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レビュー

ナチ体制下を舞台に「普通の人びと」の中にある 加害と被害のグラデーションを描き出す──逢坂冬馬『歌われなかった海賊へ』【評者:吉田大助】

物語は。

これから“来る”のはこんな作品。
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ブレイク必至の要チェック作をご紹介する、
熱烈応援レビュー!

『歌われなかった海賊へ』逢坂冬馬(早川書房)

評者:吉田大助



人類史上最大の死者数を計上した戦争、独ソ戦を、ソ連の女性狙撃手の視点から克明に綴る──五〇万部超えの大ヒットとなった本屋大賞受賞のデビュー作『同志少女よ、敵を撃て』から、約二年。逢坂冬馬が、長編第二作『歌われなかった海賊へ』を刊行した。舞台はソ連からドイツへ。ナチ体制下に実在した少年少女たちのグループ、エーデルヴァイス海賊団の一派の運動を追いかける。
プロローグで活写されるのは、総合学校の歴史教師クリスティアン・ホルンガッハーの憂鬱だ。「二十一世紀も四半に差しかかろうというときに」という言葉から、時間軸は現在。学生に課した「この市と戦争」というレポートの質があまりに低かったことを、教師は嘆く。そんななか、無気力で扱いに困っている生徒のぞんざいなレポートに目が留まる。生徒が戦争体験の聞き取りを行った相手は、フランツ・アランベルガー。その名前は、優しかった亡き祖母が罵りの言葉を吐いたほぼ唯一の相手だった。老翁の家を訪ねると、私家版と思われる一冊の本を渡される。タイトルは、『歌われなかった海賊へ』。現代の主人公が読み進める手記の中身が、本編そのものとなる。
手記は一九四四年夏から始まる。ドイツの田舎町に暮らす一六歳の少年ヴェルナー・シュトックハウゼンは、密告で父を殺され孤児となった。復讐のナイフを握る手を止めたのは、黒髪の少女エルフリーデ・ローテンベルガーが奏でるハーモニカの音色だ。少女に連れられて向かった廃工場にいたのは、金髪の少年レオンハルト・メルダース。勧誘を受けたヴェルナーは、ドイツ全土に無数に存在するエーデルヴァイス海賊団の一派の一員となる。その活動内容は、ナチスの青少年組織ヒトラー・ユーゲントに喧嘩を売ることだ。体制を笠にきてでかい顔をする連中に、ヴェルナーが鉄拳を喰らわす場面は実に爽快。一方で、少年たちは法律で禁じられた外国のラジオ放送を傍受し、酒を飲み、反戦ビラを作って撒き、歌を合唱する。暴力に直結する行動を取るだけではなく、反体制的な態度を持った人間がそこに「いる」、それだけで均質化した世界に風穴を開ける一助となるのだ。
事態が大きく動き出すのは、村に鉄道を敷く工事が始まってからだ。村が終着駅であるはずなのに、レールはその先へと続いている。いったい何があるのか? 四人組となったヴェルナーたちは真相を探るべく、レールの上を歩き始める。橋を渡っていると貨物列車に追いかけられて……といったエピソードなどは、『スタンド・バイ・ミー』を想起せずにはいられない。背伸びした子供たちの青春譚は、本書前半の魅力だ。ところが、レールの先であるものを見たことからガラッとムードが変わる。それはこの小説が、人類史上最悪の戦争犯罪と向き合うことになる瞬間でもある。
本作における「敵」はナチだ。と同時に、「普通の人びと」でもある。彼らは、自分らしくありたいと願う存在に対して、「静かにしろ」と突き付ける。従わないのならば、共同体から「出て行け」と声を合わせる。本作は少年たちの冒険活劇を通して、「普通の人びと」の中にある加害性──加害と被害のグラデーション──を描き出してみせる。読み進めるうちに、これは「今」の話だ、他ならぬ「私たち」の話だという感覚がどんどん募っていくことだろう。現代の作家が過去を題材にして書いたから、必然的にそうなった、わけではない。読者がそう感じられるよう、胸に突き刺さるように、プロローグの段階から周到に演出が張り巡らされている。
第二次大戦下のドイツをメインに据えた物語でありながら、現代に生きる日本人の読者が、圧倒的な当事者感覚を持って読むことができる奇跡。前作に対して寄せられた「なぜ日本人の作家が外国を舞台にした歴史小説を書くのか?」という意見を物語の力でねじ伏せる、前作超えの傑作だ。

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『スウィングしなけりゃ意味がない』佐藤亜紀(角川文庫)

ナチ体制下のドイツで、敵性音楽であるスウィング(ジャズ)に熱中するブルジョワ青年たちが実在した。その名も、「スウィング・ボーイズ」。ジャズのかっこよさと比較することで、ナチのダサさが際立つ。彼らは反体制的な運動をしなくとも、ただ「いる」ことで現実を攪乱する……。異色の歴史青春譚。


『スウィングしなけりゃ意味がない』佐藤亜紀(角川文庫)


(本記事は「小説 野性時代 2023年12月号」に掲載された内容を転載したものです)


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