小倉健一さんが『揺れる大地を賢く生きる』を紹介!
本選びにお役立てください。
鎌田浩毅『揺れる大地を賢く生きる』
【評者:小倉健一】
鎌田浩毅教授(京都大学名誉教授・京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授)の話が、なぜ、面白く、聞き手のためになるのかといえば、鎌田先生が「落ちこぼれ」だからだ。京大の大人気教授を指して落ちこぼれというのは、失礼がすぎるかもしれない。言い直そう。鎌田先生は、かつて落ちこぼれであった。そして、今でも心に「落ちこぼれの視点」を持っている、と私は理解している。
本書『揺れる大地を賢く生きる 京大地球科学教授の最終講義』にも、「このように今でこそさまざまなメディアへの出演や辻説法をさせてもらっている私ですが、実は、着任当初に行った授業は分かりにくく、学生たちの評価も惨憺たるもので、人気No.1教授とは正反対の『下手なランキングNo.1』だったと思います」と告白がある。これはどういうことなのか。
私は、経済誌では一番売れている「プレジデント」編集部に昨年6月まで、13年間いて、「未来の松下幸之助、本田宗一郎を読者から輩出する」という(堅い!?)編集方針のもと、「リーダーシップ」「勉強法」「伝え方」といった「自己啓発」というジャンルに属する特集をたくさんつくってきた。その特集の常連識者が、この京大の人気No.1教授・鎌田先生だったのである。
そもそも、鎌田先生は、地球科学(火山)が専門だ。なぜ、火山の授業の人気が爆発し、そして、「プレジデント」の常連識者になっているのか不思議に思う人もいるだろう。
本書を読めば、その謎も氷解するはずだ。本書は、鎌田先生の京大での最終講義がベースとなっている。この「最終講義」に、私も実は出席していた。
大学に転職した当初の鎌田先生の授業では、「火山なんて自分には関係がないのに、授業を受ける意味が分からない」という学生に対して、自信満々に「火山と地層の専門性の高い話」をしていたようだ。あるとき、自分の「自信満々の授業」が学生に非常に評判が悪いと知った鎌田先生は、ショックを受ける。学生曰く「声が小さい」「何を言っているのかよくわからない」「ポカーン」「専門用語を使うな」「字がヘタで読めない」「内容を盛り込みすぎ」「そもそも、眠いです」と、散々な言われようだった。そこで一念発起した鎌田先生は、古今東西の「自己啓発」ジャンルの本を読み漁った。そして、みるみるうちに頭角を現して、京大人気No.1授業の称号を手に入れた。果ては、TBS「情熱大陸」にまで取り上げられたのだった。
このエピソードを聞いて、私は思う。この人がそもそも器用だったら、ここまで懸命に「伝え方」を学ぼうとしただろうか、と。不器用だったからこそ、貪欲に学ぶことができたし、不器用だったからこそ、相手は何が分からないか、鎌田先生にはわかるのだと。
努力をせずに仕事ができてしまう天才型の上司は、部下に仕事のやり方をうまく伝えることができない。しかし、元は落ちこぼれだったが努力し、理屈で仕事のやり方を覚えた人というのは、部下に適切にコーチングができるのである。
ゆえに、元・落ちこぼれの鎌田先生には経済誌「プレジデント」において、自己啓発ジャンルの常連識者となっていただいた。当然、東日本大震災のときなどは専門的な解説をしていただいたが、この地震を含む「地球科学」という、文系には相当難しいジャンルの事象を、字数制限のある中でわかりやすく伝えることができるのは、鎌田先生が日本一であろう。
本書の内容に戻る。世間一般の専門家が「地球科学」の講義をするときは、「地球科学とはなんぞや」という話からはじめるのが、普通だろう。
しかし、先生は、まず、講義(本書)冒頭で、東日本大震災、熊本地震の話をする。そのあとには、近い将来に起きる「南海トラフ」で東海地方から九州地方までが津波で沈み、日本では20の火山がスタンバイして噴火寸前で、富士山が噴火して首都圏に襲いかかる、という刺激の強すぎる講義がこれでもかと続いていく。
読者の興味をグイグイと引きつけながら、実際にこれまで地球に何が起きていて、これからの日本に何が起きようとしているのかが本書を読むとスッとわかってしまう。専門性とわかりやすさが両立しているのだ。
【作品紹介】
『揺れる大地を賢く生きる』
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000624/
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