーを淹れた時間の確認かと思ってた……」
 二度目のため息。宝田灯梨を前に、多少舞い上がっていたのも原因か……。
「渉も、龍太の性格を見越して、一週間前から今日の日中スケジュール空けておくようにお願いされてたんだけどね」
 我ながらよくできた息子だ。
「それと、最近は黄金町のビルオーナーさんと仲がいいみたいね」
「昔のしがらみだ」
「面談の時間、そこにいたって渉が言ってた。渉の進路ほっぽらかして何しているの」
「今受けている仕事の情報収集だったんだが……面談を忘れたのはすまなかった」
「最近、行く回数が増えてるとも言ってた。どんなひと?」
いているのか」
 苦し紛れに言うと、直海はむすっと口を結び、みるみる頰が赤くなる。女学生か──
「至らない父親であることは自覚している。感謝してる」
「たくさんして」
「ところでなぜ渉が俺の行動をいちいち把握している」
「龍太の新しい携帯に位置情報機能がついているから、かしているって」
 そう言えば総務省と警察が二○○四年から、携帯電話にGPS機能をつけ、事故や事件に素早く対応できるように云々とやっていた。三年後、第三世代機の標準機能にすると。今年がその三年目で、機種を選んだのは息子だった。
「渉は新しい物好きだからな……」
 メールを打ったにもかかわらず、面談の時間を前に、自宅から横浜方面に向かったから、諦めて直海を呼んだようだ。
「便利だが、恐ろしい機能でもあるな」

十一月九日 金曜 川崎市川崎区某所 11:59pm

 なぜここまで、行く先々でタイミングよく包囲を受けるのだ──
 クソ寒い中、背中に冷や汗。業務上仕方なくマコを抱き寄せるが、前門の虎後門の狼。
 道路の両側は金網で仕切られ、上には巨大なコンクリートの蓋。周囲に人気なし。絵に描いたような絶体絶命。
「ここは説得して。穏便に優しくゆっくりと丸く収めてほしいかな……」
 マコが無理難題をささやいてくる。ドラマなら『次週に続く』と一週間の猶予ができるが、とりあえず身辺警護役としては、要望に応える腕を見せる必要があった。
「少し待てば、まとまった金が手に入ると、こちらの女性は言っているんだが。少しは寛容になろうぜ、兄弟。彼女をさらったところで、金が入ってくる期日は変わらないしな」
 遊佐は言い、マコの耳元に口を寄せる。
「アリスちゃんが売れれば、もっと金が入ってきたりするのか?」
「たぶん、頼めばボーナスくれると思う……灯梨ちゃん人がいいから」
 上ずった小声が返ってくる。腕に震えと緊張がダイレクトに伝わってくる。
「気づかれないように、囲んでいる奴らの顔を撮れ」
 マコに指示すると、前方の三人に向き直った。
「今後さらにまとまった金が入る予定がある。順序立てて返済する用意があるんだが?」
 もう一度声を張り上げるが、やはり反応はない。
 久和の見立てでは、連中は翼ファイナンスと興和クレジット。同じ系列で連携しての追い込みだ。しかし、違和感もあった。特に進行方向に立ちはだかる三人の挙動だった。どこか、戸惑いを感じるのだ。神経が向けられているのは、自分とマコではなく、その後方の二人のようだ。この無言とけんせいは、追っ手同士の駆け引きなのか?
「銃を持っているのはどっちだ」
 マコに囁く。
「ど……どっちも持ってない」
 カメラを左右に振ったマコが応えた。連中のほかに第三者がいる? ならば銃撃はマコに対するものではなく、競合業者に対する威嚇の可能性もある。──そこまで推測したところで、腕の中の震えが消えた。
 そして、マコが深呼吸をひとつした。どうした、と言いかけたら唇を塞がれた。眼前一センチにマコの閉じられた目。その目が開き、唐突に腕の中の温もりが消えた。直後、「おりゃー!」という絶叫とともに、マコが金網へ向かって転がるように走った。
「ばか野郎!」
 遊佐も大声を張り上げ、マコとは反対側の金網へとダイブしていた。瞬時にマコの意図を悟っていた。真ん中にいた遊佐とマコが道路の両側に分かれることで、前後の虎と狼を直接たいさせたのだ。
 直後、消音器付きの籠もった銃声が、立て続けに響いた。うめきと足音と、小さな怒号が交錯する。
 ──キョウカンだ!
 反響する虎と狼のほうこうの中に、そんな言葉が聞こえてきた。遊佐は意味を考える間もなく金網を蹴った勢いで反転し、身を低くして道路を渡り、金網にしがみつくマコの脇に手を入れ、引きるように〝狼〟二人の間を抜け、あかりの消えた工場街に逃げ込んだ。

▶#1-4へつづく
◎第 1 回全文は「カドブンノベル」2020年4月号でお楽しみいただけます!


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