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連載

真藤順丈「ビヘイビア」 vol.24

技能実習生の女性を死に追いやった男に、彼らは対峙する。直木賞作家・真藤順丈による現代ミステリ!「ビヘイビア」#6-4

真藤順丈「ビヘイビア」

※この記事は、期間限定公開です。

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 あとは行動あるのみだった。
 タクシーの後部席から、ガフは城之内に言った。
「送ってくれるだけでもいいですよ、ジョンノチさんは、付き合ってくれなくても」
 これから自分たちは、かなり危険なことをする。こういうプランには勢いが必要だとガフは思っていた。たえまなく動きつづけてはずみをつけなくちゃならない。ちいさな物体でもそれなりの速度で動けば、壁にもかなりの衝撃を与えられるはずだった。
 腹をくくらなきゃ臨めない、どこまでいっても非合法なプランだ。別居しているといっても城之内には妻も子もあるのだし。巻き添えにして恨まれたくはない。運転席の男はステアリングを回しながら鼻で笑った。
「ここまで詰めたのはおれだぞ、最後の手柄をさらうつもりか」
「だけど、危険でしょう」
「そりゃまあな、自分だけでやりたいって言うなら止めないけど」
「バンダイさんじゃないでしょう。ジョンノチさんは、ヤクザ屋さんじゃないでしょう」
「わかった。だったら基本、おれはなにもしない。だけどお前のなかの、なにが解き放たれちゃうかわからないでしょ。勢いあまって相手の首を絞めにかかるかもしれない。そういうのを止めるために、いちおう行くわ」
「そんなこと、ぼくはしませんよ」
「どうかね」
「しないよ、絶対に」
退がって見ておくから。たしかにまあ、このところのおれはもう何年ぶんも働いた。運賃メーターでいうと東京と仙台を十往復ぐらいはした」
 ということで、城之内には見ておいてもらうことにした。

 夜の七時、街宣デモが行われている渋谷。複数の市民グループによる〈不逞外国人の追い出しと移民犯罪の防止を呼びかける運動〉の激しい風景が目の前で展開している。市民グループは日の丸や旭日旗をマントのようにまとって、プラカードをかかげ、アジア系の外国人の増加をしざまに批難し、さまざまな国を一緒くたにして強制退去や排斥、国家間の断交まで叫んでいる。
 それに対して、カウンターと呼ばれる多数の反対派も詰めかけ、デモの中止を求めてデモを起こしている。「ヘイトデモは止めろ!」と叫び、通行人から街宣が見えないように人の壁になったり、デモの行進やを阻もうとしていた。
 応酬がもつれあいながら高まり、渦を巻いてヒートアップする。両者の衝突を防ごうと警官隊も出張っていて、交通規制を敷き、肩と肩をひしめかせて動く壁となって、排斥派のデモ行進を囲んでいるが、それらの警護は排斥派が周囲に手を出さないようにしているのか、それとも周りからの危害を防ごうとしているのかわからない。
「連中がこの国の治安を悪化させている。日本海を越えてやってくる脅威から子供たちを守れ、密入国者や不法滞在者を許すな!」
「麻薬密売、器物破損、日本の資源を食いつくす寄生虫ども」
「晴れやかなオリンピックの景観が、奴らの存在で台無しだ」
「移民どもは、工場のなかにいろ」
 ガフはひどいなと思った。この国にすくなからず存在する外国人嫌いゼノフオビアが凝集したるつぼだ。これはひどすぎる。
 反対派はそれに対して「ヘイトスピーチ止めろ」「帰れ、帰れ」と声で声をかき消そうとしているが、通行人からは怒鳴りあう二つの集団として見分けがつかなくなっているふしがあり、どっちもどっち、といった空気が流れている。せいと示威の応酬を怖がり、白け、あきれた眼差しで通過していく人々。デモの行進に通行を阻まれて、どこかいらっている街のけんそう。どっちもどっちはおかしでしょ、とガフは思った。だって排斥派がヘイトデモをするから反対派が来ているのに、彼らは差別や排斥感情が街にあふれだすのを止めるための防波堤になろうとしてくれているのに。
「このなかに、剱持もいるはずだが」
 おいガフ、大丈夫かと城之内が声をかけてくる。排斥派のスピーチの矛先は、そのままガフに突きつけられている。悪感情の標的になるお前がここにいても大丈夫か、と。
「平気だよ、平気」とは言ったものの、さすがに排斥派のなかには飛びこめない。ガフたちは反対派の一群にまぎれこんで剱持を探した。あわよくば反対派の頭数になれたらよかったし、そう願う群衆はガフだけじゃなかった。
「ここは日本だ、東京は日本人のものだ!」
 排斥派がラウドスピーカーで怒鳴りたてる。
 はあ、そうですか。そうかもしれませんけどね。
 だけど、周りを見てみてよ。夜の街の雑踏に、ガフの視界に、本来なら見られないものが見られはじめる。あ、来てくれたんだ。こんばんは。こんばんは。そわそわと落ち着きなさそうに、寄り固まっておびえて、だけど勇気をふるって群衆に合流してくる外国人たちがいた。ガフの知らない顔がほとんどだったが、知った顔もあった。
「見つかったか、ガフ、例の相手は」
「やあ、ジャミルディン!」
 ジャミルディン・サザンが、マスカラム・ジュファーと連れだって来てくれていた。ネット空間で顔の広いジャミルディンが中心となって、面識のない者同士にもSNSで広まった。一人一人に伝わった。技能実習生や留学生たちに、あのシトラ・ヴァルヴァノワの弔い合戦が行われるらしいと。外国人たちにしかわからない感情を揺り起こす言葉がひろがった。葬儀よりもたくさんの者が集まっている。みんな明日も仕事があるだろうに、ヘイトデモの現場に来るのなんて怖いだろうに。シトラがひとつにした群衆が、たしかにメッセージの受け手となって立ち上がってくれていた。
 みんなそわそわしている。顔なじみと挨拶をしたり、ずっと以前に気があうかもしれないと思っていた人と初めて口をきいたりしている。ガフはほほみ、数人と握手をする。そのすべての手には、かつて信じていた理想の世界への執着が、未来を信じようとする力がみなぎっていた。「すごいな、どんどん来るぞ」と城之内も驚いている。
 あちこちに外国人たちが立つ。恐れをふっきって、希望を捨てずに、お前らが居る場所じゃないぞ、お前らのことだよ! と排斥派のむきだしの罵声を浴びて、物を投げつけられても、反対派の一角をなして無言の示威を返す。殴るな、蹴るな、引き裂くな。体当たりするな、飛びかかるな、叫ぶのはいいよ。あらかじめ交わされていた非暴力の誓いを守りとおして、沿道から拍手まで上がった。彼らは手を出さないかわりに、スマホでぱしゃぱしゃとヘイトデモの実態を撮る。写真も動画も撮る。#RIPシトラ、とハッシュタグをつけてSNSにアップする。
「……なあ、ガフ、お前にはこうなるのがわかってたのか」と現場の映像のひろがりをスマホで確認していた城之内がつぶやいた。
「なにが、ぼくはわかってましたか」
「すごいぞ、なにか……」と興奮気味の声を上擦らせる。「なにかが決壊してる」
 デモの映像のアップのついでに、なにもかも暴いちまえ、とばかりに職場の人道に反する扱いや、働き手の安全を犠牲にしたコスト削減、長時間労働の証拠映像がつぎつぎと上げられる。そのすべてが#RIPシトラのもとで。この国の事実が暴きたてられる。それらが全国紙の編集部やウェブサイトの管理人にも送られる。このままではもっともっと人の命が失なわれる。この国の名誉が毀損される──
 夜の東京は目覚め、おびえ、興奮していた。無線LANが使えるバーの客たちは、モニターを見ながらあれこれと論じあった。ラジオのニュースでも流れた。新聞社やテレビ局の編集室でも流れた。そして誰もが、忘れかけていた百人町の転落死を、犠牲となったウズベキスタン女性のことを思い出した。
 これはテロではない、暴動でもない。
 だけどそれに匹敵する火力があった。東京が燃えている。
 靴底にもそれを感じた。空中には静電気が滞留していた。
「お前の意志が集めたんだ、これだけの人数を、これだけの仲間をここに立たせた!」
 城之内はあきらかに昂揚していた。そしてガフは、探していた男を見つける。

 嵐の目のなかに、ガフは立っていた。
 喧騒のなかでもその姿は見逃さなかった。警官に囲まれていた排斥派のなかから身を乗りだしてきて、反対派のプラカードを破壊し、現われた外国人の非暴力の群れに中指を立てている肥った男がいる。ガフはぐっと歯を嚙みしめた。
「あいつだ、あの男だぞ」
 城之内に言われるまでもなくわかった。
 ガフは街頭の二重ガラスに映る自分の顔を見やった。
 おのずとそうであったかもしれない自分の風貌を想像する。生まれた子の父親。頼もしい父親。シトラの夫。異国の地でも家族を守り抜ける男。
 いまとなってはそんな男はどこにもいないが、この国で父親になれる可能性はまだ残っていた。ガフのなかからその願望は消せなかった。ついにその男が実体を持つときが来ていると思った。たしかにまだ、気が遠くなるほどの長い距離がある。数えきれないフェンスを越える必要がある。ガフはこの瞬間の自分に訊いた。お前は誰だ? ガフール・ジュノルベク。お前はどういう男なんだ。
 ウズベキスタンからこの国に働きにきて、好きな女ができて、職場に禁じられた交際をしていた男。他のなによりもその関係を大事にしたかった男。
 ガフール・ジュノルベク。職場から逃げて追っ手に追われ、たびたび袋叩きにされかけて、それでもどうにかここまで動きつづけている男。ただ知りたいというだけで知ることのできる事実はないと思い知らされている男。
 言葉や文化の壁も、理知の力で乗り越えられると信じている男。
 愛した女の、出産と死の経緯が知れないことにもだえる男。
 ガフール・ジュノルベク。
 それがぼくだ。ガラスに映った自分を見た。息を吸っては吐き、吸っては吐いて、おのれの魂を見つめた。たしかにここには熱くたぎるものがある。そうだ、勢いだけにまかせていたくはない。静かな力を燃やしたい。
 背筋を反らせて、腕を伸ばし、両肩を左右にしならせる。はったりや虚仮威しはいらない。鋼鉄の芯をそなえるには、鋭くほとばしるような誇りが必要だった。
「お前たちのものだ」と城之内が発破をかけてくる。「たったいまわかった、
 やらなきゃならないことをやれ、と城之内は声高に叫んだ。
 ああ、そうするよ。ガフは排斥派の行進にそって走りだす。窓ガラスに映る顔。片目だけが影のなかで強く光った。鏡面となった街の景観の表面から、これからガフがそうならなければならない男が、まっすぐな視線を射込んでくる。異郷で生きる一人の男が、一人の父親が、名もなき市民の一人が、理性の体現者が。
 そしてガフは、真実に手を伸ばす。

つづく 
※次回は3月号に掲載予定です。

◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年1月号に掲載!


「カドブンノベル」2020年1月号

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