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連載

真藤順丈「ビヘイビア」 vol.32

キクコさんが、腹の傷痕の原因を知っているかもしれない。彼女を探して、あるサンバ教室を訪れた。真藤順丈「ビヘイビア」#9-1

真藤順丈「ビヘイビア」


前回までのあらすじ

外国人差別、排外主義が横たわる日本。ウズベキスタン出身の青年ガフとタクシー運転手の城之内は、技能実習生として来日したガフの恋人・シトラの死の謎を追い剱持を尋問するが、真相はわからずじまい。日本に残ることにしたガフは、外国人の抱える 困りごとを解決する「調査事務所」を城之内と開業する。風祭喜久子という人を探してほしいという日系ブラジル人のオリヴェイラ家。カレンは腹の傷痕を見せ、わけを喜久子が知っているのではと言う。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

       §

 こんにちは、ガフール・ジュノルベク。
 君ってオーバーステイなのに、探偵の仕事を始めたんだって?
 すごいね。ホームズなみの推理力も土地勘もないし、在留期限が切れちゃってるから職務質問をされたらイチコロだけど、それでも信用の置ける調査員だって聞いた。あのイカれた連続殺人鬼シリアルキラーのクロックワークどもを警察に逮捕させたのも君なんだってな!
 君には見抜けるんだろ。噓やペテンが、騙しの手口が、ねじ曲げられた事実やつじつまの合わないことが? その知恵をすこしばかり貸してくれないか。おれの友達がいま入管に目をつけられていて、明日にでも踏みこまれそうなんだ。
 おれたちには君みたいな男が必要だったんだ。この国の労働力の不足は、それこそ探偵業界にもおよんでいたんだよな。。とにかく連絡をくれ!

 初めまして、ガフール・ジュノルベク。
 私の同僚が、#RIPシトラのデモであなたと話したと言っていました。
 私はベトナム人の実習生ですが、職場の責任者がすっとこどっこいのレイシストです。
 今どき賃金のピンハネやセクハラがきつくて、耐えきれなくなった後輩の子が逃げだしちゃって誰とも連絡がつかなくなっています。あなたのことは相談に乗ってもらってる労働組合の人に聞きました。後輩の子はとても不安定で、捨て鉢にもなっているので私たちは心配しています。
 あなたもかつては実習生だったと知っています。悲しいシトラの事件の当事者だったってことも。そういうつらい体験をしていながら、オーバーステイになっても日本にとどまり、困ってる在日外国人のために働こうとしているあなたは、皆から称賛されるべき人だと思います。どうか私の後輩を見つけだしてもらえませんか。

「なんですか、これは?」
 ばんだいが開設したフェイスブックのアカウントに、七、八通の英文のメールが届いていた。
 顔写真や所在地はどれも非公開アンノウンになっているが、プロフィールには〈あなたもこの国を諦める前に、大事な人たちや世の中そのものに悲しいさよならを告げる前に、オーバーステイの名探偵のご用命を──〉と英語のコピーが添えられている。
「お前、需要があるんだな」じよううちが皮肉めかして言った。
「こんなページ、まずいじゃないですか」
「クチコミが広がってるってよ。クロックワークの件が効いてるな」
「だけどこれ、オーバーステイって書いちゃってるよ」
「書いちゃってるな。ネット関係をやらせてる子分に開設させたらしいけど、なによりもデリケートな事情を隠さずにアイキャッチにするあたりが万代の芸風だ」
 あいかわらず万代という男は、善人なのか悪人なのかわからない。すぐにこういうページを作成させる根回しもさることながら、オーバーステイを公表することで警察や出入国在留管理庁の網にかかったとしても、そのときはそのとき、と思っていそうなのが怖いところだ。
 せめてオーバーステイの記載は削るように頼みこんで、城之内にメールを送信してもらった。タクシーは城之内が知っている最短の経路を通って、みなと区のいいぐらかたまちというところに向かっている。ガフの隣には、カレン・オリヴェイラが乗っていた。
 柔らかい光と影の帯が彼女の横顔をかわるがわる通過していく。依頼人が調査についてくるなんて想像してなかったけど、「サンバ・クラブだったら行ってみたい」と彼女が同行したがった。ショートパンツからは見るだけでこっちの関節が痛くなるようなカモシカの脚が伸びている。その右手は、みずからのお腹の上に重ねられていた。
 あたしたちは、信頼できる日本人ジヤポネス・ガランチードを探している──
 ここに傷があるわけは、
 カレンはどうしてそんなことを言ったのか。
 だって普通だったら、自分も知らないきずあとを、これまでに一度も逢ったことのない数世代前の異邦人が知っているとは思わない。そんなふうに思うからにはなんらかの根拠があるはずで、だけどカレンはそれ以上のことはつまびらかにしたがらず、とにかくかざまつりを探しだしてと頼んでくるばかりだった。
 浅草にはきのう行ってきた。郵便物に記された差出人の住所を訪ねたが、草の生えた空き地になっていて、アパートの住人もみんな引っ越していた。あれあれ、いませんね? そうとなったらどうするか。経歴や名前はわかっているのだから、浅草のサンバ関係者を当たっていくしかない。浅草のサンバ・アソシエーション、高齢者のサンバ・クラブ、雷門をくぐった先の仲見世で店番をするおばあさん、サンバのポスターが貼ってある土産物店、その隣の古い喫茶店、切りだす言葉はシンプルだ。「風祭喜久子さんを知りませんか?」
 ああ、風祭さん、お名前は存じあげてますけどね。今はどちらに住んでるのかしら。浅草に住んでるなんて聞かないけど。ごめんなさいちょっとわからない。風祭さんってあの風祭さん? あの人のことなら協会に聞けばわかるんじゃない。ご健在なのかなあ、訃報は聞こえてこないけど。もうかなりのお年でしょう。たしか戦時中の生まれだったから、今では九十歳ぐらいになるのかしら。浅草のサンバ関係者はみんなあの人に恩があるんだけど、ずっと独身で、住まいも転々として、他人に迷惑をかけたがらない人だったから。ああ、でもたしか、お弟子さんに当たる人が都内でサンバ教室を開いていたはずよ──

「着いた?」
 塗装の真新しいところを除けば、周辺の建物とほとんど見た目の変わらないマンションの一室が練習場兼サンバ教室となっているようだった。
 通訳がついてきていないので、カレンは片言の英語でガフと話していた。鹿はあのにぎやかなベアトリス・チアキ・オリヴェイラやその姉妹やたちについているらしい。観光やショッピングにこれっぽっちも興味を示さないカレンは、「家族といってもそれぞれが別の人間、あたしはあの人たちと違う」とぼやいていた。
 この国特有の暑気をうとましがるように、カレンはあごを上げると、街にでかでかと掲出された外資系ファッションブランドの大看板ビルボードのほうに視線を向けた。シャツのボタンを三つも四つも外したヒスパニックか南米系の男性モデルが、服の宣伝にもかかわらず、磨きあげたマホガニーのように硬そうな小麦色の胸筋を見せびらかしている。
「もうほんと暑すぎ。早く行こう」
 ぎらつく太陽がいまいましいのか、頭上から舌打ちまじりに視線を切ると、カレンは早く冷房の効いた室内に連れてってとばかりに目つきでかしてくる。鹿賀の代わりの召使のようにあつかわれるなら面倒だなとガフは思ったが、城之内はというと「お前とずっと二人よりはマシだ」とカレンの同行を拒んでいなかった。
 ウェブサイトによれば〈飯倉片町ブラジリアン・ダンス・クラブ〉は風祭喜久子の弟子と教えられたむろこしさんによって創設されていて、サンバのほかにもマクレレやアフロダンス、プシャーダ・ジ・ヘッジといった各種ダンスの教室を日替わりで開いている。年齢や熟達度によっても細かく時間が分かれていて、ガフたちが訪れたときには、二十代から三十代のサンバ・チームが曲をかけてけいをしていた。在日ブラジル人の女性も何人か交ざっているようだ。
「五年ほど前から室越は、ちちのほうでダンス教室を開いています」
 応対したのはさんという女の人だった。室越さんはいなかった。
「フランチャイズ?」
「ごめんなさい、老人ホームね。お友達の息抜きにレッスンをつけてるんです」
「風祭さんという方は、ご存じないですか」
 城之内が尋ねると、三ツ谷さんはしばらく記憶を探っていたが、
「私はそれほどダンスの世界に詳しいわけではないので。だけど室越でも八十歳ですから、そのお師匠さんといったらかなりのお年よね。結婚なさってないならそれこそ室越のように、どこかの施設に入ってるってこともあるんじゃないかしら」
「ですよね。探しだすには昔の人すぎるんだよな」城之内はガフに言った。「全国の老人ホームを回るか、独り暮らしなら人知れず……ってことも。こりゃいよいよあの一家は、墓石の前でサンバを踊らなきゃならないかも」
おおいずみまちというところから引っ越して、浅草からも引っ越して」ガフはつぶやいた。「今はどこにいるのかわからない。どうして住むところをすぐ変えますか。浅草では有名人だったのに、どうして誰にも居場所を教えませんか」
「さすらいのサンバ・ダンサーって感じだな。死期を悟った象はそっと群れを去って秘密の墓場に出向くっていうし。風祭のばあさんには〈孤高〉の雰囲気が漂ってるよな」
「オリヴェイラ家にかかってきた国際電話は、風祭さんの世話をしてる人からだったって」
「というと、ホームの可能性はあるのか」
「だったら大泉町の住所を教えたのはどうして。おかしでしょ?」
「……それにしても何十年も前のことなのに」三ツ谷さんが言った。「あのお嬢さんたち、恩義を忘れずに国境を越えて、本場のサンバを見せにくるなんて。ちょっとグッと来ますね。本場のサンバには見劣りするでしょうけど、せっかくおいでになったんだから見物していって」
 調査で来たというとたいていは相手に警戒されるものだが、今回はそれこそドキュメンタリー番組が密着取材したがりそうな、美談をもとにした人探しだ。偽りなく来意を伝えると三ツ谷さんは丁寧に応じてくれて、ちょっと室越に電話してみます、と言ってレッスン場をあとにしていった。

▶#9-2へつづく
◎第 9 回全文は「カドブンノベル」2020年5月号でお楽しみいただけます!


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