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連載

東田直樹の絆創膏日記 vol.53

【連載第53回】東田直樹の絆創膏日記「心は心で生きている」

東田直樹の絆創膏日記

自閉症の僕が 跳びはねる理由』の作家・東田直樹さん。人とは違うこだわりや困難を持ちながら過ごす26歳の日常生活で、気づいたことや感じたことを、初の公開日記で綴ります。思いがけない発想に目からウロコ…!?
>>【連載第52回】東田直樹の絆創膏日記「夕焼け空が怖かった」

 3歳、5歳、7歳の時に、子どもの健康と成長を願うため参拝する七五三、僕も小さい頃、神社にお参りをした。
 僕が今でも鮮明に覚えているのは、お侍さんみたいな羽織袴を着せてもらったこと、そして千歳飴を食べたことのふたつである。
 写真に残っている5歳の僕は、腰に差してあった作り物の刀を引き抜き、何やら不思議そうな表情をしている。刀があったから、引き抜いてみただけなのだ。
 僕が刀を振り回していると、「あら、あら、そんなことしちゃだめ」と注意された。でも、僕は、またすぐに、刀を引き抜いてしまう。それが、その日の唯一の遊びのように、刀を抜かずにはいられなかった。
 僕の晴れ姿を見て喜ぶ両親。僕が歩くたび、着物を汚さないか、着崩れはしないか、はらはらしながら、僕の後ろをついて回る。はたから見れば、若様と家来みたいだっただろう。
 神社の境内にいたのは、何組かの同じような親子連れとエサをついばむ鳩たち。
 着物姿や袴姿の子どもたちは、ちょっと恥ずかしそうに下を向いている。なぜ、ここに連れて来られたのかは、みんな知らない。
 すたすたと歩く鳩を尻目に、子どもたちは、履きなれないぞうりを履いて、そろりそろりと足を動かす。
 今日は、大人しくしていなければいけないのだ。
 ご褒美にもらえる、細長いたいそうな袋の中には、とっておきのお土産が入っているに違いない。
 家に帰り袋の中身が「千歳飴」と呼ばれる、長い棒状の飴だったことを知った時、僕はびっくりした。飴がこんな立派な袋に入っているなんて、思ってもいなかったからだ。
 この飴を食べ切ったら、神様から褒められるような気がして、僕は一所懸命に千歳飴をぺろぺろ舐め始めた。そこまでは記憶にあるが、残してしまった千歳飴がどうなったのかは忘れてしまった。
 だから僕は、まだ神様に褒められてはいない。

 毎年冬になると、インフルエンザの予防接種を受ける。注射をしてもらう間、僕はじっと注射器を見ている。注射針が腕に刺さっている時には、動いてはいけないことを学んだからだ。
 先生や看護師さんたちは、毎回「頑張ろうね」と僕に声をかけてくださる。
 注射の針が刺さった瞬間、チクッと痛みはするが、大したことはないと、僕は自分に言い聞かせる。
 病院で行う診察や治療は、事前に本人に理解させることが第一だと言う人がいる。対応としては正論だろう。
 本人にわかる言葉で話す、絵に書いて見せる、具体物を使って教える、いろいろな方法がある。だが、どのような方法で説明しても上手くいかない人もいる。
 僕は、理解しても行動が伴わない人間である。
 けれど予防接種は、物心つく前から、毎年受けていたおかげで、予防接種の際に、自分がどうしなければいけないのかわかるようになった。これは、見通しがつくようになることとは、あまり関係がないと思う。
 慣れなのだ。
 注射は怖いし痛い、だけど少し辛抱すれば、すぐに終わる。そのことを、僕の脳と体は学習した。
 もし、僕が注射を受ける直前に、予防接種を受ける目的や手順を詳しく話されそうになったら、「大丈夫です」と断るだろう。今の僕には、必要のない説明だからである。
 結果的に上手くいったなら、それでいい。
 どんな対応をされたかが重要ではなく、どれだけ少ない負担で予防接種を受けられるかが、僕にとっては大事なのだ。

 一日の終わりは穏やかであって欲しいと考えている人も多いだろう。
 明日になれば、新しい一日が始まる。そんな風に思いたい、人は何度でも、やり直せるのだから。
 環境は、毎日変化する。人の気持ちは、些細なことで変わる。
 次に何が起きるのか、わからないのが人生なのだ。
 どこにいても、誰といても、何をしても、全く同じ状況はない。
 刻々と転換していく場面、世の中が自分の予想通りに進むことなどありえないのは、みんなが知っていることである。
 未来は思い描くものだというが、明日のこともわからないのに、その先の将来なんて、わかるはずがない。
 こうであってほしいという希望、それが未来であるなら、僕の願いは、心の中に波風が立つことなく、今日という日を終了し、心地よく毎日眠りにつくことだ。
 何度でも人生をやり直すために、僕は眠る。静かに眠る。
 胸の奥のわだかまりを全て消し去り、今日という日を終了する。明るい未来は、さわやかな朝から始まることを信じて。
 やり直すのだ。
 忘れよう。僕は、眠りという宇宙みたいな闇の世界に、今日の僕を葬り去った。

 ぽかんとしてたら、叱られた。みんなを見てたら、怒られた。
 目が僕に見せてくれる世界は、現実という名の劇場。息をするのも忘れるくらいおもしろい物語が、僕の目の前で繰り広げられる。
 誰が何を言っているのか、なぜ、そう言ったのか、僕はしっかり聞き取らなければならない。聞いているだけではわからないなら、そっと覗き見なければいけない。
 周りの大人は、指示された通り動きなさい、みんなの真似をしなさいと、何度も僕に言ったけれど、僕はお客さんみたいに、ただ、みんなの様子を眺めていたかったのだ。
 どうしてなのか。
 きっと、僕の脳にプログラミングされていたのだろう、生まれる前から。
 少しだけ上手くいく日も、ちょっとだけ褒められた日も、僕はそれほど嬉しくはなかった。自分が評価されることには、あまり関心がなかったから。
 僕の興味は人だった。人を見ていたかった。じっくりと時間をかけて、ゆっくりと自分のペースで。
 体をコントロールしているのが心なら、心の動きは、体に表れるはずはないと思うが、実際は自覚していない気持ちまで、行動に表れてしまう。
 心が体を支配していると思い込んでいるだけで、心と体は独立した器官に違いない。
 体は、体で生きている。心は心で生きている。それが人だとするなら、体の自由を心が奪うことは出来ない。心の自由を体が奪うことは許されない。
 体と心は繋がっているけれど、どちらも好き勝手に動くものだと分かれば、少々のわがままは聞いてあげようという気になるのではないだろうか。


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